#071「厄介な仕事仲間たち」
教会の鐘と、広場に設置されている水時計が、朝の六時を告げた。
サミンフィアのほぼ真ん中に位置する教会前広場。
早朝だというのに、広場は人でごった返していた。
集った人々は、一目で貧しいとわかる身なりをしている。
「さぁ、どうぞ」
鐘の音と同時に、教会関係者と思しき男、それに複数の軍人たちが次々と貧民たちにパンを配り始めた。
集まった民衆に対し、配給係の人数が少ないように感じられたが、それでも彼らは貧民たちを手際よくさばいていった。
「アレをどう思う?」
「配給係の手際の良さについてですか?
それとも、貧民の多さについてですか?」
「その両方についてさ」
パンを受け取るために並ぶ貧民たちは、ざっと見ても二百人はいる。
この教会前広場だけではなく、サミンフィア市内の他の広場でも食料の配給が行われているという話だ。
サミンフィアは住民と軍関係者合わせて八万人近い人々が住む大都会である。それを鑑みても、食料の配給を受けねばならぬほど貧しい人間の数が、あまりにも多いと言わざるを得ない。
それに、配給係の手際の良さは、彼らが食料の配給という仕事に長年従事していることを物語っていた。
それはつまり、長期にわたって貧困を解消できないでいる証拠だ。
「ここ数年つぎ込まれている復興予算には、住民に対する援助の分も含まれていると聞くが。
着服でもしてるのかな」
八年前、このサミンフィアは大きな戦いの舞台となった。
我がハイラール伯爵家にとっても、因縁深い戦いだ。
篭城戦の末の陥落、二ヵ月半にわたる敵国の占領、そして我が国による奪還戦。その全てにおいて舞台となったサミンフィアは再起不能と思われるほどの深刻な打撃を受けた。
城壁は打ち崩され、路地は血で染まり、そして飢餓による食人が繰り広げられたという。
実際に目撃した亡父アガレスやログレットたちとは違い、俺は伝聞で知っているだけだ。それでも、当時の街の様子を思い浮かべると、暗い気持ちになり、食欲がなくなる。
これだけ破壊され、住民を殺され、忌まわしい敗戦の舞台でもある街など、普通は放棄するだろう。
だが、死体が転がる廃墟を取り戻した我が軍は、すぐさまその再建を始めた。
理由は当然、このサミンフィアが戦略的要地に位置するためだ。
復興のために、サミンフィアには莫大な予算がつぎ込まれることになった。
この街の復興については、政府と軍、宰相派と軍務次官派が一致協力したほどだという。
しかし、政府や軍の熱心さと、現実には乖離があるように思える。
「横領も否定できませんが、それよりも、本来住民へ回すべき予算を軍関係に回しているのではないでしょうか」
あらためて街を見渡してみる。
綺麗に舗装された路地。遠くに見える無数の監視塔。
真新しい、高く分厚い立派な城壁。
そして、その路地と城壁の間に延々と続く、布と木で出来たバラックの群れ。
「火術とは言わぬが、火矢の一本でも打ち込めば、あっという間に全焼だな」
「術も矢も、新しい城壁を越すことはできないと考えているのでしょう。
帝都や聖地の城壁にも引けをとらないと、司令部が豪語する自慢の城壁ですからね」
前線の街であるサミンフィアでは、軍司令官が行政官を兼ねている。
結局、貧民を放置して軍関係のインフラに金をつぎ込んでいるのは、司令官なのだ。
貧民の放置は人道的な意味でも悪行だが、同時に治安の悪化も生む。国境防衛の要であり、兵站基地でもあるサミンフィアの治安悪化は、国防にとって計り知れない悪影響を及ぼすであろう。
それをわかっていて放置しているのか、それともわからないのか。
「いずれにせよ、我らが司令官殿は、碌でもない人物ってことだな」
「碌でもないのは同意します。
ここ一年、嫌というほど思い知らされてきました」
「どこにでも嫌な奴はいるものだね。
東部ではどうだったんだ? ロノウェ」
俺の幼馴染で、本人曰く第一の家臣で、そして上官に当たる男。
どうも、彼は我が司令官のことに苦手意識を持っているらしい。
俺たちが朝っぱらから街中を歩いているのは、その司令官に呼び出されたためだ。
苦手な司令官からの呼び出しは、彼の表情を陰鬱としたものにしていた。
「もちろん、気が合う人と同じぐらい、嫌な人間もいっぱいいましたよ。
でも、まぁ、ゲイはいませんでしたね……」
ロノウェは美青年だ。
少しクセのある黒髪と背の低さを本人は気にしているようだが、その顔は彫刻と見まごうばかりの整いっぷりである。
これほどの美青年を、同性愛者である司令官が放っておくわけがなかった。
司令官に目をつけられたロノウェは、貞操の危機を感じた。
それでも、今のところは司令官の毒牙から逃れることができている。
「すいません、シトレイ様。
僕は我が身を守るため、シトレイ様のお名前を出してしまいました」
ロノウェは自らがハイラール伯爵の家臣であることを司令官に強調した。
ロノウェが我が家の関係者であることは周知の事実だったが、加えてハイラール伯爵の幼馴染であり、その覚えもめでたく、手を出してきたら手痛い報復が待っていると言外に伝えたのである。
それでも司令官はロノウェに対してニヤニヤと笑みを浮かべながらいやらしい眼差しを向けてきたらしい。しかし、それも最近ではなくなった。
特に、俺が軍務次官派である旨を世間に公表してから、司令官から露骨な「お誘い」を受けることがなくなったという。
「かまわんよ。
私の名前で解決するなら、いくらでも使うといい」
「ありがとうございます。
ただ、もしかしたら、そのことによって司令官のシトレイ様への心象が悪くなっているのではないかと思いまして」
「いいさ。
それでも彼は、私に手を出せない。
どうせ、いずれは政争の相手ともなるわけだしな。
それに、この街の現状を鑑みれば、司令官に対する私の心象だって、悪くならざるを得ない」
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西部方面軍司令官ゴルツは、五十手前の軍人だ。
サイファ公爵の遠縁に当たる男で、俺と同じ伯爵の爵位を持つ貴族でもある。
肌は浅黒く、スキンヘッドに髭面で、背が高く肩幅が広い。
その堂々たる外見から想像されるのは、歴戦の勇者、剛力、武断派、猛将、という言葉だ。
「あら、ロノウェくん、来たわネ。
待っていたのヨ」
そして、彼と話した後に浮かぶ言葉は、ただ一言「オカマ」である。
この男と直接話をするのは初めてだが、会うのは二度目だ。
半月ほど前、サミンフィアへ着任した際、他の大勢の士官たちに混じって挨拶へ出向いたのだ。
最初に彼を見た際、たいそうな強面が出てきたなと身構えたものだが、彼の話し言葉聞いた後は、別の意味で身構える必要を感じた。
「第六獰猛軍団左翼大隊長ロノウェ・リュメール、ご命令により出頭いたしました」
俺よりもよほど身構える必要があるに違いないロノウェは、そんな素振りを見せなかった。
自然な口調で返答し、自然な動作で敬礼している。
「同じく、左翼大隊第五・百人隊長シトレイ・ハイラールであります」
ロノウェの後に続き、俺は右手を突き上げて敬礼した。
「あら、シトレイくん。
ちゃんとお話するのは初めてネ。
よろしくネ」
そう言うと、スキンヘッドの司令官はじっと俺のことを見つめた。
「ちょっと、腕をまくって見せてくれるかしら」
「は?
はい」
上官の命令である。
俺は素直に軍服の袖をまくり、腕を見せた。
「うん、うん、いいワ。
いい腕してる」
「軍人として恥ずかしくない程度には鍛えているつもりです」
「うん、うん……いい、いいワ。
特にその、腕橈骨筋のライン。
イイ……」
ゴルツは独り言のように「いいワ」を繰り返し、そして舌なめずりした。
その動作の、あまりの気持ち悪さに思わず身震いしてしまう。背筋が凍るような悪寒だ。
「さて、本題に入りましょうか。
今日は二人を呼んだけど、メインはシトレイくんなの」
メインは俺。犠牲の羊は俺。俺の貞操の危機。
一気に絶望が広がる。
一方、隣にいるロノウェは安堵の表情を浮かべていた。
おい、待て、ロノウェ。主の危機だぞ。何一人でほっとしてるんだ。
「わ、私は、軍務次官閣下の娘婿になる予定であります」
絶望しても、諦めない。
俺は抵抗を試みた。
「次官閣下は、私のことを、同志と仰って下さいました」
「そう」
「サイファ男爵夫人も、私を慕ってくれていると、自負しています」
「そうみたいネ。
知ってるワ」
「ですから、あの……私が司令官閣下のお相手は、ちょっと、その……つまりサイファ公爵家が、どう思うか……とかそういうアレを……」
「オホホホ」
ゴルツは口元に手を添え、いわゆるお嬢様笑いの仕草で軽く笑った。
「何を勘違いしているのかしら。
私、これでも結構面食いなのヨ。
貴方の、その腕橈骨筋は甘噛みしたくなるほど素晴らしいけど、でも、ごめんなさいネ。
シトレイくんはタイプじゃないワ」
それはつまり、お前は不細工だと言われたようなものだったが、ゴルツの言葉に怒りは感じなかった。
それよりも安堵感が大きかったのだ。
自ら面食いだと宣言した後、ゴルツはしばしロノウェを見つめた。
面食いな自分は端整な顔を持つロノウェこそ狙いなのだ、と視線が訴えているようだった。
その視線を受け、今度はロノウェの表情が固まる。
はは、ざまぁみろ、ロノウェ。
今度はお前が絶望して、俺が安堵する番だ。
「っと、また話が逸れたわネ。
今度こそ本題に入るワ。
シトレイくん、貴方にやってもらいたい仕事があるの」
明後日、自らの部隊を率いてサミンフィア北にある農村へ向かうこと。
任務は付近一帯の農村を荒らしまわっている盗賊の討伐。
それが俺の初任務だった。
「任務はシトレイくんだけの部隊で行うこと。
そうじゃないと、シトレイくんの功績にならないからネ。
無事に任務が終わったら、昇進させるから頑張って」
「昇進ですか」
「ええ。
本家から、貴方の世話をするよう言われているの。
大丈夫、盗賊は三十から四十人程度の集団を報告を受けているワ。
それに、シトレイくんに与えた兵士たちは、歴戦の兵よ。
万に一つも、負ける可能性はないワ。楽勝ヨ」
ゴルツにとって本家とは、すなわちサイファ公爵のことだ。
こいつはありがたい。素直に任務を頑張ろう。
「あの、僕は?」
「ああ、ロノウェくんはネ、シトレイくんの上官だから呼んだの。
一応ネ、上意下達にもルールがあるし、直属の上官を飛ばして指令を出したらネ、組織としての秩序に関わるでしょう?」
ゴルツはふざけたオカマだが、そんな彼でも公人としての常識は弁えていた。
彼は西部方面軍の司令官だが、西部方面軍は彼の私兵ではない。
公的組織には、それに相応しいルールがある。彼は、それを弁えている。
と感心しそうになったが、実際そうではないことをすぐに思い出した。
「閣下、そうなりますと、モブ将軍もこちらにお呼びすべきではありませんか?」
そう、ゴルツは「組織としての秩序」なんて言葉を口にしているが、実際はその言葉に行動が伴っていなかった。
彼は、ロノウェのさらに上官である軍団司令官を差し置いて、俺に直接指令を下している。
「ああ、彼はいいのヨ。
どうせ、ここにいいても文句をたれるだけだし、それにお酒臭いし。
後で伝えておくワ」
うんうん、いいぞ。
これこそ、我らが西部方面軍の素晴らしいところだ。
サミンフィアの奪還と、西部方面軍の再建から八年。
大勢の兵士と士官が物理的に無くなった西部方面軍は、他の戦線から人材を集めるという形で再建された。
いかに寄せ集めの軍団と言っても、八年も同じ釜の飯を食った仲だ。
にも関わらず、組織としての一体性に乏しい。一枚岩では、決してない。
その原因が司令官の人徳や力量の問題なのかか、それとも、集められた将官たちのフィーリングが絶望的に合わなかったのか、定かではない。
この際、原因が不明でも一向に構わない。
西部方面軍が一枚岩ではないという現状が重要なのだ。
それでこそ、俺が付け入る隙もあるというものだ。
「それでは、私がモブ将軍にお伝えしましょうか」
「そうネ、それもいいわネ。
貴方も、まだまだ立場が弱いしネ。
上官へは気を使わなきゃいけないわネ」
用件が終わると、俺たちはゴルツ司令官の執務室から退室した。
退室する際も、彼は俺たちを――おそらくロノウェを見つめていた。
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一癖も二癖もあるゴルツ司令官だが、俺たちが所属する軍団の長であるモブという男も、これまた癖のある男だった。
この男、アルコール中毒なのだ。
ゴルツから指令を受けた俺たちは、その旨を報告すべく、同じサミンフィア城塞内にあるモブの執務室を訪ねた。
「あー……あ?
何だ、リュメールか。何の用だ?
ってか、誰だ、横にいるのは」
まだ午前中だというのに、モブはすっかりと出来上がっている。
「リュメール隊長殿の下で百人隊長をしております、ハイラールであります、閣下」
この男とも、会うのは二度目だ。
ゴルツと同じく着任の際に、挨拶のため顔を出している。
ゴルツとは違い、彼とは挨拶の際に一言二言話しているはずなのだが、向こうは俺のことを忘れてしまっているようだ。
もっとも、彼は最初に会った時も、酔っ払っていた。酔っ払いの記憶力に期待するのは間違いだろう。
「あー……ハイラール、百人隊長。
お前、今、面倒くさそうな顔をしたな。
俺のような酔っ払いの相手をするのが、面倒だと言わんばかりの顔だ」
「いえ、そのようなことは……」
「いいか、一つだけ言っておく。
俺が酔っ払っているのは、仕方がないんだ。
おい、ハイラール、お前、朝起きて頭が痛かったらどうする?」
「軍務があれば我慢します。
非番であれば、そのまま、もう一度横になると思います」
「はっは、馬鹿め。
いいか、朝起きて頭が痛かったら、酒を飲んでみろ。
頭痛が吹っ飛ぶぜ」
聞いたことがある。
二日酔いから逃げるために、また酒を飲むのだ。人はそうやってアルコール中毒に陥るらしい。
「で、何の用だ」
一通りの挨拶と絡みを終えた後、俺は先ほどゴルツから下った命令のことを伝えた。
「そんなことを伝えにわざわざ来たのか。
そいつは、ご苦労だな。
褒美にブランデーを一杯、飲ませてやる」
「いえ、服務中ですし、出征に向けての準備もございますので……」
「何だ、貴様、俺の酒が飲めな……あ、あ! お腹痛い」
話の途中でモブは席を立ってしまった。
話どころの状況ではないのだろう。
俺たちのことを無視して、ふらつきながら部屋を出ていこうとする。
「閣下、私どもはどうすれば?」
「もういいから、勝手に出てけ」
腹を押さえ、慌てて部屋を出ていくモブを見送った後、俺とロノウェはゆっくりと退室した。
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「よくあの服務態度でクビにならないな」
例えば、ゴルツの方がアルコール中毒だったら、眉をひそめつつも納得できる。
彼はサイファ公爵の一門だったから、不真面目でもクビにならないだけの後ろ盾があるのだ。
しかし、モブにはそんな後ろ盾があるように思えない。
「彼は平民の出だろう?
彼の祖父だか曽祖父だかの代から軍人一家らしいが、それほど影響力を持つ家柄には思えないな」
「よくご存知ですね、シトレイ様。
お調べになったのですか?」
「いや、特に調べてないよ。
ただ、士官学校に同じ名字を持つ同級生がいたからね。
珍しい名字だし、たぶん同族だとは思うんだけど……。
いずれにせよ、彼がどうして、あんな態度が許されているのか謎だ」
さらに謎なのは、モブの服務態度をゴルツが攻撃材料にしていないことだ。
ゴルツはモブを嫌っている様子だったし、その嫌っている相手を排除するだけの口実(というより事実)が転がっているのだ。それでも、モブは現在の地位を維持している。
「後ろ盾があるとすれば、兵士たちの支持でしょうね」
「支持しているのか?
あんな酔っ払いを?」
「ええ」
サミンフィアでは一年先輩になるロノウェが、事情を教えてくれた。
モブがどうしようもない酔っ払いである事実は、兵士たちの間でも有名な話らしい。
そしてそれ以上に、モブが優れた将軍であり、英雄であるという評価も有名なのだという。
八年前のサミンフィア陥落の際、彼は敵軍の捕虜となった。
そして、虜囚の身から脱し、単身都まで逃げ延びたという。
「拷問と逃亡で衰弱しきっていたにも関わらず、彼はすぐさま奪還作戦に志願したそうです。
そして、奪還戦では見事、城壁への一番乗りと敵将の首級という成果を挙げたという話です」
「敵からまんまと逃げおおせ、なおかつ復讐まで果たしたわけか。
信じがたい話だが、本当だとしたら、まさに英雄だな」
現場の兵士たちにとっては爽快な話だろう。
「奪還戦の功績で、彼は将軍になりましたが、その後のいくつかの戦いでも戦果を挙げています。
普段は酔っ払っていますが、いざ戦いとなると、天才的な軍才を発揮するという話でして。
兵士たちの間では、軍神ベリアル・サイファの再来だと噂しています」
「なるほどな」
俺のような、生まれた身分で地位を手に入れた男とは違う。
自分の力だけで名声をつかんだ男。
「絡みづらいことこの上ないが、実力と人望を持つというのなら願ったりだ」
「ええ。
シトレイ様がやろうとしていることからすれば、彼こそ味方に引き入れるべき人物ですもんね」
彼をこちらへ引き入れたいのは、あくまで彼がゴルツと距離を置いているためだ。
それは100パーセント派閥次元の考えに則ったものだが、その人物が有能で、共に将来の軍を担っていくとなれば、軍全体にとっても有益だろう。
私益と公益が合致するということだ。
「落ち着いたら、本格的にモブと接触してみようと思う。
ただそれよりも、今は目の前の任務を成功させなくちゃいけない」
「そこですよね……大丈夫ですか?
何なら、僕の権限でシトレイ様の隊の兵士を入れ替えましょうか」
「いや、いい。
彼女たちの顔が広いのは知っているだろう?
モブのように兵士たちの篤い支持を得たいとまでは言わないが、ここで逃げ出したら、彼女たちだけではなくその他大勢の兵士たちからも後ろ指を指されるだろう。
そんなことになったら、私の弱味になる。
今後の行動にも不都合が生じる」
「しかし……」
「心配してくれてありがとう。
でも、大丈夫だ。
私は、これでも士官学校では戦術学で好成績を収めていたんだ。
私の作戦指揮で彼女たちにビシッとしたところ見せてやるさ」
とは言うものの、不安は確かにあった。
モブと仲良くなり、ゴルツの足を引っ張る。
赴任する前からある程度目算を立てていたが、上位者たちに対する方針は固まった。
目下の問題は下位者――俺の部下たちをどう掌握するか。
よくもまぁ、次から次へと問題が出てくるなと他人事のように感心してしまいそうだが、俺の部下――左翼大隊第五百人隊の面々は、モブやゴルツどころではない厄介な問題児たちが集まっていたのだ。
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ロノウェと別れた俺は、そのまま城塞内にある、我が隊の隊長たちが詰める部屋へと向かった。
先ほど訪ねたゴルツやモブの執務室よりも広いが、テーブルやイスが乱雑に並べられており、全体的に汚い。
「整列せよ」
まず、俺と同窓であり、正式に我が家の従士となったフォキアが並ぶ。
「はい、隊長殿!」
彼女はビシっと背筋を伸ばし、俺へ敬礼してくれた。俺も、敬礼を返す。
と、気持ちいい挨拶ができたのはここまでだ。
後はノソノソと、面倒くさそうに俺の前へ集まってきた。
一応敬礼らしき動作をしているが、彼らは俺の顔をまともに見ようともしなかった。軍人らしい覇気は皆無だ。
「方面軍司令部から直接のご下命を受けた。
明後日、我々は北の農村地帯を荒らす不届きな盗賊どもを討伐するため、このサミンフィアより出立する」
「めんどくさ……」
居並ぶ十人隊長のうちの誰かが、ボソっとつぶやいた。
フォキアを除けば、皆面倒そうな、かつ反感を抱いているような目つきを俺へ向けてくる。
態度や独り言だけではない。
その中にはあからさまに反抗してくる者もいた。
「隊長殿、質問があるんだけど」
「何だ、ロゼ十人隊長」
それは、彼ら古参十人隊長たちのリーダー格であり、そして、今のところ俺に対してもっとも露骨に悪感情をぶつけてくる女だった。
「あのゴルツから直接命令があったってことは、この任務は隊長殿の点数稼ぎの一環というわけかい?」
ロゼは右手を腰に当て、左手でぶら下げている剣の柄をトントンと叩いていた。
イライラしていますよ、とわかりやすく主張している。
俺の身長よりもさらに背が高い、その大柄な女は、不機嫌そうに俺を睨んでいた。
前途多難だ。
こんな連中を率いて、やっていけるのだろうか。
ゴルツやモブに対する政治工作なんかより、こっちの方が大問題だ。
何せ、彼女たちと上手くやっていかなくては、ドミナだ、軍務次官派だ、と騒ぐ前に戦場で命を落とすかもしれないのだから。




