#006「友人」
六歳になった。
この一年間はとても充実していた。見た目は子供、頭脳は大人な俺にとって、勉強は苦ではなかったし、リュメール兄妹とは良い関係を築けている。ヴロア先生は、学識豊かで、俺の質問に対し答えられないことがなかった。
四歳から五歳までの一年間で六冊の本を読破した俺は、五歳から六歳までのこの一年間の間で五十冊近い本を読破するまでになっていた。昼間は授業を受けているので、読書の時間は夕食後と休日に限られている。以前より読書に割く時間は圧倒的に減っているはずだ。
それでも、五十冊である。我ながら、驚異的成長である。
そんなある日。
いつも午前中にやって来るリュメール兄妹が、その日は昼過ぎに屋敷へとやって来た。今日は授業が休みだ。だから、遅い時間にやってきた兄妹は遅刻をしたわけではなく、休日出勤をしてきたのである。
「どうした、今日は休みだぞ」
「はい、シトレイ様第一の側近である、このロノウェ、
シトレイ様のお役に立つべく参上いたしました」
ロノウェ曰く、街まで遊びに行こうとのことだ。街とは、この屋敷から五〇〇メートルほど離れた、城下町である。城下町といっても、この屋敷は屋敷であって城ではないから、その表現は憚られるが。
それに、街といっても人口千人ほどの、前世の記憶から想像される街からしてみればささやかなものだ。
「いかがでしょうか、シトレイ様。
このロノウェ、一日中お供いたします」
「うーん」
実は、生を受けてから六年。俺は屋敷の外から出たことがない。年齢もあったが、自分の語学の成長を自覚するまでは、街に出るということは外国に行くような感じがして二の足を踏んでいたのだ。
しかし、今の俺は話すことはもちろん、読み書きだってできる。それにロノウェとアギレットも一緒だ。街に出ることへの興味あった。
「よし、では行こう」
俺は快諾すると、親の許可を取った後、街へ繰り出すことにした。
「子供たちだけで大丈夫かしら」
「大丈夫さ。私の領地だぞ」
母は心配していたが、父はそうでもないようだ。父は、本人の談によれば、子供の頃は腕白だったらしい。
「この年齢の男の子が、家にこもってばっかりいるほうが心配さ」
事実、兄アーモンも、休日は小姓を引き連れて街に出かけたりしている。俺は知らず知らずのうちに、父に変な心配をかけていたのかもしれない。
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街の名前はハイラール。領地や爵位、そして我が家の名はこの街から取られている。名前のとおり、ハイラール伯爵領の中心都市だ。しかし中心都市ではあったが、その規模はささやかなものでだった。
中央通りは地面が白い石で舗装され、数件の商家が立ち並び整備されていた。レンガや石だったり、木だったり、コンクリートだったり、建物の建材はバラバラだったがどの建物も屋根の色が赤で統一されており、景観にまとまりがあった。
だが、一本裏道に入れば、土がむき出しの地面が広がり、すぐに街並が途切れてしまった。
俺たちは、そんな街中を、ロノウェを先頭に歩いていく。
「どこに行くんだ?」
「街の広場です。
皆集まっていますよ」
「皆?」
街の広場には池があり、そして噴水があった。いや、厳密には噴水ではない。水が噴出しているのではなく、流れ出ているのだ。どうやら、広場は、この街唯一の上水道の終点らしい。
池のほとりに三人の少年少女がいた。
「やあやあ、お前ら。
我が主をお連れしたぞ」
どうやら、ロノウェの友人らしい。彼らは街に住む子供たちだった。
「そこの品の悪そうなのがマルコ、
で、小さいのがフォキア、大きいのがヴィーネです」
マルコは略称で、本名はマルコシアスという。
聞くと、年齢は俺とロノウェの間である七歳。街の鍛冶屋の息子らしい。七歳にしてはガタイが良く、いかにも野生的に見えるが、別に品が悪そうには見えない。明るい色の金髪と、日焼けした肌を持った少年だった。
次にフォキア。年齢は俺と同じ六歳。
宿屋の娘。ロノウェは小さいといったが、俺から言わせれば可愛らしい、である。赤毛に青い瞳を持っていた。
最後にヴィーネ。年齢は八歳。ロノウェと同い年である。
父に仕える従士の娘らしい。ロノウェが大きいといったが、俺から言わせればスラリとした高身長でスタイルが良い、である。茶色の髪と同じ色の瞳を持つ。ロノウェよりも背が高く、マルコと並ぶとちょうどいい。八歳にしては大人びている感じだ。
「ささ、シトレイ様。
この者たちはシトレイ様に忠誠を誓う者です。
何なりとお命じ下さい」
「ちょっと待てよ、ロノウェ。
そんなの聞いてないぞ!」
マルコから異議を受けた。彼の話によれば、ロノウェに集まるよう言われただけらしい。
「そうだよ、知らない人の命令なんて聞けないし」
小柄なフォキアは背丈に似合わず自己主張が強そうだった。反対に、ヴィーネはおとなしい子のようだ。アギレットに似ている。
「あ、私はログレットの娘です。
えっと、父がお屋敷でお世話になっています」
「あ、これはどうも、ご丁寧に」
ログレットのことは知っている。彼は父の従士の一人であった。ヴィーネと同じ茶色の髪と茶色の瞳を持つ。背の高い男だ。
俺とヴィーネのやり取りを見て、マルコとフォキアは驚いていた。
「なんだ、貴族様の息子なんていうから、
どんないばりん坊のへそ曲がりが来るかと思ったら、
悪いやつじゃないみたいだな」
「命令は聞かないけど、
一緒に遊ぶのはいいかも」
どうやら、ロノウェが事前に俺の悪評を流していたらしい。いや、ロノウェ本人に悪評を流したという自覚はないのだろう。だが、ロノウェの俺を賞賛する話は、第三者から聞けば胡散くさいものばかりだ。そして、恐ろしい目つきをした実物を見て、彼らは誤解したのだ。すぐに誤解が解けてよかった。
「よし、今日からシトレイも仲間だ」
「おい、マルコ、我が主を呼び捨てにするな。
様をつけろ、様を。シトレイ様は領主様のご子息でもあるんだぞ」
「いや、私は呼び捨てでもかまわないよ」
「ほら、シトレイ本人がいいつってるぞ。
ロノウェは黙ってろ」
ロノウェとマルコは馬が合わないのだろうか。しかし、言い争っていても険悪な雰囲気ではない。本当に仲が悪ければこうして集まり、遊ぶこともないだろう。憎まれ口を叩きつつも仲は良いのだ。
俺は結構、そういった友人に憧れていた。前世でも友人はいたが、表面上は仲良くても、どこか距離を作っていた友人ばかりだった。彼らとは、卒業などで離れ離れになると自然と疎遠になっていった。
「さて、諸君。
シトレイ様をお迎えした記念すべき最初の日です。
何をして遊びましょう?」
「アンコがいい!アンコ!」
フォキアが提案した。聞いたことのない遊びだ。
「うーん、アンコはね、簡単に言えば、
野蛮なマルコをぶちのめす遊びだよ」
フォキアの説明では要領を得なかった。
聞きなれないアンコという遊びだったが、要するに、ケイドロの戦争バージョンだった。
まず、「アン」と「コ」に分かれる。アンが警察、コが泥棒だ。アンはコをタッチして捕まえ「捕虜」とする。「捕虜」は「収容所」に入れられる。まだ捕まっていないコが、捕虜となった別のコにタッチすれば、そのコは解放される。
制限時間内にアンが全てのコを捕虜にできれば、アンの勝ち。コが逃げ切ればコの勝ち。
俺がロノウェからルールの説明を受けた後、六人は二つチームに分かれることとなった。しかし、始める前から、チーム構成の半分は決まっていた。
ロノウェとマルコは不倶戴天の敵同士らしく、別々のチームとなる。そして、ロノウェのチームに、マルコをぶちのめすと豪語したフォキアが加勢する。いつもは、マルコのチームにヴィーネが入り、足の遅いアギレットがどちらかのチームに加わっていた。だが、今日は俺がいる。ちょうど、三対三になる。
残った俺とヴィーネとアギレットが厳正なグッパー(グーとパーを出し合い、二手に分かれる儀式)を行い、チーム構成は以下のとおりに決定した。
・ロノウェチーム
ロノウェ
フォキア
アギレット
・マルコチーム
マルコ
ヴィーネ
シトレイ
「なぁぁぜ、僕とシトレイ様が別々のチームなんですか!!
これじゃあ、第一の側近の名が泣きます!」
第一の側近というのは、あくまで彼の自称である。しかし、間違っているわけでもない。俺の側近と呼べるのは彼と彼の妹しかいないのだから。
「もう決まったんだから、我慢しろよ。
じゃあ、始めようぜ。
とりあえず、最初は俺とシトレイとヴィーネがアンだな」
「なぜです!?」
「そりゃあ、ロノウェ、言うまでもないだろう。
シトレイがこっちにいるからだよ。
アンはアンデルシアのアンだし。
さ、今から一〇〇数えるぞ。コのやつらはさっさと逃げろ。捕まえるぞ」
こうして、ハイラールの街を舞台にした激戦が始まったのだった。
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正に激戦だった。
一般的なルールがそうなのか、それともハイラールの街のローカルルールがそうなのかは定かではないが、このアンコという遊び、暴力以外は何をやっても許されるものだったのだ。
武器は主に泥ダンゴが使用された。
あんまり堅く作ると、泥ダンゴでも当たれば痛い。彼らの中では、それは暴力に含まれるらしく、泥ダンゴは水分たっぷりで作る決まりがあった。おかげで当たるとペイントボールの如く服が台無しになる。
「あの、私、これ苦手です」
俺は真っ先に捕まったアギレットの見張り番をしていた。
アギレットはアンコを始めた当初から、どこか不機嫌そうな顔をしていた。不機嫌そうなのは見ててわかったが、五歳児のムスっとした顔は可愛いものだった。その表情も、捕まってからは晴れたように見える。
「ああ、だから、最初元気なかったのか」
「え?」
「いや、最初、アギレットはあんまり楽しくなさそうだったからさ」
遠くで繰り広げられるロノウェとマルコの泥の投げあいを眺めながら、俺は言った。
「アンコは苦手ですけど、
でも嫌だったのはチーム分けです」
「ああ、たまには兄と離れたいよね」
「んー……」
アギレットは苦い顔をした。
あれ、俺は見当外れのことを言ったのだろうか。アギレットにちょっかいを出すロノウェと、そのために泣かされるアギレットを何度か見ているから「たまにはロノウェと離れたい」という意見に同意してもらえると思ったのだが。もし、俺が知らないだけで、アギレットがお兄ちゃん大好きっ子だった場合、俺は地雷踏んだことになる。
「ごめん」
とりあえず、一言謝った。その時である。
「ゴフォッ!」
俺の顔面に泥ダンゴが命中した。
「あ、あの、シトレイ様……」
泥を払い、視界を確保する。すると、俺の右斜め前にマルコが立っており、その十メートルほど後ろにロノウェが立っていた。状況から察するに、ロノウェがマルコ目掛けて泥ダンゴを投げたのだが、誤って俺の顔に命中したらしい。
「マルコ、泥ダンゴをひとつ貸してくれ」
「お、おう」
「ロノウェ」
「は、はい」
「遠慮はいらない。これは戦争だ。
行くぞ!」
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日が暮れ始めるまで、三~四時間ほどだろうか。俺たちの中で泥をかぶっていない者はいなかった。コ側が制限時間を逃げ切ることは少なかった。アンがコを殲滅する度に両者が入れ替わり、戦いを続けた。勝ち負けの数を合計した結果、この日は、ロノウェチームとマルコチームの引き分けに終わった。
休みなしで続け、体力は残っていなかったが、凄い気持ちが良かった。
「ロノウェ、今日は引き分けで勘弁してやるよ。
それにしても、シトレイ、お前がこっちのチームで助かったよ。
またやろうぜ」
「授業がない日じゃないと遊べないけどね。
それでよければ、また来るよ」
遊び始めて一時間ほどたった頃、アンコに慣れてきた俺は、作戦を考え、それをマルコとヴィーネに伝授した。待ち伏せであったり、挟み撃ちであったり、単純なものばかりだったが、最初のうちは面白いように引っかかった。しばらくすると、ロノウェたちも用心し始め、あまり通用しなくなっていったが。
マルコは、俺の作戦立案能力を素直に賞賛したのであった。
「今度はあたしと一緒のチームだからね、シトレイ」
フォキアは一番の勇者である。ロノウェやマルコではなく、フォキアこそがこの集団で最強の戦士だった。彼女の投げる泥ダンゴの速度は男たちと比較にならないほど速かった。小柄の女の子だ。力があるとは思えない。きっと、投げ方が良いのだろう。そういう体を動かすことのコツを掴むのがうまい子なのかもしれない。
「今日は楽しかったです」
アンコの最中、何度かヴィーネと話したが、ヴィーネは父を通して俺のことよく聞き知っていたらしい。読書家の天才児。顔は怖いが、家臣にも礼儀正しい。ヴィーネが言うには、父から聞いていたこの評判は、良い意味で裏切られたとのことだ。
曰く、思ったより気さくで、話しやすい。
完璧な天才少年と聞いていたが、自分たちと同じ遊びをする姿に親近感を持ち、自分たちと同世代であることを確認できて安心した、とのことだ。
まぁ、中身は三十超えてるんですがね。
「じゃあ、またね」
挨拶すると、俺たちは解散した。
「シトレイ様」
「ん?」
「屋敷までお送りします」
「いいよ、そぐそこだ」
「泥だらけのシトレイ様一人でお戻りになるよりは、
二人で戻ったほうが、奥様のお叱りも和らぐと思いますよ」
ロノウェはシトレイを庇うと申し出た。しかし、あの母がそれほど怒るようにも思えない。
「それに、お聞きしたいこともあるので、
道すがらお話でも」
「わかった」
屋敷へ向かう道を、俺とロノウェは歩いていく。街の中央通りは、そのまま屋敷へと続いており、屋敷までの道も白い石で綺麗に舗装されていた。その綺麗な白い道に、俺たちは泥だらけの靴跡がついていった。
「で、シトレイ様。どちらをお気に召しましたか?」
「何が?」
「フォキアとヴィーネです。
どうです?どっちも可愛いでしょう?」
どうやら、ロノウェは、あの少女たちを紹介するために街へ連れ出したらしい。マセた子供だ。八歳ぐらいだったら、女の子と遊ぶだけでからかわれたものだ。いや、俺の子供の頃がそうだっただけだろうか。それともこちらの世界ではそんなことはないのだろうか。
活発で、体を動かすのが得意で、健康そうな小柄のフォキア。
おとなしめで、背が高くて、どちらかというと上品な感じのヴィーネ。
「どっちも可愛い」
「どっちも?
なるほど、さすがはシトレイ様。その豪胆な性格、感服いたしました。
英雄色を好むとも言います。わかりました、お力添えいたしましょう」
「何が?」
「シトレイ様は貴族です。
妾を二人持つことぐらい、なんてことはないでしょう。
シトレイ様第一の側近である、このロノウェ、
シトレイ様のために一肌脱ぎましょうぞ」
そういうと、ロノウェは二人のことを話し始めた。フォキアはああ見えて少女趣味だから、贈り物には可愛い物がいいとか、ヴィーネはきっと引っ張ってくれる男性が好きに違いないから強引に行こうとか。
「おい、ロノウェ」
「なんでしょう、シトレイ様」
「私は可愛いと言っただけだぞ。
二人をどうこうしようとは思わない」
「二人をお気に召しませんでしたか?」
「違う、違う。
せっかくできた友達なんだ。
友達として大切にしたいんだ」
妾と聞いて、俺は改めて、自分が貴族の息子であるという立場を思い出した。最初、神を名乗る面接官に問いただしたものだ。貴族の息子か、大商人の息子。そして美少女奴隷。妾を持つというのも大して変わらない。俺はそういうものを望んでいた。
だが、実際に生を受けてから、そういうことは一切考えなくなった。もちろん、体が子供というのもある。
俺が生を受けてから、接した一番身近な貴族は父アガレスである。父は側室や妾を持っていなかった。この世界の社会制度や道徳については学んでいる。
父が望めば、誰に憚ることもなく妾を持つことができるのだろう。
しかし、父は妾を持たなかった。
俺の目には、父アガレスは、ただ一途に母フェニキアを愛し、俺や兄アーモンを愛し、日々執務に精を出す真面目な男にしか見えない。そして、それが俺の貴族観の全てであった。
「環境が人を作る。
よく言ったものだ」
「シトレイ様?
何ですか、それは」
「父上を見ていれば、妾なんて持とうとは思えない、ってことだよ」
「なるほど」
二人はしばし、無言になり、黙々と屋敷に向かって歩いていった。
「シトレイ様」
「何だ」
沈黙を嫌うロノウェは、再び話しかけてきた。
「僕はシトレイ様のお役に立つべく、あの二人を紹介しました。
ですが、シトレイ様は二人をお望みではないと仰いました。
僕は救われました」
「何で?」
「僕は、ヴィーネが好きだからです」
「ロノウェ、君は、自分の好きな女を差し出そうとしたのか」
「それが、主への忠誠です」
見上げた忠誠心である。
ロノウェが素直に俺を慕ってくれていることに、俺は感謝し、嬉しく思った。同時に、俺がヴィーネを望まなくてよかったと思った。ロノウェは自分の好意をおくびにも出さず、俺とヴィーネをくっつけようとしただろう。そうなれば、素直なこの男と知らない間に溝ができていたかもしれない。
ロノウェの告白の後、男二人の帰り道は恋バナの場となった。
「アンコをやっている時の、逃げているヴィーネを見ましたか?
彼女、一見おしとやかな風に見えますが、めちゃくちゃ足が速いんです」
「確かに。
泥ダンゴを投げるのは上手じゃなかったけど、足は速かったな」
俺の小さい頃もそうだったが、足が速い子供は人気者だった。
「そうなんですよ。でも、彼女はぜんぜんひけらかしません。
皆で競争する時も、足の遅いアギレットと一緒に走ってくれるんです。
彼女は優しいです。
でも、彼女はあんなに足が速くて背が高いのに、弱虫なんです。
結構泣いたりもします。男が守ってやらなければならないのです」
自分の好きな女のことを語るロノウェが眩しい。めちゃくちゃイケメンに見える。いや、俺と違い、彼は元々イケメンだ。
しかし、ロノウェのヴィーネ評は、彼の妹にも共通するように思えた。気が弱くて泣き虫。
「君、シスコンの気があるんじゃないか。
君の好きなヴィーネの性格は、アギレットにも当てはまるぞ」
「アギレット?
ヴィーネの泣き顔は守ってあげたくなりますが、
アギレットの泣き顔はうっとおしいだけですよ。
あいつ、すごい甲高い声で泣きますし。時々ひっぱたいてやりたくなります」
前言撤回。この男はイケメンじゃない。ただのS男だ。
「確かに、アギレットの泣き声はうるさいな。
でも、アギレットの笑顔は好きだ。凄く可愛いだろう」
あ。
つい流れで、言ってしまった。
「シトレイ様、我が妹をお望みで?」
俺は黙ってしまった。否定できない。まずいことを口走ってしまった。
「あ、あの……」
後ろから声がした。なんと、そこにはアギレットがいた。夕日のせいか、今の話の内容のせいか、顔を真っ赤にしている。
「アギレット、お前、なんでここにいるんだ?
僕がシトレイ様をお送りするから、先に帰ってろって言っただろ」
「あの、私も、シトレイ様の小姓だから……」
「……」
確実に先ほどの話は聞かれている。俺は恥ずかしくて何もしゃべれなかった。五歳児相手にである。違う、俺はロリコンではない。ロリコンではないが、恥ずかしかった。
結局、その場でアギレットだけに引き返せとも言えず、俺たちは三人で屋敷に向かった。屋敷についた俺たちは母フェニキアに叱られた、というよりも心配されたのだが、たまたま父アガレスが通りがかったため、ことなきを得た。
「男の子が外で遊んできたんだ。
泥だらけになって帰ってくるなんて当たり前だろう」
父アガレスは嬉しそうだった。引きこもりの息子が外へ出た時のような気持ちなのだろう。その日はぐっすりと眠ることができた。