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異世界でも現実は厳しい  作者: 懐中電灯
幼年学校編
44/79

#043「勝利を確認する作業」

 皇宮。

 正式名称は帝都の名を冠したバアルバーグ城だが、専ら皇宮と呼ばれている。あるいは、敷地を囲む城壁の形状から円宮と呼ばれることもある。


 その皇宮の一室で、セエレ・アンデルシアの裁判、いや尋問が始まった。


 この国は、見かけの上では行政から司法が独立しており、裁判所に相当する大審院という機関が存在している。

 だが、今回は皇族が反乱を企てたという、おおよそ衆目にさらすことのできない事件であった。正式な裁判にかけるわけにはいかない案件だ。


 一応、弁明の場として皇宮に関係者が集まったのだが、セエレに弁護士がつけられているわけではない。最初から結果がわかりきっていた。


「私は、セエレ殿下の恐ろしい考えについていけませんでした。

 何よりも私の良心が、皇帝陛下への忠誠心が、それを咎めました。

 陛下にお伝えし、ご裁断を仰ぐことこそ最善と考えたのです」

(わたくし)がハイラール伯爵からお話を伺ったとき、無実の父が巻き込まれるのではないかと恐れました。

 家祖ベリアル以来、我が家の帝室への忠誠は、歴史が示すとおりです。

 誓って申し上げますが、サイファ家の人間がこのような恐ろしい計画に賛同した事実はございません」


 俺とヴェスリーの告発者二人が陳述する。

 それをセエレは無表情で聞いていた。うつむいた顔は、いつもの微笑が消えている。


「サイファ公爵の意見は」


 裁判官役の皇帝がサイファ公爵に尋ねた。


「……思いもよらぬことです。

 セエレ殿下がそのようなお考えをお持ちとは存じ上げておりませんでした。

 もし知っていれば、伯父として、命にかえてでもお諌めすべきでございました」


 俺、ヴェスリー、証人である血判状を出した四人の官僚たち、そして祖父は皆共犯者だ。

 祖父の傀儡と言ってもいい皇帝はもちろん、立会人である皇太孫にも大審院長にも、祖父の根回しは済んでいた。

 唯一、確証が得られなかったサイファ公爵も、こちらに回ったようだ。現状をしっかりと認識し、セエレを切り捨てる決心がついたらしい。俺は内心ホッとしていた。


 サイファ公爵に見捨てられたと知ったセエレは、無表情のまま、瞳だけを公爵に向ける。


 サイファ公爵の陳述が終わると、次に血判状を出した四人の官僚たちが意見を述べた。彼らはセエレにクーデター計画を持ちかけられたことを話し、脅されて協力を強いられたと主張する。彼らの主張に対し、祖父はすかさずフォローを入れた。


「実は、内務府の官僚が一人、行方がわからなくなっております。

 行方不明になる直前にセエレ殿下と会っていた、という話も出てきておりましてな。

 その件も含め、セエレ殿下のご意見を伺いたいのですが」


 セエレはジロリと祖父を睨み、そして俺を睨んだ。


「シトレイ君、どうして裏切ったのですか」

「裏切る?

 私は皇帝陛下の忠実な臣です。

 私が唯一忠誠を誓うのは皇帝陛下に対してのみですが」

「……最初から、コルベルン王と結託していたのですね。

 いや、そうか、欲が出たのか。

 シトレイ君はドミナ様の寵愛を独占したいんだ」


 この場でその話をするのか。


「皇帝陛下!

 コルベルン王とハイラール伯爵は神の寵愛を独占しようと企んでいるのです。

 彼らは、自らが太祖アガレスの生まれ変わりであると主張しています。

 彼らは誇大妄想にとりつかれた異端者です。

 彼らこそ反逆者だ!」


 セエレの叫びが響く。

 皇帝は無表情で聞いていたが、周りの人間はセエレの主張に眉をひそめた。


「下らない妄想も大概にして下さい」

「何が妄想だ!

 反逆者はお前だ、シトレイ・アンデルシア。

 陛下、吾輩の行動は、反逆者たちから国を守ろうとしたものです!」


 セエレの帝位簒奪計画は国を守るためのものらしい。俺は反逆者で、同時にセエレにとっては裏切り者だという。頭がこんがらがってきた。


 俺は何か上手い返しをしてやろうと考え込んだ。しかし、そうこうしてるうちに、祖父に先を越されてしまった。


「なるほど。

 儂とシトレイが反逆を企てていたとは……。

 それで、セエレ殿下は国を守るために恐れ多くも帝位を簒奪しようとお考えになったのですな。

 なるほど、なるほど。

 そうですか……はははは」

「黙れ、コルベルン王!

 皇帝陛下、どうか吾輩を信じて下さい。

 ……そうだ、そうです。

 コルベルン王はオリアス・アンデルシアを殺した犯人でもあるのです!

 コルベルン王の毒牙が、いつ陛下に向かうか」

「そこまでだ」


 セエレがオリアス暗殺の件を口にすると、途端に皇帝が制止した。皇帝の表情は特に変化がない。深い(しわ)の刻まれた顔は、相変わらず無気力そうである。


 オリアスを殺めたのは祖父である。それは間違いない。同時に、オリアスの死によってアガレス七世が帝位継承者に繰り上がり、実際に即位したのも事実だった。変に勘ぐられるのを避けたかったのかもしれない。


 セエレを制止したものの、皇帝は言葉を続けなかった。

 皇帝の代わりに口を開いたのは祖父である。普段の御前会議などでもそうなのだろう。


「陛下。

 あとは陛下のご裁断を仰ぐのみですが……一つ提案がございます。

 セエレ殿下は心の病を患っておられるご様子。

 ここは陛下のご慈悲を賜り、殿下の治療を命じられてはいかがでしょうか」

「なんだと、ふざけるな!

 吾輩を幽閉する気か!

 吾輩は無罪だ!濡れ衣だ!

 吾輩は、太祖の生まれ変わりだぞ!!」


 セエレは興奮した様子で、祖父の方へと歩きだした。

 すぐに衛兵がセエレを取り押さえる。


 俺も祖父もセエレも、太祖アガレスの生まれ変わりである。セエレの言葉は事実なのだが、当事者以外には支離滅裂に聞こえるだろう。周りの人間はセエレのことを軽蔑と哀れみの目で見ていた。


「陛下。

 セエレ殿下は休まれるべきです。

 誰もいない、一人で落ち着ける場所で」

「うむ……。

 他の者の考えは?」


 皇太孫は遠慮がちに、セエレの計画が本物なら処罰を与えるべきだと述べた。大審院長はセエレの謀反が明らかである以上、速やかに処断すべきと主張する。祖父の根回しは完璧だった。


 最終的に、皇帝は祖父の提案に乗った。孫を処断することに躊躇(ためら)いを感じていたのかもしれない。命をとらないという提案は、皇帝の決断を後押しした。


「コルベルン王の言を是とする」


 勝利を確認する作業が、これで終わった。




============




「手錠はしていますが、本当にお二人だけでよろしいのですか?」

「悪いね、気を使わせて。

 これ、皆さんで分けて下さい」


 俺は監視役の衛兵に菓子折りを差し出した。中には、任務に疲れた体を癒すであろう甘いクッキーと、金貨が数枚入っている。


「これはこれは、お心遣いありがとうございます。

 我々は外で控えていますので、何かあったら、すぐに呼んで下さい」


 衛兵の許可を取ると、俺と祖父は部屋に足を踏み入れた。

 部屋は豪華な内装だった。しかし、扉は鉄でできており、窓には格子が入っている。ここは貴人用の牢だ。

 高そうな茶色い革製の回転椅子に、手錠をかけられたセエレが座っている。


「吾輩を笑いに来たのですか?」


 セエレは無表情だ。顔色も悪かった。


「そうだな。

 お前は儂とシトレイに害意を抱いていたことだし、お前を笑いものにすることは気持ちが良いかもしれぬ。

 だが、そんなことをしに来たわけではない」


 鉄の扉はしっかりと閉めた。小声で話せば、外の衛兵にも内容は聞かれないであろう。


「転生に関して、お前の知っていることを全て話せ」

「話せば、ここから出してくれますか。

 吾輩の無実を訴え出てくれますか」

「無実か」


 ため息をするように、ふっと鼻を鳴らした祖父は、そのまま黙ってしまった。今度は俺が話しかける。


「無実ではないでしょう。

 貴方が大それた計画を立てていたのは事実です」

「シトレイ君は、賛同してくれていたと思っていました」

「賛同するわけないでしょう。

 哀れには思いましたがね。

 貴方の恐怖や狂った考えも、どこかで間違えていれば、私が抱いたかもしれない。

 もしかしたら、我々は話し合うことができたのかもしれない」


 セエレの四白眼を見つめる。

 無表情で、顔色の悪い彼は、俺にとてもそっくりだった。


「ですが、貴方と話し合うという考えは、浮かんでもすぐに消えました。

 貴方は無関係な人間を殺そうとし、実際に一人殺してしまった。

 政争や戦争の当事者ならいざ知らず、無関係な人間をです。

 貴方は人の死を軽く見ている」

「皆、来世があります」

「私もそう考えていたことが確かにありました。

 ですが、私はそれを否定する。

 記憶は、人とのつながりは、今生だけのものです。

 貴方の考えには同意できない」


 以前、死のうと思ったことがある。辛い現実をリセットし、来世に期待したのだ。セエレに賛同することは、以前の自分の考えを肯定することになる。


「貴方は他人の死を軽視しながら、自分の死を極端に恐れていた。

 そんな人間が権力を握れば、待っているのは恐怖政治だ。

 我々の行動は国の悲惨な未来を防ぐことにつながったと思っています」

「ふふっ」


 セエレは鼻で笑った。無表情だった彼の顔に微笑が蘇る。だが、以前のように爽やかさは感じられない。


「かっこいいですよ、シトレイ君。

 熱いですね。心のこもった演説です。

 感動しました」


 セエレの嘲笑に、俺は一瞬怒気に駆られそうになる。だが、すぐに冷静になり、同時に安堵した。セエレとの対立を選んだことに、間違いはなかったと確信する。


「やはり、私と貴方では分かり合えないようですね」

「ええ。

 残念なことに」


 セエレは椅子を回転させ、そのまま背を向けてしまった。


「転生に関することは、シトレイ君にお話したことで全てですよ。

 吾輩に話せることは何もありません。

 出て行ってください」


 俺と祖父は、そのまま部屋を出た。


 今後、セエレと会うことはないかもしれない。彼はこのまま、皇宮の一角にあるこの部屋に幽閉されるのだ。


 彼の処遇は女神ドミナの意向を聞いてからだ。

 もしかしたら、彼の釈放を命じられるかもしれない。あるいは、女神の許可が下り、彼を処刑する日が来るかもしれない。

 女神ドミナがどのような考えをもっているか定かではない。彼女の考えは、実際に会って話すこと以外に確認する術がなかった。




============




「申し訳ありませんでした、兄上」


 セエレとの決着がついた後、俺は真っ先に兄へ謝罪した。セエレに用心しろという兄の忠告を無視したことについてだ。


 兄には転生のことを打ち明けることができない。他にも転生者がいるかもしれないし、また転生者との争いが起きた場合、兄を巻き込むことになるからだ。

 正直に言えば、後ろめたさを感じ、兄に打ち明けたかった。しかし、それはできない。「話した方はすっきりするだろうが、聞いた方は巻き込まれることになる」という祖父の言葉どおりなのだ。


 だが、転生のことを打ち明けることができなくても、忠告を無視したことについては隠さずに謝ることができる。


「いいよ、気にするな。

 私も気をつけろとは言ったが、まさかセエレ殿下がお前やお爺様に敵意を持っているとは思わなかったのだ」


 俺は兄の忠告を一蹴し、セエレを信じた。

 なぜだろうか。


 兄が養子に行くまで、俺たちの兄弟仲は悪かった。兄は俺に嫉妬し、俺は兄を嫌っていた。

 兄が養子に行く直前、俺たちは剣で勝負した。それが和解のきっかけになったのだが、俺は成り行きに流されたようで、どこか納得していない思いがあったのだ。

 和解してから兄弟仲は良好だったが、俺は兄と分かり合えていないような感じがしていた。


「すいません、兄上」


 ああ、そうか。

 俺は兄に心から謝ったり、感謝したことがなかったのだ。


 兄との対立が始まったアンコ勝負のときも、兄との対立が終わった剣での勝負のときも、兄は自分の気持ちを俺に話してくれた。

 

 俺は兄に本心を語ったことがなかった。

 結局は、また、俺の心の問題だった。


「本当にすいません、兄上。

 それと、本当にありがとうございます、兄上」

「気にするなって言っているだろう。

 しつこいぞ、シトレイ。

 それに、ありがとうとは、どういう意味だ?」

「今までありがとう、という意味です」

「何だ、もう戦場に出るのか?」

「いいえ」


 俺は兄と、真に和解し、兄弟になれた気がした。





============




「ヴェスリー、あれからどうだい?」


 祖父との信頼を深め、兄との絆を感じ、団結を深めたコルベルン王一門だったが、一方でサイファ公爵家は複雑な問題を抱えたままだ。


「特になにも。

 あれ以来、お父様とは一言もお話していませんわ」

「それは、その、すまない」

「別に、ダーリン殿が気になさる必要はなくってよ。

 元々、お父様とは良い関係を築けていたとは言いがたいですし。

 何より、あのままセエレお兄様に従うことはできませんでしたから」


 彼女の強気な態度はいつもどおりだ。だけど、彼女は、本当は喜怒哀楽の激しい、感情豊かな少女である。

 彼女の強気な態度に、俺は危うさを感じた。


「何かあったら相談に乗る。

 できることがあれば助ける。

 だから困ったことがあったら言ってくれ」

「お気遣いありがとうございます。

 でも、本当に大丈夫ですのよ。

 むしろ、お父様が(わたくし)に怒りをぶつけてくれないか期待していますの」

「どうして?」

「そうすれば、家を出る口実ができるでしょう?

 何の気兼ねもなくダーリン殿の屋敷に転がり込むことができますわ」

「なるほど」


 彼女は役者だ。豊かな感情も、表に出してくれなくては掴みかねる。

 もし、彼女が怒にしろ哀にしろ、心の内を表に出してきたときは、それをしっかりと受け止めようと思う。


 まだまだ解決していない問題も残っている。

 だが、セエレとの決着はつけることができた。

 これから、日常に戻るのだ。

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