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異世界でも現実は厳しい  作者: 懐中電灯
西部方面軍編
79/79

#078「激闘・後編」

7/23投稿分2/2

 夜明け前の薄明かりの中、我が隊は真っ暗な森の中から草原へと飛び出した。

 勢いよく北へと駆け抜ける。目指すはサミンフィアの西門だ。


 右手には司令部が帝都や聖地にも勝ると豪語する、真新しい城壁がそびえ立つ。

 左手には、少し距離を置いて、無数に天幕と簡易な木柵が連なっていた。


 全身に受ける風は息苦しく、振動は酷く、景色の流れるスピードは速い。昨日の、初めてアーテルで戦場を駆けた時よりも、二倍も三倍も速く感じる。


 このまま一気に駆け抜けることができれば、困難の半分は解決する。


 ……と、口に出さずとも、どうやら考えるだけでフラグは立ってしまうものらしい。

 ふいに、甲高い笛の音が響き、右手の天幕の方から敵兵の怒号がこだました。


 先頭を行くロゼは、慌しい敵の動きを無視して、ただ手に持つ剣を前方へと向けた。

 この速さの中では、声は届かない。おそらく、このまま一気に駆け抜けるという意思表示なのだろう。

 ただ、たとえ声が届いたとしても、彼女は同じような動作での意思表示を行っていたのではないかと思う。

 昨晩の議論以来、彼女は口数が少ないままだ。口数が少ないまま、それでも当然のごとく先陣を買って出てきた。


 彼女は、おそらく死を(いと)わないでいる。

 もしかしたら、死を望んでいるのかもしれない。


 それでも、彼女は最終的に俺の命令を受諾した。

 これまで散々悪態をつき、俺の制止を振り切る真似を行ってきた彼女だが、今は彼女を信用できるように思えた。

 根拠はない。

 もしかしたら、土壇場で命令を無視し、一人で敵陣へ突っ込んでいくかもしれない。だけど、明確な根拠はないのだが、あの議論を経た今は、彼女を疑う気持ちは持てなかった。


 ロゼの意思表示に従い、俺は姿勢を低くし、アーテルにしがみついた。

 ふと左手を確認する。

 敵の反応は速かったが、相手は歩兵が主体だ。このまま一直線に進めば、敵と距離を空けたまま城門へ辿り着けるだろう。


 と、その時。

 もう城門が目と鼻の先まで迫ってきた頃。

 敵が一斉に矢を放ってきた。


 最初、矢の雨は馬の速さと薄暗い視界の悪さに戸惑い、検討違いの場所へ降っていた。

 だが、矢の雨は少しずつ、確実に俺たちの方へと近づいてきた。俺たちが城門を目指しているのは誰の目にも明らかだ。動く的には変わらないから狙いが付けづらいのだろうが、的の動きは簡単に予想できるのだろう。


 我が隊の騎兵たちは、全員が鎧兜を着込んでいる。

 矢の一本や二本ぐらい、簡単にはじいてしまう鉄の鎧だ。

 だから問題は、馬に矢が当たってしまった場合。馬がやられては、脱落するしかない。脱落した者の運命は言うまでもないだろう。


 アーテルに矢が当たらないことを祈りながら、必死にしがみつく。

 もう、城門はすぐそこだ。もう少し、もう少し。


 と、やっぱり考えるだけでもフラグは立ってしまうものなのだろう。

 俺は兜に鈍い衝撃を感じた。


「ッ……」


 兜を脱いで確認する余裕などないが、おそらく、兜に矢が命中した。

 頭に痛みはない。

 さすがは鉄製の兜だ。矢ごとき簡単に弾いてしまう。

 重くて首が痛いと内心不満に思ったこともあったのだが、おかげで命拾いした。今日からこの兜に対し心を入れ替えようと思う。この兜はぜんぜん重くない。むしろ軽い。


 カン!


 再び、矢が俺を捉えた。

 今度は左手だ。

 これも鉄製のガントレットが見事に弾いてくれた。あと十センチ上下にずれていたら、アーテルの首筋に矢が刺さってしまっていただろう。運がいい。


「んんッ!?」


 今度も左手だった。

 いや左手よりも上の左腕だ。しかし、感じたのは鈍い衝撃ではなかった。

 一瞬、感覚がなくなったかと思った後、今度はひどい痛みと熱を感じた。左腕を見ると、ガントレットと肩当ての間、皮の腕当てのつなぎ目の、わずかな隙間に鋭い矢が刺さっている。


 何これ、すごい痛い。

 熱い。


 ガントレットが支えとなって、手は握り締めた形のまま保っていたから手綱は放していない。だけど、手綱を持っている感覚はなかった。

 再び左腕を見る。

 黒茶色をしているはずの皮の腕当てが、赤い色を帯びていた。もし今腕当てをはずしたら、下に着ている白い肌着は真っ赤に染まっていることだろう。洗濯が大変だ。


 ……しかし、本当に痛い。

 皆、こんな痛みに耐えているのか。

 負傷者報告のリストには「左腕負傷」の一言で済ませられる程度の戦傷だ。十分に療養した後、速やかな軍務復帰を命ずる、と言われて終わる程度の傷である。


 でも、痛い。

 涙が出てくる。鼻水も、たぶん出てる。


「シトッ、レッ、さま……!」


 隣を走るアギレットが、矢が刺さったままの俺の腕を見て、大声を出して青ざめていた。

 アギレット、声を出したら舌を噛むよ。


 俺たちは話などできない速度の中にいる。

 だから、俺は大丈夫だよ、と満面の笑みをアギレットに返してやった。

 その笑顔を見て、アギレットがますます顔を青くする。


 馬の上でニコニコしているうちに、我が隊は速度を落とし、やがて止まった。

 城門前へ辿り着いたのだ。




============




「シトレイ様、お待ちしておりました!

 って、怪我してます!?」

「軽症だ、問題ない」


 左腕の感覚がなくなっているため、アーテルから降りるのもぎこちない。それに、負傷したのは腕だというのに、何故か足に力が入らなかった。

 アーテルから降りた瞬間、俺は尻餅をついてしまった。


「大丈夫だ。

 それよりも、ロノウェ、火を!」


 本当は死ぬほど痛い。

 早く消毒して、包帯を巻いて、添え木をして、その上からさらに包帯を巻いて欲しい。

 それに風呂にも入りたい。腹も減っている。何より眠い。綺麗なベッドで十二時間以上寝たい。


 だけどそんな弱音は言ってられない。

 俺は尻餅をついたまま、口では勇ましく敵を迎え撃つ準備を命じた。


 城門は既に閉じ始めている。

 ただし、重くて大きな城門を閉め切るまでには、まだだいぶ時間がかかるだろう。

 その隙を逃すまいと、さっそく敵の一団が突撃してきた。


「左腕は軽症だ。

 軽症だが、たぶん、爆弾を上手く投げられない。

 誰か、肩に自信がある者はいるか!」

「はい、はい!

 あたしがやる」


 立候補したのはフォキアだった。

 彼女は自分がやると宣言し、許可を待たずに俺の鞄から爆弾を取り出した。


「上手くいけるか?」

「何を今更。

 子供の頃から、あたしの実力は知っているでしょ?

 何をやらせても卒なくこなす、運動神経抜群のフォキアさんですよ、あたしゃ」


 自信満々なフォキアの言葉を聞いて、昔、ハイラールの街の空き地で遊んだときのことを思い出した。

 同時に、今しがた演じた敵との追いかけっこも、昔の遊び(アンコ)と重なり、懐かしい気持ちになる。


「シトレイより上手く投げる自信があるよ。

 あ、もちろん、怪我をしていない時のシトレイよりもね」

「うん、期待してる」


 フォキアから爆弾を奪え返し、慎重に火をつける。

 導火線への着火を確認し、フォキアへ返す。


「いいか、回転をかけて投げると火が消えてしまう恐れが」

「わかった」


 俺の説明が終わるのを待たずに、フォキアはすぐさま爆弾を投げた。

 砲丸投げのようなスタイルだ。


 フォキアの手から放たれた爆弾は、そのまま半円を描くように宙を舞い、突進してきた敵の只中へと落ちていった。


 しばしの()の後、耳をつく爆弾音が響く。

 砂煙が舞い、地面がえぐれ、そして十人近い敵兵が吹っ飛んだ。


 生き残った敵兵たちは状況が理解できず呆然としている。

 間近で爆発音を聞いたためであろうか、敵兵のうち何人かは兜の上から耳の辺りを押さえていた。


 敵兵と同時に、俺とアギレットとフォキア、そしてロノウェ以外の、火薬の威力を知らない戦友たちも唖然としていた。


 激しい戦闘の中で起きた()

 その間にも、城門は少しずつ閉まっていく。


「術だ!

 術だが、小規模な火術だ!

 既に術は放たれた! 怯むな!」


 そう何発もタイミングよく術が放たれるはずがない。

 そう判断した敵の司令官らしき男の大声が響き、勇気づけられた敵兵たちが再び突進を再開してくる。


「フォキア、もう一発頼む」

「うん。

 でも、右と左どっちにする?」


 先ほど、突進してきた敵の一団の真ん中に、フォキアの投げた爆弾が命中した。

 爆撃から立ち直った敵は、隊列を整えることなくそのまま突進を再開してきたので、結果的に敵は左右に分かれた形になっているのだ。

 左右とも、同じぐらいの数に見える。城門の扉が閉じきるまで、まだ時間がかかる。判断が難しい。


「右に投げな!」


 俺の代わりにフォキアへ指示したのはロゼだった。

 そう指示した後、ロゼは抜刀し、一人で前へ出た。


「ロゼ、まさか!」

「何がまさかだ、勘違いするな!

 これ以上は前には出ないし、一人で戦う気もないよ。

 おい、お前ら、ついて来な!」


 剣を構えるロゼの掛け声を受けて、彼女を慕う十人隊長たちが続いた。


「あんな雑兵ども相手に私が死ぬかってんだ。

 命令は守る。

 昨日、アンタに色々言われてずっと考えていたんだが、どうやら私は随分とめんどくさい人間のようだ。

 自覚はなかったけどね。

 おかげで色々考えて、考えすぎちまって、頭が痛くて、ほとんど徹夜で寝不足だ!」


 敵を前にした高揚感からか、あるいは徹夜明けの気持ちの高ぶりからか、ロゼは随分とハイテンションなようだ。


「こんな状態で、自分が何考えているのかわからないようなまま、死んでたまるか!」


 ロゼと十人隊長たちは、左側の敵を迎え撃った。

 それを見て、フォキアが右側の敵へ爆弾を投げる。またまた命中し、大きな爆発音と共に敵が吹っ飛んだ。


 二度の「タイミングのいい」爆発と、そしてフォキアが投げた得体の知れない物体を目撃した敵兵たちは、今度こそ理解不能と言わんばかりに立ち尽くした。

 その隙を突いて、ロゼが次々と敵兵に切りかかる。

 やはり、白兵戦となるとロゼは強い。

 混乱を突かれた敵兵は、ある者は応戦するも即座に切り捨てられ、ある者は剣も盾も捨てて逃げていった。


 本当に強い。

 昨日一日中馬で駆け回り、なおかつ本人の言によれば徹夜明けらしいが、疲労を一切見せない動きの軽さだ。


「城門が閉まります!」


 アギレットの声に振り返ると、城門は残すところ五メートルの幅まで閉じかけようとしていた。


「撤退だ!」


 もう敵はいない。

 俺たちは慌てて門の中へと駆け込んだ。


 全員、生きている。


「まだだ!!」


 安堵しかけたその時、諦めの悪い敵の騎兵が、死体の山を飛び越えて突進してきた。

 掛け声とともに、敵の騎兵が次々の死体の山を飛び越えてくる。その怒号に負けず劣らず、速度は驚くほど速い。

 城門の閉じるスピードはゆっくりだ、残す幅はあと五メートル……四メートル五十……このままでは、突破されてしまう。


 敵が決死の覚悟で、自らを楔として門の扉の間に打ち込んだとして、城門を閉じきることができるだろうか。城門の扉は重い。もしかしたら、そのまま敵を押しつぶせるかもしれない。だが、敵だって鉄製の鎧を着込んだ重装騎兵である。ミンチにできるかもしれないが、できないかもしれない。

 もしミンチにできなかったら、お終いだ。

 敵は楔となった戦友を乗り越え、蟻のように城壁内へなだれ込んでくるであろう。


 辺りを見渡す。

 どうやら、俺が一番城門に近い。


 覚悟を決め、剣を抜く。

 左手は使えない。盾は持てない。

 でも、大丈夫だ。

 こっちにだって、味方は大勢いる。

 先頭の騎兵さえ押し出せば、城門は閉まる。


「大隊長殿」


 気づくと、俺の隣にロゼが立っていた。


「ほらよ。

 こっちの方が、リーチが長いよ」


 ロゼは二本槍を持っていた。

 そのうちの一本を受け取る。


「私がオトリなって、アイツの槍を受け止める。

 アンタは身をかがめて、馬の足を狙いな」

「まさか、体で受け止める気か?」


 俺の問いに対し、ロゼは苦笑しながら否定した。


「何度も言わせるな。

 今は、死ぬ気はないよ。

 アイツの槍は、同じ槍で弾いて反らす。

 少しでも勢いを削げば、先に城門が閉まるだろう。

 もしアイツが扉の間に挟まったら、全力で蹴って殴って押し出すよ」

「わかった」


 突進してくる騎兵を前に、俺とロゼが並んだ。

 大丈夫、大丈夫だ。

 負けるはずがない。

 我が隊のエース、西部方面軍で最強の戦士であろうロゼと共闘するのだ。

 必ず、勝つ。

 勝って、俺の手で作戦を成功させてやる。


「うぎゃぎゃあああ!!」


 と、覚悟を決めたところで、敵の断末魔が聞こえた。

 俺たちの目の前、門のすぐ外まで迫っていたはずの敵の騎兵たちが、火だるまになって絶叫している。


 パタン。


 そのまま、城門の扉が閉じ、火だるまの一団は視界から消えた。


「大丈夫よ、馬を標的にしたから」


 振り返ると、そこにはアスタルテが立っていた。

 彼女は見たことがある嫌らしい笑顔――おそらく彼女にとって会心の笑顔を作っている。


 気づけば、すっかり朝日が昇っていた。

次回八月投稿予定していましたが、できませんでした……

すいません

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[良い点] とても面白い作品です、素晴らしい
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