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異世界でも現実は厳しい  作者: 懐中電灯
幼年学校編
41/79

#040「同志」

「ヴェスリーを説得して下さい」


 俺がセエレの同志となって最初の仕事は、ヴェスリーの説得だった。


 セエレの話によれば、サイファ公爵は娘を部屋に軟禁しているそうだ。俺とヴェスリーの和解を知ったことが理由だが、それ以外にも、娘の主張に激怒しているらしい。

 ヴェスリーは、父親に向かって「セエレが嘘をついて自分を陥れた」と言ったという。これが火に油を注ぐ結果になった。既にヴェスリーの軟禁は何日も続いている。


「サイファ公爵閣下は、ヴェスリーよりも吾輩を信頼してくれています。

 しかし、閣下に不信の念を与える可能性は排除したい。

 彼はコルベルン王への対抗馬ですからね。

 今後も、サイファ公爵閣下とは緊密な関係を保たねばなりません」

「わかりました。

 しかし、私はヴェスリーと会わせてもらえるのでしょうか」


 ヴェスリーの主張以前に、サイファ公爵は俺と娘の和解に激怒しているのだ。


「サイファ公爵家には吾輩も一緒に行きます。

 そして、君が吾輩の同志になったことを伝えます。

 もちろん、転生の話はしませんが、君がコルベルン王とは考えを異にすることを伝えるのです。

 大丈夫、吾輩が言えば、サイファ公爵閣下はきっと君を認める。

 あとは、君がヴェスリーを説得して下さい」


 セエレは自信満々だ。俺や祖父が思っている以上に、セエレとサイファ公爵のつながりは深いものなのだろう。


「殿下、もしもの話ですが、もしヴェスリーの説得に失敗したらどうしましょう」

「そのときは、事故か何かに見せかけてヴェスリーを殺すしかない」

「殺す……」

「そんな顔しないで下さい」


 俺の気持ちが顔に出てしまったようだ。


「死んでも来世があるのです。

 もちろん、そのことを知らないヴェスリーにはひどい仕打ちをすることになる。

 ですが、大義のためです。

 もっと多くの人間の幸福がかかっているのです。

 苦しい選択ですが、我々の目的を見失ってはいけない」

「……わかりました。

 そうならないよう努力しますが、最悪の場合は覚悟します」




============




「これはこれは、皇子殿下。

 いや、もうすぐ公爵になられるのでしたな」


 サイファ公爵邸に着いたのは、夜の九時を回ったあたりだ。

 俺たちが応接間に入ると、サイファ公爵は起立して客人を迎えた。


「閣下と同じ爵位ですね。

 ですが、皇子でも公爵でも、吾輩が閣下の甥であることに変わりありません。

 いつも申し上げていますが、あまり(かしこ)まらないで下さい」


 セエレは既に十五歳を向かえ成人している。貴族や皇族は、成人すれば正式な爵位が与えられる。セエレが持っているのは、敬意は払われてもそれ自体には実権を伴わない皇子という身位だ。その彼には、もうすぐ公爵の称号と大きな所領が与えられる予定だった。皇帝の内孫ゆえ、初めから高い爵位を得ることになる。


「ありがとうございます。

 殿下のお心遣いには、いつも感激しております。

 ……ところで、なぜハイラール伯爵が当家へ?」


 サイファ公爵の鋭い眼光が俺を捉える。俺は反射的に背筋を正した。


「吾輩が連れてきたのですよ、閣下。

 シトレイ君はヴェスリーの婚約者ではないですか」


 俺はサイファ公爵にお辞儀した。


「ご令嬢が臥せっていると聞き及び、心配になったのです。

 セエレ殿下の随行とはいえ、突然の訪問の失礼、お詫び申し上げます」


 サイファ公爵は不信そうな目でこちらを見ている。


「閣下、ヴェスリーがシトレイ君に篭絡されたのは本当みたいですが、コルベルン王家側に取り込まれたというのは吾輩の早合点だったのです」

「と、仰いますと?」

「シトレイ君は、コルベルン王とは別の考えを持っているのです。

 彼は閣下のお考えを支持しています」


 セエレの言葉を合図に、今度は俺が直接サイファ公爵に説明する。


「サイファ公爵閣下、私は祖父の考えに反対です。

 祖父の消極的な考えでは、国庫の金は守れても、国の尊厳や民の暮らしは守れません。軍人たちの名誉が守れません」

「ハイラール伯爵……」

「私の父は軍人をやっていました。

 父はサミンフィアの悲劇を目撃しています。

 そして心をすり減らし、亡くなりました。

 私の志の原点はそこにあります。

 私は軍人となり、敵を叩き、そして国を守りたい。

 祖父のような消極的な考えでは、サミンフィアの悲劇は何度でも起こります。

 自ら動いてこそ、国防はなされるのです。

 閣下のお考えこそ、民を守ることにつながります」


 笑顔で聞いていたセエレが、フォローを入れてくる。


「どうですか、閣下。

 シトレイ君の生まれはコルベルン王家でも、彼個人の考えは閣下のそれと同じです。

 同時に、彼は貴方の娘婿になるかもしれない」


 サイファ公爵の鋭い眼光が、再び俺を捉えた。先ほどから背筋は伸びたままだ。これ以上伸びない。俺はそのまま、サイファ公爵の眼光を受け止めた。


「ハイラール伯爵、今の言葉、偽りはないのだな?」

「もちろんです、閣下」


 俺の言葉を確認し、サイファ公爵は軽く頷いた。


「吾輩と閣下と、そしてシトレイ君は、同志です。

 今日は、そのシトレイ君にヴェスリーの説得を頼んだのですよ。

 ヴェスリーは吾輩に対し何か勘違いしているようですから、その誤解を解きたいと思ったのです」

「殿下……その、愚かな娘のことで殿下のお心を煩わせてしまい、大変申し訳ございません」

「大丈夫です、吾輩は気にしていません」


 サイファ公爵はすぐにメイドを呼んだ。主人の命令を確認したメイドは足早に部屋を出て行く。

 数分後、見慣れた金髪の縦ロールが、俺たちのいる応接間へとやってきた。




============




「ダーリン殿!

 ……と、セエレお兄様……」


 俺の姿に驚いた様子のヴェスリーは、セエレの姿を認めた瞬間すぐに鬼のような形相を浮かべた。彼女の視線がセエレに突き刺さる。今にも掴みかかりそうな勢いだった。

 俺は彼女を制するため、すぐに話しかけた。


「やあ、ヴェスリー。

 君が臥せっていると聞いてね。

 お見舞いに来たんだよ」

「まぁ、ありがとうございます。

 嬉しいですわ。

 でも、(わたくし)は病でもなんでもありません。

 お父様に監禁されていたのです!」


 先ほどのセエレに向けられたヴェスリーの眼光が、今度は父親に向けられた。


「お前がハイラール伯爵に篭絡され、コルベルン王家に取り込まれたと聞いたからな」

「ええ、篭絡されましたとも。

 でも、コルベルン王家に取り込まれたなどという話はまったくのデタラメですわ」

「ハイラール伯爵から話は聞いた。

 その件はもうよい。

 だが、その件だけではない。

 お前のセエレ殿下に対する不穏な主張は看過できぬ」


 ヴェスリーの強い目つきは、さらに険しいものへと変わる。


「不穏なのはセエレお兄様ですわ!

 お兄様は、不穏で、邪悪な考えにとりつかれています!

 どうして信じてくださらないのです!」

「ヴェスリー、貴様、なんという無礼なことを!」


 サイファ公爵は大声をあげると、ヴェスリーに向かって歩み始めた。彼の拳は握り締められ、プルプルと動いていた。怒りに震えるとは、まさにこのことだろう。


 ここで、セエレが俺に目配せしてきた。俺は目で頷くと、自分の役割――ヴェスリーの説得役としての仕事を始める。

 俺はサイファ公爵とヴェスリーの間に割って入った。


「ヴェスリー、落ち着いて。

 セエレ殿下のことは我々のほうが誤解していたのだ」

「何を仰いますの!

 誤解ですって?

 お兄様は嘘をついて、(わたくし)たちを陥れようとしたのですよ!」

「だから、それが誤解だったのだ」


 誤解だ、を繰り返す俺に対し、ヴェスリーは暗い、諦めの表情を見せた。俺に失望しているのだろう。


(わたくし)の話を信じてくださらなかったのですね。

 ……わかりました」


 ヴェスリーは勢いよく部屋の扉を押し開き、そのまま出て行ってしまった。


「シトレイ君、ヴェスリーを説得できますか?

 彼女は強情な子です。

 君の言葉にもまったく耳を貸しませんでした」


 「あの話は誤解だ」と繰り返しても、彼女は納得しないだろう。こういう展開になることは予想していた。予想し、そして望んでいたことだ。俺は彼女と二人きりの場で話す機会を伺っていた。


「できるだけのことはしてみるつもりです。

 サイファ公爵閣下、ご令嬢のお部屋にお邪魔してもよろしいですか?」

「……好きにするがいい」


 サイファ公爵は吐き捨てるように許可を出した。


 俺は応接間を後すると、部屋の外にいたサイファ家のメイドに案内され、ヴェスリーの部屋へと向かった。




============




「ヴェスリー、入るよ」


 ノックをしたが返事がない。俺はそっと彼女の部屋の扉を開けた。


 部屋の灯りは落とされていた。見ると、ヴェスリーは椅子に腰掛けている。

 俺は部屋の中に足を踏み入れ、扉を閉めた。


 彼女はこちらを一顧だにしなかった。彼女の態度に、俺は近づくことを躊躇(ためら)ってしまった。

 

 部屋の中は、随分と調度品が少ないように感じられた。金一色の、山のような調度品が置かれた祖父の屋敷の部屋とは対照的だ。


「……先ほどの、お父様の態度。

 ダーリン殿もご覧になったでしょう?

 あれが我が家の、父と娘の関係ですわ」


 彼女は俺にそっぽを向いたまま、両親との関係を話し始めた。


 何度も父親から「お前が男だったら」と繰り返し聞かされたこと。

 初めは世継ぎになれない自分を惜しんでのことかと思っていたが、自分への態度と、それとは対照的な従兄妹(セエレ)への態度に、父の言葉が本心であることを感じたこと。

 寡黙な母も、自分の味方にはなってくれなかったこと。

 そして、いとも簡単に、自分を政敵への生贄にしたこと。


「以前、まだダーリン殿と和解する前に、言ったことがあるでしょう?

 『私は軍務次官の娘ですのよ』と。

 本当はね、あれはハッタリだったのです。

 お父様が(わたくし)のために権力を使うことなどありえないのですから」


 彼女は両親から愛されていないと感じるほど、自分の家を意識した。

 偉大な先祖に比べれば、親など小さな存在だと言い聞かせ、そんな小さな存在の愛情など些細なものだと繰り返した。


 俺は何も答えることができなかった。

 今生での家族から受けた愛情に疑いはない。だが、前世との家族の関係を思い出すと、ヴェスリーの気持ちを否定することはできなかった。


「……そう、家も、親も、本当はどうでもいいのです。

 お父様が(わたくし)よりもセエレお兄様を選んだとしても、どうでもいい。

 ですが、貴方もお父様と同じなのですわね。

 貴方も、(わたくし)よりセエレお兄様の言葉を信じました。

 (わたくし)はダーリン殿に篭絡されましたが、ダーリン殿はセエレお兄様に篭絡されました」

「ヴェスリー……」

「まだ、貴方と和解して日は浅いですが、(わたくし)は貴方に気に入られようと精一杯考えてきたつもりです。

 でも、届きませんでした」


 部屋に入ってから、その場で話を聞いていた俺は、ゆっくりと彼女に近づいた。表情はわからないが、彼女の肩が震えているのを見てしまったからだ。


「私の態度が過剰に思えましたか?

 迷惑に思えましたか?

 でも、仕方がないのです。

 (わたくし)は、ダーリン殿に本当に許されたのか、とても不安でした」

「ヴェスリー!」


 俺は一段と大きな声で彼女を呼んだ。驚いた彼女が振り返る。やはり、彼女は泣いていた。和解したときとは、また別の涙だった。


 俺は彼女を抱きしめると、今度は小さな、彼女にしか聞こえないであろう小さな声でささやいた。


「君のことは許している。信頼もしている。

 君も、私を信頼してほしい」

「ダーリン殿……」

「セエレに対する私の態度は演技だ。

 いずれ、決着をつける。

 だから、今は私の言うとおりにしてほしい。

 私に全て任せてほしい」


 その後、しばらくの間、俺とヴェスリーは暗い部屋の中で抱き合った。

 ヴェスリーの涙で、俺の服の肩のあたりが湿ってしまったのだが、まったく気にならなかった。




============




「セエレお兄様、(わたくし)はお兄様を誤解していました。

 謝りますわ」


 セエレとサイファ公爵の部屋に戻ったヴェスリーは、すぐさまセエレに謝罪を述べた。笑顔のセエレがそれを受ける。


「吾輩は気にしていません。

 誤解が解けてなによりです」


 笑顔のまま、セエレは俺に向き直る。


「ありがとう、シトレイ君。

 君のおかげで誤解が解けたようです。

 君は頼もしい同志だ」

「ありがとうございます、殿下」


 俺もにっこりと笑い、セエレに答える。

 俺の笑顔に、ヴェスリーの顔が一瞬引きつったように見えた。


「お父様も、申し訳ありませんでした」

「うむ」


 サイファ公爵も、ひとまずは娘を許したようだ。


「サイファ公爵閣下、ヴェスリーが登校することを許して頂けませんか?」

「そうだな。

 ハイラール伯爵の考えもわかったし、娘の殿下に対する誤解も解けた。

 許可しよう」

「ありがとうございます、閣下」


 俺が頭を下げると同時に、ヴェスリーも謝意を述べた。


「ありがとうございます、お父様!」


 ヴェスリーは明るい。明るく振舞っている。


 以前、彼女はいつも強気で、物事に動じない人間のように思われた。だが、気を許した相手の前では、彼女は歳相応の感情表現豊かな女の子だった。それでも、彼女は役者だ。明るく振舞う彼女が、先ほどまで泣いていたとは思えない。


「それではヴェスリー、また明日学校で」

「ええ、ダーリン殿」


 セエレに従うフリをして、俺や友人たちの安全を確保することができた。そして、ヴェスリーと意思疎通がとれたことにより、彼女の安全も確保できた。

 ここまでは守勢に立たされていたが、次は攻勢に出る番だ。


 セエレと対決する場合、どうしても避けることができない問題があった。考えを確認しなければならない人物が一人いる。

 俺は、いつも無表情の笑顔を作る、あの老人の顔を思い出していた。

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