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異世界でも現実は厳しい  作者: 懐中電灯
西部方面軍編
73/79

#072「初任務」

 我が隊の十人隊長たちのリーダー格であるバルバレイナ・ロゼという女。

 年齢は二十代後半で、軍歴は十年を越す。この女も、モブ将軍と同じく八年前のサミンフィア奪還戦に参加していたらしい。

 そして彼女はモブと同様、いや、兵士たちとの距離が近い分だけ、モブ以上に慕われ、人望を集めていた。


 まず、見た目からして、この女は只者ではない。

 女性にしてはかなり大柄な体躯を誇っており、俺の現在の身長175センチよりも確実に高かった。それに加え、長い茶色の髪の毛を立てるようにセットしていたから、実際の背丈よりもはるかに大きく見えた。


 肩幅は同じ身長の男性には負けるだろうが、やっぱり平均よりも広い。

 着崩した軍服の胸元から覗く白い肌と深い谷間や、威圧的な体格とギャップがあるクリクリした大きな瞳は女性らしさを感じさせたが、(まく)り上げられた袖から伸びる腕は、相当鍛えている様子が伺えた。


 ロゼならば、フォキアのように、腕力の無さをカバーするような戦い方を必要としないであろう。

 フォキアは、手数の多さや巧みな体重移動、そして何よりも剣を繰り出す速さを武器に、自分よりも腕力に勝る男性陣に追いつき、追い越した。

 ロゼは、そういう戦い方を、おそらく必要としない。

 力を込めた正面からの剣撃で、筋骨隆々とした男性兵士たちを圧倒するに違いない。


 見た目は勇猛な戦士に見える彼女。

 その力量と実績は見た目以上のものを誇っていた。


 十年間の戦績は、大きな戦争への出陣を六回、小競り合いも含めた戦闘参加は八十回を越すという。そして、戦闘参加と同じ数だけの首級を挙げたという話だ。持ち帰った敵の首が八十個というだけで、倒した敵兵の数はその数倍に及ぶであろう。


 功績目覚ましい彼女は、一時、百人隊長まで昇進したらしい。


 その百人隊長であった頃も、戦果を積み重ねていったという。

 個人的な武勇だけではなく、人を率いる才能や、作戦指揮の能力にも恵まれていたということであろう。


 彼女は百人隊長時代も、後方で指揮を執ることなく、常に敵と直接激突する最前列で戦っていた。

 兵士たちは、自分たちに交じって戦う強い彼女を尊敬し、慕うようになっていった。


 八年前の華々しい活躍から、モブ将軍は英雄と称されていたが、ロゼの場合は、その勇猛な戦いぶりから勇者と称えられるようになった。


 兵士たちは、自らの上官の能力に敏感だ。


 上官が有能なら、戦闘で生き残る可能性が高い。

 逆に無能ならば、その作戦指揮のまずさによって死に追いやられる可能性が高くなる。


 ロゼの有能さ、勇猛さという、自分たちの命にとってプラスになる部分に、兵士たちは絶対の信頼を置いていたのだった。


 それと同時に、自分たちの命にとってマイナスとなる、無能な上官の排除にも、ロゼは積極的だった。


 彼女は、上官が誤った命令、理にかなわぬ指示を出してきた時、ためらうことなく諫言(かんげん)した。

 いや、諫言(かんげん)なんて生易しいものではない。言葉を選ぶことをせず、上官の無能を(あげつら)うのだ。


 上位者に対しても臆することなく、直接的な物言いをする彼女を、兵士たちは親近感を感じ、熱心に支持した。

 しかし、彼女の行動は兵士たちの支持を得る一方、当然ながら上位者――西部方面軍の幹部たちから忌避される結果にもなった。


 ロゼは度々、彼女が無能と思う上官たちと(いさか)いを起こした。

 ある時など、作戦指揮を巡った口論が殴り合いにまで発展してしまったらしい。と言っても、殴り合い(・・)というよりは、ロゼが一方的に上官をボコボコにしたのが真相らしいが。

 ともかくも、上官を殴り飛ばした彼女は、そのために百人隊長から十人隊長へ降格されたのだった。


 だが、彼女は一兵卒への降格や、除隊処分は免れている。

 その理由は、モブと同じものだ。

 彼女の能力と、彼女を支持する兵士たちを無視する勇気が、西部方面軍の上層部になかったのである。

 そこには、八年前の戦い以来、帝国軍全体が慢性的な人手不足に陥っているという理由もあった。


「抜刀!」


 当初、今回の任務を俺個人の点数稼ぎと断じたロゼ。

 それでも、俺が作戦案を示すと、作戦へ賛同し、参加を承諾してくれた。


『なるほど、さすがは士官学校を卒業したエリート様だねぇ。

 お勉強はしっかりやってきたという訳かい。

 教科書どおりの面白味のない作戦だが、まぁ、相手は盗賊の群れだと言うし、わかったよ。

 お手並み拝見といこうか』


 何やら試されている感があるが、いいだろう。

 命のやり取りをする戦場では、力こそが全てだ。

 俺の力量さえ見せることができれば、排除される対象――無能な上官と見られることもないだろう。それに、ロゼやモブが支持を得ているのと同じ理由で、兵士たちの心を掴むこともできるかもしれない。

 力こそ正義。いい職業に就いたものだ。


「前進!」


 草原を吹き抜ける風が、春の甘い匂いを運んでくる。

 平原と森の境目。雑草に浸食された石畳と、コケに埋もれた柵が続く街道。

 この牧歌的な田舎道が盗賊たちとの戦いの場となった。


 前方の二十人、二個十人隊の兵士たちを率いるのはロゼだ。

 作戦案を示した際、ロゼが当然と言わんばかりの表情で志願し、他の十人隊長たちが賛同したために決まった役割分担である。決定の際の自然な流れを鑑みるに、普段からこういう役割分担に落ち着くことが多いのだろう。

 やはりロゼは、自ら最前列で戦うことを望んでいるようだった。


 前進の合図と共に、ロゼ率いる二十人が、四十人を越す盗賊団にぶつかっていった。


 当初、出会った相手が正規軍と知った盗賊たちはひどく動揺した様子だったが、俺たちの数が盗賊団の半分知って勢いづき、応戦してきたのだ。

 その勢いづいた二倍の敵は激しい攻撃と猛々しい咆哮を浴びせてきた。

 それでも我が隊はよく耐えている。

 さすがは、ゴルツ司令官が歴戦の(つわもの)と評すだけのことはあった。


 しかし、やはり多勢に無勢。

 鍛えられた我が隊の戦友たちも無傷とはいかず、一人、二人と負傷していく。


「退却だ!」


 負傷者を引っ張りながら、ロゼは大声で命令を発した。


 兵士たちは敵の攻撃を受け止めつつ、じりじりと後退していく。

 機を見て一太刀浴びせては後退して距離を稼ぎ、隊列を組みなおしてまた一撃を加える。それを繰り返し、確実に後退していく。


 そして我が隊が100メートルほど後退し、森の中まで退却した時。

 左右の木々の間から新手が出現した。

 あらかじめ伏せておいた我が軍の兵士たちである。


 左右それぞれ、三十人ずつで構成された隊は、瞬く間に敵の側面に展開し、ゆっくりと首を絞めるように前進した。


 盗賊たちは勢いを挫かれ、その反動から混乱した。

 右を見れば帝国兵、左にも帝国兵。正面の後退していたはずの兵士たちも取って返してきている。

 それでは、と真後ろに逃げようとするが、それも叶わなかった。

 左右から現れた伏兵によって、後ろ方向も固められていたのだ。既に、包囲網が完成していたのである。


 これが大軍同士の戦いであれば、広い戦場において包囲網を完成するまでになお時間を要したことだろう。

 しかし、今回の戦いは百人単位の小規模な戦闘だ。左右から飛び出してきた兵士たちが、後ろに回り込むまでの距離は短かった。


 後退と見せかけて敵を誘い込み、伏兵を使って一挙に包囲する。

 何てことはない、ありきたりな作戦だ。

 士官学校での戦術の授業では、一年次に習う内容でもある。


 そんなありきたりな作戦だったが、戦況は理想的な形で進んでいた。


 元々、敵の数は我が方の半分である。

 始まる前から、結果が見えていた勝負だった。




============




「上手くいきましたね、シトレイ様」


 包囲網より少し距離を置いた後方。

 俺はそこで(アーテル)(またが)り指揮を執っていた。

 俺の周りにいるのは二個十人隊。俺が直接指揮する隊と、フォキアが隊長を務める隊だ。


「その言葉はまだ早いよ、アギレット。

 まだ仕事が残ってる」


 俺が率いている二十人は、部隊指揮官である俺の周囲を固めると同時に、包囲網から逃れてきた盗賊を相手する予定になっていた。

 その仕事が残っていたから、評価をもらうのはまだ早い。


「はい、シトレイ様」


 返事をすると、アギレットは前方の包囲網へと向き直った。

 戦いを見守る彼女の視線は、少しきつい。おそらく、緊張しているのだろう。士官学校時代に戦場へ出た俺やフォキアと違い、アギレットは正真正銘の初陣だった。


「ねー、シトレイ。

 やっぱり、アーテルに乗るのは目立つんじゃない?」


 初陣ではないが、戦場に出るのはまだ二度目であるフォキア。アギレットと違い、フォキアはまったく緊張しているような素振りを見せない。おしゃべりをする余裕があるようだ。


「ユニコーンに乗った百人隊長なんて、盗賊たちの良い標的になるよ」


 ユニコーンに(またが)る歳若い士官。すなわち、経験不足な貴族の若様がここにいますよ! と主張しているようなものだ。

 盗賊たちにとっては身代金引き換え券に見えることだろう。


「目立つだろうね。

 でも、他の馬は合わないんだ」

「『合わない』じゃなくて『乗れない』でしょ?」

「そうとも言う」


 フォキアの指摘を受けるまでもない。アーテルでは目立つ。

 将軍ぐらいにまで出世したら問題ないだろうが、敵と間近で接することの多い百人隊長でいるうちはアーテルに乗ることはできないだろう。


 そう思い、アーテル以外の馬に慣れる必要性を感じた俺は、士官学校時代に何度か他の馬を使って乗馬訓練を行っていた。

 だけど、ダメだった。


「でも、合わないって表現もあながち間違いじゃないよ。

 他の馬は私が(またが)った瞬間、狂ったように暴れるけど、アーテルは絶対に暴れないからな」


 他の馬での乗馬訓練は命がけだ。

 振り落とされたことなど何度もある。練習用のプロテクターを着けていなかったら死んでいたんじゃないかと思う場面だって幾度もあった。

 それに、ある時など俺が近づいただけで馬が暴れたこともあった。

 あの時は危うく蹴り殺されるところだった。誰かの恋路を邪魔した覚えなんてないのに。


 それに比べ、アーテルだけは俺が近づいても、乗っても、決して暴れないでいてくれる。

 幼い頃から知った仲だからだろうか。

 俺にはアーテルだけだ。もう他の馬に浮気する気にはなれない。


 だから、結局俺はアーテルに乗って出陣した。

 今回は少数の盗賊が相手だったから、例え目立っても危険はないと判断したのだ。


 しかし、これが盗賊相手の小規模な戦闘ではなく、コルベルン王国が相手の大きな戦いだったらどうだろう。


 現状、アーテルになら(またが)ることができているが、あくまで、できるのはそこまでだ。

 手綱を繰って意のままに野を駆けるなど、夢のまた夢である。


「父上はアーテルを巧みに操っていたと聞くがな……」


 亡き父は、部隊指揮官としての能力よりも、一戦士としての能力が評価されていたと聞いている。

 父は、例えば今しがた前方で剣を振り回しているロゼのような、勇猛な戦士だったというのだ。父もまた、ロゼのように勇者と称され、人望を集めていたらしい。


「……」


 俺のつぶやきに対し、フォキアが急に黙り込んだ。何事かと思いフォキアを見ると、彼女は前にいるアギレットに目配せしている。

 それを見て、俺も黙り込んだ。


 父は病死した。それが、我が家の公式見解だ。

 しかし、いくら隠そうとも真実は必ず漏れ出る。ハイラール出身の者にとって、特に俺の周囲の人間にとって、のどかな故郷を騒然とさせた事件の真相は周知の事実だった。

 フォキアには事件の真相を直接説明したことはなかったが、おそらく彼女だって知っているだろう。


 それ故、俺は父の名を口にすることを避けていた。

 なのに、その名をつぶやいてしまったのだ。


 フォキアはともかくとしても、よりにもよってアギレットの前で。

 何と、無思慮なことをしてしまったのだろう。


 アギレットは顔を落としていた。

 どんな声をかけていいかわからない。気づくと、手綱を持つ俺の手が震えていた。


「シトレイ様」

「うん?」

「盗賊たちが包囲網から脱する気配がありません」

「ああ、本当だ」


 アギレットは顔を上げ、前方を見ている。

 アギレットの報告を受け、俺も前方へ向き直る。


 前方の人だかり――包囲網はさきほどよりも小さくなっているように見えた。


 どうやら、俺は自分の部下たちを過小評価していたようだ。彼らは完璧な包囲網を敷き、敵を一人も逃すことなく追いつめている。


「まずいな。

 このままでは、敵を皆殺しにしてしまう」

「そうだね、まずいね。

 このままじゃ、あたしたち戦闘に参加できないよ」


 そう言いながら、フォキアは剣を抜き、素振りを始めた。

 体がウズウズしていると言わんばかりに、剣を素早く振りぬく。その大げさな動作は、もしかしたら、先ほど俺が不用意に口にしてしまった話題から逃れようとしてのことかもしれない。


「いや、そうじゃなくてさ。

 ちょっと考えたんだけど、これだけ余裕のある戦いなら、敵の一人か二人を捕虜にできるんじゃないかと思ってね」


 捕虜を得ることができれば、情報を手に入れることができる。

 盗賊たちのねぐら――つまり、農民たちから奪った食料や財貨の在処(ありか)

 盗賊たちの出身地――略奪の横行が西部国境地帯の治安悪化に伴う現象なのか、ただ単に元から粗悪な人間が集まっただけなのか。それとも、国外から流れてきた輩なのか。

 この辺りを荒らしていた盗賊団は、これで全てか。他に仲間がいるのか。


 欲しい情報は山ほどある。

 皆殺しにしてしまっては、当然、これらの情報を聞き出すチャンスがなくなってしまうのだ。


「ふーん。

 じゃあ、どうするの?」

「向こうの指揮をしているのはロゼだ。

 ロゼに話してくる」

「そっか」


 俺が「捕虜が欲しい」と言った時点で、フォキアは戦闘に参加することを諦めたのだろう。

 俺の話を聞き流しながら、今は剣の素振りに夢中のようだ。


「我が隊は私に続け。前方へ出るぞ。

 フォキアの隊は周囲の警戒を行ってくれ。

 盗賊どもはあれで全てだと思うが、万が一ということもある」

「了解」


 フォキアは捕虜の話は聞き流しつつも、命令はしっかり聞いていた。

 彼女はすぐに剣をしまい、部下たちに命令を伝達する。


 その様子を見届けてから、俺は視線を前方へ移した。

 包囲網はさらに縮まっている。

 早くロゼを止めなくては。




============




 包囲網に近づいた俺は、やはり自分の部下たちを過小評価していたことを改めて思い知らされた。四十人以上いた盗賊たちは、そのほとんどが死体の山に変わっていたのである。

 我が隊の兵士たちは、死体を一か所に集める作業を行っていた。死体を集め、火をつけるためだ。

 敵を憎悪してというより、疫病を防ぐための作業だったが、それは戦闘ではなく、戦闘の後片付けだ。戦いは、既に終わっていたのだ。


 どうやら、遅かったらしい。


「助けてくれ!」


 諦めかけたその時、ふと街道から離れた森の中から声がした。叫び声だ。

 急いでその叫び声の方へ向かうと、そこには二人の盗賊と、ロゼを含む我が隊の十人隊長たちがいた。

 ロゼたちは武器を捨て両手を挙げて降伏している盗賊たちをぐるりと囲んでいる。


「助けてくれ!

 罪は償うから、どうか命だけはっ!」


 盗賊たちの憐れな姿を、生殺与奪を握る十人隊長たちは嘲笑するかのようなニヤついた表情で眺めていた。


「だそうですよ、ロゼ隊長。

 どうします?」

「そうだな」


 ロゼの表情は、他の十人隊長とは違っていた。

 彼女の顔に浮かぶのは、ただただ軽蔑の色である。

 ロゼは一瞬盗賊から顔を背け、溜息を吐いた。そして次の瞬間、盗賊のうちの一人に向けて、その首めがけて剣を差し込んだ。


「うああああ!!」


 絶叫したのは、首を()ねられた盗賊の横にいた、もう一人の方だった。

 顔面に血しぶきを浴び、真ん丸に開いた目は転げ落ちた仲間の首に釘付けになっていた。


「待って、待ってくれ!

 俺たちも食うために仕方なかったんだ!

 裁判を! 裁判を受けさせてくれ!」


 その哀願を受け、ロゼが冷たい視線を突き立てる。

 その瞳に映る軽蔑の色は、消えていなかった。


「あーあーあー、これだから盗賊の討伐なんてつまらないんだ。

 戦闘の素人ばかりで、まったく張り合いがない。

 それに、降伏したいのなら、それだけ敢闘してみせろってんだ。

 あー、つまらない、つまらない」


 そう言いながら、ロゼはゆっくりと剣を振りかぶる。


「待て!」


 降伏した敵を殺すことに対し、まったく躊躇する様子のないロゼたちにあっけにとられていた俺は、自分がここまで来た意味を思い出し、とっさに制止した。

 俺の声を受けて、ロゼはピタリと動作を止める。


「隊長殿か。

 何の用だい?

 個人的な武功が欲しいのなら、諦めな。

 もう戦闘は終わったよ」

「そうじゃない。

 その男を捕虜にしたいのだ」

「捕虜?

 そんな用意はないよ。

 アンタは私たちに、盗賊どもの『討伐』を命じたはずだ。

 盗賊どもの『捕獲』じゃあない。

 だいたい、手錠も鎖も持ってきてないんだ。

 捕虜をとることはできないし、必要もない」

「ロープならあるだろう。

 それで縛ればいい」


 俺の命令を聞くや否や、ニヤついていた十人隊長たちの表情と、そして空気が変わった。

 今回の任務を伝えた際の、やる気のなさそうな表情だ。しかし、その目はしっかりと俺を見ていた。いや、睨んでいた。


「隊長殿は何もわかっておられませんな」

「持ってきた兵糧はギリギリの量です。

 とても捕虜を食わせる余裕なんてありませんよ」

「飯を食わせないなら食わせないで、足手まといになるだけだ」

「それとも、隊長殿はこの盗賊を食わせてやるために、この盗賊が襲った農村から食料を徴収しろとでも仰るのですか?」

「どうも、隊長殿はそのあたりの勘定がなっちゃいないようですな」


 口々に、命令への不服を申し立てる十人隊長たち。


 ううむ。

 確かに、討伐遠征と言っても我が国の領内だったから、兵糧は最低限の分しか持ってきていない。飯を炊くための燃料アルコールや、その他の物資も余裕がなかった。

 俺たちは百人という小集団だ。一人増えただけでも、キツイ部分は確かにある。


 上官に対し礼を失する物言いだとは思うが、十人隊長たちの意見は首肯できる正論だった。


 しかし、情報は欲しい。

 捕虜は必要だ。


 であれば、情報を聞き出したら殺すと確約し、隊長たちを(なだ)めようか。

 それなら彼らだって納得してくれるだろう。

 ただ、それを盗賊の前で言うわけにはいかないな。


「あーあ」


 不意に、ロゼが声をあげた。

 彼女は俺の後ろを見ている。その視線を追ってみると、少し離れたところに今しがた命乞いをしていた盗賊の姿があった。

 どうやら、俺たちが集まって議論している隙に、逃げ出したようだ。


「ほら見ろ、アンタが下らないことを言うから、逃げちまったじゃないか」


 そう言うと、すぐにロゼは懐からナイフを取り出し、そのまま盗賊に向かって投げた。

 彼女は剣の腕前だけではなく、投げナイフの心得もあるらしい。

 ナイフは盗賊のうなじのあたりにクリーンヒットした。盗賊はそのまま倒れこみ、そのまま動かなくなった。


 ロゼは盗賊の体からナイフを引き抜くと、死んだ盗賊の服を使って血を(ぬぐ)った。


「いいかい、お坊ちゃん。

 戦いってのは事前準備で決まるもんなんだ。

 捕虜を捕まえるつもりなら、最初からそのことを言ってもらわなくちゃ困る。

 それとも、貴族の殿様なら、何でもかんでも家来が準備してくれるってのかい?」

「悪かったな」


 確かに、事前に言わなかった俺に落ち度がある。

 彼女の言は正論だ。


 彼女は、本当に直言を(はばか)らない性格のようだ。

 確かにそれは、兵士たちのような第三者からすれば、はっきりとした気持ちのいい物言いかもしれない。

 しかし、言われた方は少しキツイ。

 もうちょっと別の言い方があるんじゃないかと思う。


 言ってることは正論。

 それも、考えようによっては俺に教え諭してくれているようにも聞こえる。

 それでも素直にそう思えない、つまり「ぐぬぬ」と声が出そうになるのは、俺の器量が狭いからだろうか。




============




 結局、捕虜を得ることはできなかった。

 それでも、作戦自体は成功に終わった。


 そして、この任務を通して兵士たちが俺に抱いた印象は「作戦立案は良いが、思い付きで現場を混乱させる上官」「ロゼに楯突いて説教を食らった上官」「有害とまでは言わぬが有能とも言えない上官」「計画○、実行×」という散々なものだった。


 アギレットやフォキアに探りを入れてもらったのだが、今回の任務における俺とロゼのやり取りを、前述のような評価を絡めて酒の肴にしているらしい。


 そして、これらをまとめた「勉強ができる馬鹿」という言葉が、今のところ俺に下された評価だった。

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