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異世界でも現実は厳しい  作者: 懐中電灯
西部方面軍編
74/79

#073「私に良い考えがある」

 朝。

 目が覚めると、薄い灰色の天井が見えた。コンクリート製の天井だ。

 ガラスのはまった大きな窓から、朝陽をいっぱいに取り込んでいたから、コンクリート製であっても冷たさは感じられない。


 官舎は豪華な造りだった。


 天井と同様、壁もコンクリートで出来ており、強度は申し分ない。

 床もコンクリート製だったが、木製のラグが全面に敷いてあるおかげで、部屋全体の単調さをいくらか軽減してくれていた。


 士官用に割り当てられたこの部屋は、六畳の寝室と十三畳のリビングダイニングによって構成されている。独立した洗面台とトイレ、小ぶりだったが風呂もついていた。


 さらに、建物から少し離れているが、敷地内には厩舎も完備されていた。


 1LDKトイレ風呂別駐車場付。

 官舎だから、家賃は当然無料。


 幼年学校時代の学生寮を古い安アパートと形容するならば、この士官用官舎は築浅の単身者向け分譲マンションと言ったところだろうか。


 綺麗な家に、しかもタダで住めるというのだから、不満など出るはずがない。

 しかし、この真新しい官舎も、本来はサミンフィアの住民へ回すべき予算で建てたのだろう。

 そう思うと、素直に喜べなかった。


「はぁ……」


 自然とため息が出る。

 最近、寝ても覚めても考えることは、自分の部下たちのことだ。


 現在、部下たちから受けている俺の評価は芳しくない。

 一応、無能な上官とまでは思われていないようだが、有能な上官とも決して思われていないだろう。


 確かに、盗賊討伐の任務の最中に、捕虜が欲しいと言い出したのは俺だ。

 そこで部下たちと議論している間に、危うく盗賊を捕り逃しそうになったのも事実である。

 誰に落ち度があるかと問われれば、ロゼたちが指摘するように俺かもしれない。


(いや、待て。

 盗賊に逃げられそうになった責任は、ロゼたちだって同罪じゃないか?)


 あの時の十人隊長たちの反応を思い出す。

 彼らは、捕らえた盗賊たちの前でニヤついていた。どうやって殺そうか、と楽しんでいるかのような表情だった。任務の最中だというのに、真面目な空気は感じられなかった。

 そして俺の命令を聞いた途端、今度は任務前の面倒くさそうな、やる気のなさそうな態度を示してきた。

 そこに漂っていたのも、不真面目な空気だ。

 上官の前だというのに、なおかつ、捕らえたとはいえ敵を前にしているというのに、緊張感は微塵も感じられなかった。


 逃げ出した盗賊は、すぐにロゼが仕留めたから事なきを得た。彼らはロゼの腕を熟知していたから、盗賊が逃げ出そうとしても、すぐに始末できると高を括っていたのかもしれない。

 もっと穿(うが)った見方をすれば、わざと盗賊を逃がし、それを始末することで俺との議論に決着をつけたかったのかもしれない。


 いずれにせよ、盗賊を逃した件については、彼らとて同罪だ。 


(……違うな)


 違う。

 問題の本質は盗賊に逃げられそうになったことではない。


 問題は、捕虜が欲しいと事前に言わなかったことだ。

 作戦遂行の最中に、任務の方針を変更したことに問題がある、とロゼたちは言っているのだ。


(しかし、それだって、致命的な問題か?)


 そう、内容は些細なものじゃないか。

 ロゼの指摘は正論だ。しかし、俺の不手際は作戦遂行が困難になるほどの致命的なものではない。現に、捕虜を得ることはできなかったが、盗賊の討伐という任務は達成している。


「……厳しいな」


 ロゼたちの評価眼は厳しい。

 命を賭した仕事なのだから、厳しい目で見なければならないのはわかる。それでも、随分と厳しすぎるのではないか。


 さらに厳しいのは、部下たちから軽んじられているという現状だ。


 俺がこのサミンフィアへ来た理由は、軍務次官派である西部方面軍の切り崩しである。

 サイファ公爵が西部方面軍を当てにできなくなる状況に――西部方面軍全てが一丸となって軍務次官を支持することなどありえない、と中央の政界が認識する状況を作ることが目標なのだ。


 モブ将軍を宰相派に引き込むことができれば及第点だろう。

 それが叶わなくとも、例えば、俺が方面軍司令部の幹部会に出席できる程度まで昇進し、そこで軍務次官派の仮面をかなぐり捨てる、なんてやり方もある。


 いずれにせよ、兵士たちからの一定の支持は必要だ。


 ゴルツの庇護によって昇進しても、兵士たちからそっぽを向かれていては意味がない。

 指揮官としての実態が伴わない状態では、モブとの交渉においてマイナス材料になるだろう。それに、軍務次官派の仮面を捨てたとしても、誰のおかげで昇進できたのだ、と冷笑されるのがオチだ。


 このままではまずい。

 今受けている不本意な評価を覆さなくてはならない。

 覆すだけの「何か」が必要だ。




============




「方面軍司令部からのご下命である。

 来週、我が隊は皇帝狼(フェンリル)討伐のため、サミンフィア南方の山岳地帯へ遠征する」


 初任務から一ヶ月ほどたった、五月のある日。

 俺は初任務の時と同じように、サミンフィア城塞内にある我が隊の十人隊長が詰める部屋を訪れた。

 前回の任務と同様、直属の上官であるモブ将軍を飛び越してゴルツ司令官から直接命令を受けたので、そのことを部下たちに伝えにきたのだ。


 今回の任務は害獣の討伐。肉食獣である皇帝狼(フェンリル)の群れを駆除することが目的だ。


 山奥に生息する皇帝狼(フェンリル)は、普段ならば人間と接点の少ない獣である。

 しかし、最近は数が増えたのか、人里まで下りてきて家畜を食い荒らし、時には人間まで犠牲になっていた。

 このあたり一帯の統治を担う軍としては看過できない状況だ。


 任務の最終的な目標は農村の治安維持である。これは、前回の盗賊討伐にも共通するものだ。

 サミンフィアが国境防衛の根拠地として機能するためには、広大な後背地――兵糧補給の裏づけが必要不可欠なのだ。

 サミンフィアを、ひいて西部国境の安定のため、後背地の平和は絶対に守らなければならない。


「また、ゴルツ(はげ)からご指名を受けたわけかい」

「……ああ、そうだ。

 不満か?」

「不満なんてないさ。

 ただ、隊長殿に一言言っておきたかっただけだよ」


 任務内容自体に不満はない。

 ただ、上官(おれ)の点数稼ぎに使われるのが気に食わない。そんなところだろう。


「フン、まぁ、いいさね。

 前回のような素人相手のぬるい戦いじゃないだけマシだ。

 相手は皇帝狼(フェンリル)、腕が鳴るよ。

 オオカミの群れはどのくらいの数なんだい?」

「目撃情報や被害状況から、おおよそニ十頭前後と推定される」

「いいねぇ。

 下手打って数頭の皇帝(フェンリル)に囲まれるような状況になっちまったら……ゾクゾクするよ。

 いいよ……腕が食い千切られちまうかもしれない」


 ロゼは恍惚とした笑いを浮かべていた。


 もしかして、彼女はアレか。

 厳しい戦いの中に生きる実感を見出すとかいう、危ない感じの人か。

 常に最前列で剣を振るうのは、己の力を頼み武勇を誇るためではなく、身を危険に晒すことが目的なのか。


「暴れるチャンスは包囲網が完成するまでだね。

 包囲網が完成したら、あとは術士殿にお任せするだけだ」


 皇帝狼(フェンリル)は、怪物(モンスター)トードなどとはわけが違う。

 トードとは比べ物にならない素早さと、トードにはない鋭い牙を持っている。鋭い牙で人間を襲うのだ。もし、子供や老人が皇帝狼(フェンリル)に出会ってしまったら、成す(すべ)なく食い殺されてしまうだろう。


 今回の任務は、その危険な害獣である皇帝狼(フェンリル)を根こそぎ駆除することが目標である。狼どもの巣まで出向き、群れごと葬り去る。


 一体ずつ相手にするのなら、十人隊規模の兵士たちにも務まるであろう。事実、士官学校の実地試験では、この皇帝狼(フェンリル)を相手にした年もあったのだ。

 しかし、巣ごと駆除するとなると、話は違う。

 場合によっては、一度にニ十頭相手にすることになるかもしれない。


 そこで、個体ではなく群れを相手にする際、兵士たちの安全を期すための手順が定められていた。


 まず、今回のように百人単位の兵士を動員し、包囲網を築く。

 その包囲網を狭めていき、群れを一箇所に追い詰めていく。

 そして、集めた群れに術を一発ぶっ放して終わり。


 もちろん、包囲網を築く時や、包囲を狭めていく時点で害獣の抵抗を受けるかもしれない。それに、術が発動するまで包囲網を維持しなくてもいけない。

 絶対に安全だとは言い切れないのは確かだ。

 それでも、兵士たちは防御に徹しながら前進していけばいい。各々が剣を振るって害獣との死闘を演じるよりは、はるかに安全である。


 だから、本来兵士たちに課せられる任務は、包囲網の構築がメインだった。

 本当なら、そこで任務終了となる。

 ところが


「今回、術士は任務に参加しない」

「はぁ?

 それはいったい、どういうことだい?

 私たちだけで、オオカミと殺しあえというのかい?」


 ロゼの疑問は尤もだ。

 ゴルツから術士を参加させない旨を聞いたとき、俺も抱いた疑問でもある。


「ゴルツ司令官閣下からのご指示だよ」


 術士を参加させない理由は、軍事的なものではなく、政治的なものだった。




============




「いい、シトレイくん。

 術士の力を借りてはだめヨ。

 貴方の隊だけで仕留めるの。

 じゃないと、貴方を昇進させることができないワ」


 前回の盗賊討伐によって、俺は筆頭百人隊長へ昇進した。

 筆頭百人隊長とは、本来、大隊に配属される五人の百人隊長のリーダーという位置づけだった。しかし、それは筆頭百人隊長が設置された当初の話だ。この地位は時代を経ると共に有名無実化してゆき、今では「百人隊長より少し偉い」程度の意味しか持たなかった。

 ちなみに、ロノウェを指揮官とする我が第六獰猛軍団左翼大隊には、俺が昇進したことによって三名の筆頭百人隊長を持つことになった。


 その程度の意味しか持たない地位だったから、昇進させるとしても面倒な配置転換もなく、それほどシビアな人事査定もなく済んだのだ。

 ところが、筆頭百人隊長の上、大隊長となるとそうはいかない。


「席はあるのヨ。

 同じ第六獰猛軍団の最右翼大隊長。

 シトレイくんを据えることを見越して、昨年度末の異動の時に空けておいたからネ。

 でも、貴方をその席に座らせるためには、前回の盗賊討伐よりも大きな功績が必要なの」

「そのために、私の隊だけで任務を成功させよ、と?」

「ええ。

 それが昇進させるための、最低限の合格ラインになるワ。

 じゃないと、周りがうるさくてうるさくて。

 特にあの酔っ払い(モブ)が、ネ」

「しかし、術を期待できないとなると、兵士たちが害獣に直接攻撃を仕掛ける必要があります。

 もしかしたら、我が隊の兵士たちに犠牲が出るかもしれません」


 百人VSニ十頭。

 五人で皇帝狼(フェンリル)一頭を退治すればいい計算だ。

 それに、包囲網を完成させた後に木柵を置いて陣を築き、持久戦に持ち込みつつ弓矢で攻撃するという手もある。

 不可能ではない。

 だが、術を使うよりも危険なのは確かだ。


「ロゼたちは扱いづらいでしょうけど、腕は立つワ。

 大丈夫だと思うけど……そうネ、犠牲が皆無だとは言い切れないわネ。

 でも、可能性でしかない兵士数人の『消費』と、確定している術士の数日の昏倒。

 軍としては後者の方に関心を持たざるを得ないの」


 可能性の話をすれば、術が必要な戦いが突然起こる可能性だってあるのだ。何せ、ここは最前線なのだから。


 ゴルツの言うことは、人道的観点から言えば悪だが、軍事的観点から見れば正しい主張である。

 軍事的観点からすれば、数人の兵士の犠牲よりも「決戦兵器」の温存のほうが重要なのだ。


 それでも、何とかならないか。

 例え可能性の話であっても、兵士たちに犠牲を強いるのは避けたい。

 我が隊の兵士たちは俺のことを軽んじているようだが、だとしても大事な部下には違いないのだ。


「どうにか、術士の参加を許可して下さいませんか。

 例え任務遂行に術士を用いたとしても、討伐に成功すれば功績に違いありません。

 一気に大隊長への昇進は無理でも、その材料の一つにはなるはずです。

 正式な配属から一ヶ月で筆頭百人隊長、これだって異例とも言える昇進ペースです。

 私は急いでいません」

「貴方個人の話なんて、どうでもいいワ。

 貴方は急いでいなくても、私は急いでいるの」


 ゴルツの語気が変わった。


「いい? シトレイくん。

 今が正念場なの。

 皇帝陛下も、貴方のお爺様も、もういい歳ヨ。

 二人が亡くなれば、必然的に情勢は動くワ。

 大きな変化が来るの」

「……はい、仰るとおりです」


 我が(・・)軍務次官派の宿敵である祖父はともかくとしても、皇帝の死を口にするなど、甚だしい不敬だ。

 一瞬そう思ったが、それを指摘しても議論が脱線するだけで意味がないので、俺はゴルツの不敬を無視した。


「現状、私たちは負けているワ。

 力を殺がれ、追い込まれて、それに耐えている状態ヨ。

 この状況に一石を投じるとすれば、それは皇帝の代替わりと宰相の死ヨ。

 私たちは、それに備えなくちゃいけないの」


 ゴルツの語気が柔らかいものへと戻った。


「特に、シトレイくんは期待のホープだからネ」


 ウインクするスキンヘッドの大男。あああ、ゾクっとする。


「貴方は期待されているのヨ。

 ゆくゆくには軍務次官派の領袖として。近い将来においては、モブ将軍の牽制役として。

 もっともっと昇進して、あの酔っ払いの足を引っ張って、押さえつけるだけの立場を獲得しなきゃいけないワ。

 その役目を期待しているからこそ、こうして便宜を図っているのヨ?

 期待には応えなきゃネ」

「はい」

「ンフッ」


 俺が搾り出すように返事をすると、それを聞いたゴルツが短く笑った。


「貴方の部下を想う気持ちも、理解できなくわないワ。

 でも、大丈夫。

 そこまでネガティブに考える必要はないと思うの。

 ロゼたちの強さは、貴方もすでに知っているでしょう?

 術に代替できるとまでは言わないけど、それ相応の戦闘力を持っているワ」


 気休めだ。

 ロゼたちは確かに優れた戦闘能力を持っているが、ゴルツの言うように術の代替には決してならない。

 だからこそ問題としているのに。


 ……術に代替。

 ああ、そうか、術の代替だ。


 目下危惧するところは術――つまり害獣を圧倒する攻撃手段がないため、兵士に犠牲を強いるのではないかという点である。

 術に代替できるだけの攻撃手段があれば、この問題は解決する。


「わかりました、司令官閣下。

 ご命令に従い、全力を以って任務に当たります」


 そう、攻撃手段はある。

 俺だけが持っている手段が、あるではないか。




============




「術士の不参加もゴルツ(はげ)の指示ってわけかい。

 なるほど、それこそ点数稼ぎってわけだ」


 初任務の時も指摘された、点数稼ぎ。

 俺が点数を稼ぎたいのか、ゴルツが俺に点数を稼がせたいのか、という違いはあるにせよ、点数稼ぎという表現は間違っていない。


「しかし、さすがに今回は黙っちゃいられないよ。

 点数稼ぎで任務をもらってくるのはいい。だが、より高い得点を稼ぐために、兵士たちに困難を強いるのは看過できないね」

「もっともな意見だが……ロゼ隊長、君は先ほど、厳しい戦いを自ら望むような発言をしなかったか?」

「ああ。

 確かに言ったよ。

 だけど、それはあくまで私一人の場合って話だ。

 私一人で、皇帝狼(フェンリル)とタイマン張れってんなら望むところさ。

 ただね、うちの兵士たち全員が私ほど強いわけじゃあないんだ」


 先ほど、ロゼは辛い戦いの様子を妄想し、恍惚とした表情を浮かべていた。

 そして、今度ははっきりと言った。厳しい戦いを望んでいる、と。


 やはり、この女は辛い状況に悦びを見出すタイプの人間なのだろうか。


 思えば、戦いに関することだけではない。

 例えば、俺に対する態度。

 自分で言うのも何だが、俺は貴族のお殿様であり、皇族の末席に連なる者であり、軍務次官の娘婿(予定)である。そんな、やんごとなき身分の俺に対し反感を抱いてとしても、普通は他の十人隊長たちのように睨んでくる程度が関の山だ。

 前回の任務で、十人隊長たちは俺の命令に意見してきたが、それは真っ向から俺へ反論するロゼの意見に乗っかったものだった。

 そう、ロゼは視線だけではなく、言葉に感情を乗っけて、先陣切って俺へぶつけてくるのだ。

 普通なら身分差を考え、報復を恐れて表立った反発などしない。

 しかし、ロゼは恐れなど抱いていないように見える。報復を受けるかもしれないという状況を望んでいるかのような言動だ。


 ……うーん。

 これを特殊な趣向の持ち主――つまり、マルコの同類と切り捨てるのは簡単だ。彼女はMである、という結論で納得できなくもない。

 しかし、何かが引っかかる。何かが引っかかるのだが、それが何なのかまではわからない。


「おい、何とか言ったらどうなんだ、隊長殿」

「ああ、すまない。

 少し考え事をしていた」

「……ったく、大丈夫かい?

 昼行灯って言葉そのまんまじゃないか」

「ん、んッ」


 確かにボーっとしていたが、昼行灯ってのはひどいんじゃないか。

 ロゼの非礼を(とが)めるために、俺は咳払いをした。しかし、俺のわざとらしい咳払いに対し、ロゼは少しも怯まなかった。怯む様子もなく、俺を非難がましい目で見続けている。


「ロゼ隊長の懸念はもっともだ。

 私も同様の懸念を抱き、最初は任務を断ろうとしたのだ。

 だが、最終的に命令を受け入れることにした。

 私に良い考えがあるのだ」


 俺は少し勿体ぶりながら、懐から包み紙を取り出した。

 前回の不手際を反省した俺は、前もって自分の考えを部下たちに余すことなく伝えることにしたのだ。

 その、自らの手の内というのが包み紙である。中には、少量の黒い粉が入っていた。


「おいおい、なんだい、その(ほこり)は?」

「これは火薬という薬品だ。

 火をつけると雷術のような大きな音を発し、火術のような強い炎を出す」


 居並ぶ十人隊長たちは、(いぶか)しげな目で火薬を見ている。


 それでは、と俺は火薬を少しつまみ、燭台の火へ投げ込んだ。

 その途端、パチン! パチン! と小さな爆発が起きた。


「数粒でこれだ。

 こぶし大ほどの大きさに集めてまとめれば、相当な威力になるだろう。

 これを害獣にぶつける」


 不本意な評価を覆すだけの何か。

 その何かに思いめぐらせた結果、結局、俺は最初に抱いた考えに立ち戻ることになった。すなわち、力を見せるのだ。


「火薬を使うのに術士は必要ない。

 当然、術の発動のために時間を稼ぐ必要もなくなる。

 今回の任務は、術を使うよりも楽に終わるだろう」


 火薬は道具であり、俺自身の力ではない。

 だが、その製造方法は俺(と俺の家臣たち)だけが知っている。

 この世界で俺しか知らないのであれば、それは俺の力だ。知識は武器である。


「隊長殿、そのカヤクの威力、信用していいんだな?」

「ああ、信用してくれ。

 この火薬を作るために、十年以上の歳月をかけたのだ。

 実験だって何度も行っている。

 その実験で成功したからこそ、こうやって諸君らに披露しているのだ」


 火薬の製造を志したのは、確か六歳頃だったと思う。

 苦節十数年。

 ついに実戦へ投入する日が来たかと思うと、感慨深いものだ。


「私の作ったこの火薬と、諸君らの協力があれば、一人の犠牲者を出すことなく任務を成功させることが可能であろう」


 満を持して、ついにこの秘密兵器が日の目を見ることになる。

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