#028「セエレ先輩」
「やったな、シトレイ」
寮の敷地まで来た俺とハイラール伯爵家の家臣団は、水時計がある広場でマルコと合流した。
「しかし、本当に話しただけだったな。
少しぬるくないか?」
直接参加しなかったマルコだが、やはり気になり、一部始終を物陰から見ていたとのことだ。
「最初から言っていただろう。
私は彼女と話し合いをするつもりだ、と」
「でもよ、あの女には散々な目にあったんだろう?
もっと、こう、色々やってやろうとは思わなかったのか?」
「そりゃあ、思ったこともあるさ。
でも、それはできない」
例えば、脅し文句どおりあの場で乱闘騒ぎを起こし、十人でヴェスリーたち四人をリンチにしていたらどうか。ストレスの原因に対し、自らの手で制裁を加えるのだ。綺麗事は言わない。おそらく、その瞬間、俺の心は晴々とするだろう。
だけど、冷静になった後の俺は後悔しないだろうか。俺をイジメた相手とはいえ、子供四人に大怪我を負わせて、罪悪感を抱くことなどないと断言できるだろうか。
それに、俺一人の心が一瞬だけすっきりする代わりに、俺を含む十人全員に大きなリスクが降りかかってくることにもなるのだ。
「私は結構満足している」
「でもよ……」
マルコは不満げな表情を浮かべている。
彼にはイジメの詳細まで話してあった。きっと、俺のやられたイジメに対し怒ってくれているのだろう。俺のために怒ってくれる友人がいるだけで、俺は満足だ。
「あの女は私を憎み続けるだろう。だけど、彼女は私に手が出せないんだ。
彼女の立場になって考えてみろ。
やり場のない怒りをどうすることもできないんだ。
それだけで、私は満足だよ」
俺は笑ってみせた。マルコやフリック、そして俺の家臣になった先輩たちは、俺の笑顔を見て顔を引きつらせている。
「まぁ、シトレイが満足してるなら、俺から言うことはないよ」
「ありがとう、マルコ。
それに皆もありがとう。
今は名前だけでも、皆さんはハイラール伯爵家の家臣です。
おそらく、サイファ公爵家の報復はないと思いますが、何かされたらすぐに言って下さい。
それと、他にも困ったことがあったら言って下さい。
精一杯、対応します」
そこで、ハイラール家の当主と家臣団は解散した。
解散した後、俺は再び昇降口前広場へと向かう。広場を南に抜け、ヴェスリーとの対決の場となった道を通り過ぎ、正門から学外へと出た。
正門には我が家の紋章を掲げた馬車が止まっている。それに乗り込み、俺は祖父の屋敷へと向かった。今度は、礼服には着替えなかった。
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「話し合いは無事に終わりました」
祖父の屋敷は広い。俺と祖父は、三つあるという晩餐会のための部屋の一つで夕食を共にしていた。その部屋は壁紙の模様が金箔で描かれており、調度品も金細工を施したものばかりだった。目が痛くなる。
大きな長テーブルの上には、所狭しと料理が並べてある。俺と祖父の二人では、片付けることのできない量だった。全部平らげるなら、十人以上は必要だろうか。だいたい、何でメインの肉料理だけで大皿が四つも出てくるのだ。山積みのパンが入ったバスケットも二つ用意されていた。これだけの量の炭水化物をとったら、太ってしまう。パンはブールパンとクロイスパン(クロワッサンのようなパン)の二種類が積まれている。
「そうか。
それは重畳」
祖父は肉料理に食らいつきながら返事をした。祖父は先ほどから肉ばかりを食べていた。とても六十代の食欲には思えない。
「あとは、向こうが報復してこないことを祈るばかりです」
「儂が後ろ盾になる旨、サイファ公爵の娘に宣言したのであろう?
ならば、下手なことはしてこないだろう。
少し、心配しすぎではないか?」
「仰るとおりかもしれませんが、私だけならともかく、既に友人たちを巻き込んでいます。
心配にもなります。
私は、友人たちの安全が確信できるまで動き続けたい」
報復を諦めさせることは、一番重要なことだった。俺はそのために祖父の助力を乞い、そして祖父の名前を使ったのだが、それは言わば防御だった。あとは、相手の反応待ちである。俺は、相手待ちの状態がはがゆく、そして不安に感じられた。
「一見、相手に対して積極的に見えるが、それは積極性よりも臆病の表れだな。
不安から出る行動は、悪い結果を生むことが多いぞ」
祖父はナイフとフォークを置き、テーブルナプキンで口をぬぐった。何やら思案するように沈黙した後、今度はワイングラスに手を伸ばす。
「……しかし、お前の不安も理解できる。
儂に一つ心当たりがあるだが、お前は、セエレ皇子を知っているか?」
「お名前はどこかで伺ったことがあります」
家系図で見たのだったか、あるいは誰かから聞いたのだったか。セエレ・アンデルシアの名前は知っていた。皇帝の孫の一人で、傍系の次男の次男である俺とは違い、正真正銘の内廷皇族だった。
祖父の話によると、皇子殿下は俺より一つ年上で、同じ帝都幼年学校の生徒らしい。
「その皇子殿下がどうされたのですか?」
「セエレ皇子はサイファ公爵の妹を母に持つ。
お前の嫌っている娘の従兄妹というわけだ」
「あの女の従兄妹……。
それは、つまり、サイファ公爵と近しい方ということですか」
ワインを飲み干した祖父は、再び肉料理に手を出し、話を続ける。
「確かに、サイファ公爵に近い人物ではあるが、政治的には中立だ。
血縁の近さで言えば、そのセエレ皇子の兄こそが、サイファ公爵から軍務大臣職を横取りしたわけだしな」
皇太孫の軍務大臣就任は祖父の政治工作の結果である。皇太孫当人が望んだとは聞いていない。祖父の無責任というか、他人事のような発言に俺は呆れた。
「セエレ皇子は……俗な言い方だが、人が良い。
頼みごとを断れないタイプだ。
どうだ、仲裁を依頼するにはうってつけの人物だと思うのだが。
同じ幼年学校の生徒だし、ことも運びやすかろう。
仮に断られたとしても、大きなリスクはないと思う」
「なるほど。
わかりました。
ご助言、ありがとうございます」
気づくと、祖父は肉料理の乗った大皿の一つを平らげていた。テーブルナプキンで口をぬぐうと、再びワイングラスに手を出す。
「しかし、な。
他人に頼らざるを得ないということは、なんとも不甲斐ないものだ」
「申し訳ありません」
「お前のことではない。儂自身のことだ」
宰相は政府の首班である。財務大臣を兼任し、政府の予算権を握る。軍事費の分配も財務府の仕事だ。一見、宰相の権力は強大に見える。
「だが、軍の人事権は宰相ではなく軍務大臣が持つ」
「お爺様は皇太孫殿下を軍務大臣に擁立したではありませんか」
「あれは、軍の穏健派と足並みが揃ったから成功したことだ。
軍部が一丸となって反対してくれば、到底実現はしなかった」
それでも、予算権は政府が握る。政府と軍が対立した場合、軍事費の削減という脅し文句が政府の武器となる。しかし、軍も主要役職者の総辞職という武器を持っていた。当然、そのような事態に至れば軍の機能は麻痺し、国防に大きな支障が出る。それどころか、もっと悪い結果を招いたこともあった。
「百年ほど前、『辞めたいなら辞めてみろ』と軍事費削減を強行した宰相がいたのだ。
その結果……」
「内戦ですか」
歴史は得意だった。
百年前の内戦は、今のところ我が国最後の内戦である。政府と対立した軍首脳部が総辞職した結果、その配下にある兵士たちが決起し、結果的に政府が倒されたのだ。時の皇帝は反乱軍に屈し、宰相は更迭された。一方、辞職した軍幹部は全員が復職を認められたのだった。
最悪の事態まで発展した例は、その内戦が最後である。結局、政府と軍が対立しても、双方ともギリギリのところで妥協するのが常であった。
文民統制や文武不岐という言葉は、我が国ではあまり通用しないらしい。
「軍は政府の主導的地位を認めたがらない。
それどころか、基本的に軍人たちは役人を嫌っている。
国家に身を捧げているという自負があるのだろう。
儂は軍への影響力が小さい。お前の父を軍へ送り込んでみたり、穏健派のご機嫌をとってみたり、そういった小手先のやり方しかできぬのだ。
不甲斐なかろう?
国家の枢要な地位にありながら、儂の力とはその程度のものなのだ」
「……。
私は友人たちや、そしてお爺様に頼り、助けられている身です。
私の口からは何も言えません」
「それは本心か?
それとも処世術か?
何度も言うが、儂相手に遠慮はいらぬぞ」
「本心です」
祖父は、再びテーブルナプキンで口をぬぐった。話に夢中になっていて気づかなかったのだが、彼はいつの間にか二皿目の大皿も綺麗に平らげていた。一皿三~四人前、おおよそ1キログラム近い肉の塊が乗っていたはずだ。しゃべりながら、それを一人で平らげたのだ。彼の恰幅の良い体つきは歳のせいではなく、間違いなく食欲のせいだろう。
「とりあえず、儂もできることはやっておく。
軍人は役人の圧力には勇ましく抵抗するが、金には弱い。
今後、お前が幼年学校で生活しやすいように、学校に適当な額を寄付しておこう。
ま、賄賂に弱いのは役人も同様だが」
「重ね重ねのお心遣い、ありがとうございます」
「うむ。
ところで、今日も泊まっていくか?
実はな、少し話し足りないのだ」
「お話というと?」
聞かなくてもわかっていた。
「昨日の続きだ。
昨日はどこまで話したか……。
そう、確か、お前と太祖アガレスの共通点についてだったかな」
「……わかりました。
泊まっていきます」
俺は祖父に助けを乞うた身だ。先ほども、助けてもらっていると自ら言ってしまった。話には付き合う。付き合うが……やっぱり、俺は祖父が苦手かもしれない。
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翌日の放課後。
俺はマルコとフリックに皇子殿下のことを知っているか聞いてみた。彼らは皇子殿下と同学年だ。
「あー、あいつか」
「知っているのか?」
マルコは頷く。フリックもまた頷いた。
「まぁ、有名人だしな。
皇族だし、あんまり親しいわけじゃないんだけどさ。
悪いやつじゃないと思うよ。
確か、フリックは仲良さそうだったよな?」
「前に一緒に遊びにいったことがあるでゲス。
あの時は確か、普通の男子がやるような買い食いがしたいって言ってて、
それで、下町の屋台通りまで連れて行ったんでゲス。
何度もお礼を言われて、しまいには金貨まで貰いそうになったでゲス」
マルコやフリックは、皇子殿下に対し祖父と同じ評価を下した。皇子殿下は人が良いというのは本当らしい。
「フリックさん、皇子殿下と話ができるようにセッティングしてもらえませんか?」
「なんででゲス?」
昨日祖父から聞いた話を、マルコやフリックにそのまま伝える。すると、フリックは俺の頼みを快諾してくれた。皇子殿下と会う目的は仲裁の依頼――すなわち将来と身の安全に保証をかけることだ。その対象には、マルコやフリックも含まれていた。
フリックの行動は早かった。
次の日の休み時間に、彼は教室まで俺を訪ねてきた。彼は皇子殿下にアポが取れたと伝えに来たのだ。
その日の放課後、俺はセエレ・アンデルシアと初対面した。
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「わが、いや、わたす、あたしが、がっ!」
皇子殿下はいきなり舌を噛んだ。
「ああ、すいません。やっぱり無理だ。
吾輩はセエレ・アンデルシアです。よろしく、シトレイ君」
彼の説明によれば、私という一人称を使うと途端に吃ってしまうらしい。
彼は吾輩という一人称を使う。既に故人である彼の父親の影響らしい。
「吾輩」という一人称は語尾に「~である」と続く、尊大な物言いをする人物が多いと思っていたのだが、彼は違った。彼は一人称こそ吾輩だが、言葉遣いは丁寧で、口調も穏やかだった。
「お初にお目にかかります、皇子殿下。シトレイ・ハイラールです。
……あの……」
俺は皇子殿下の目に釘付けになった。四白眼。彼は俺と同じ瞳を持っている。
「ん?
ああ、吾輩の瞳ですか」
「はい。
その、私と同じですね」
彼の目つきは、まったく険しくない。俺のようにクマで覆われているわけでもない。パッと見ると、ちょっと怖いかもしれないが、俺のように視線で人を殺せるとか、そういう印象はなかった。それでも、同じ四白眼だ。
「ははは、これまで生きてきて、この瞳のおかげでだいぶ苦労しました」
「私もです」
「シトレイ君もですか?
君とは気が合いそうです。
あ、それと、吾輩のことは名前で呼んで下さい」
四白眼の皇子殿下、いやセエレ先輩は常に口元に笑みを浮かべている。俺と同じ銀髪で、俺と同じ四白眼だったが、だいぶ印象が違って見える。
俺も目つきが穏やかで目の下にクマがなければ、変わって見えるのだろうか。
「実は、シトレイ君のことは前々から知っていたのですよ。
コルベルン王殿下のお孫さんに、吾輩と同じ瞳を持つ子供がいると聞きまして。
入学式の時に、君の姿を発見したときはとても嬉しかった。
聞いたとおりの瞳の持ち主だ、とね。
ずっとお話したかったのですが、学年も違うし中々声をかける機会がありませんでした。
今日は知り合えて嬉しいです」
「ええ、こちらこそ、セエレ先輩。
ぜひ、ゆっくりとお話がしたいです」
実際、俺はとても嬉しかった。
これまで会った親族たちの中で、俺のような目つきを持つ人間に会ったことがなかったのだ。
兄も、亡くなった父もそうだったが、彼らは太祖アガレスと女神ドミナの子孫であることを証明するかのように揃いも揃ってイケメンだった。伯父ヴァレヒルも、ひどく痩せていて苦労が顔に出ていたが、目鼻立ちは整っていた。祖父アーモンも、腹は出ていたが良い歳のとり方の見本といった容姿をしている。
セエレ先輩とて顔立ちは整っている。
しかし、彼の目は俺と同じ四白眼だった。俺はセエレ先輩と出会い、百年の知己を得たような思いを抱いたのだった。
「あの、シトレイくん」
「そろそろ本題に入れよ」
横にいたマルコとフリックが促してくる。そうだった。セエレ先輩と、お互いの四白眼に対する苦労話をするために来たのではない。
「セエレ先輩、実はご相談があるのです」
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「事情はわかりました。
しかし、ヴェスリーには困ったものです」
セエレ先輩に事情を話すと、彼は快く仲裁を引き受けてくれた。
「ヴェスリーは昔から強気で、負けず嫌いな子でしたからね」
「ヴェスリー・サイファとは昔から知った仲だったのですか?」
「ええ。
彼女とは従兄妹同士ですからね。
吾輩は、兄たちとは母親が違いましたし、年も離れていたので、
年の近いヴェスリーとばかり遊んでいたのです」
故人であるセエレ先輩の父親は今上皇帝の息子で、皇太子の地位にあった人物だった。
その皇太子は三人の息子を儲けた。上の二人は最初の結婚で生まれた息子たちであった。その最初の結婚で迎えた妻と死別した後、後妻に迎えたのがサイファ公爵の妹であり、セエレ先輩の母親だった。
セエレ先輩と異母兄たちは年齢が離れていた。特に仲が悪いというわけでもないが、親しいというわけでもないらしい。
だからセエレ先輩が兄妹の情を育んだ相手は、兄たちではなく、よく東宮に出入りしていた母方の親族、ヴェスリーだったのだ。
「彼女は妹のような存在です。
しかし、自分の妹と、吾輩と人生の苦労を分かち合えるシトレイ君が対立するのは忍びない。
ここは吾輩からヴェスリーに一言言っておきましょう」
「ありがとうございます、セエレ先輩」
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セエレ先輩にヴェスリーとの仲裁を依頼して一ヶ月。
彼女や取り巻きたちとの険悪な関係は続いていた。だが、物を壊されるなどの直接的な被害は、インク事件以来起こっていない。
マルコやフリック、そしてヴェスリーとの対決に付き合ってくれた我がハイラール伯爵家の家臣である生徒たちが、何かしらの被害にあったという話も聞いていなかった。
あの後、セエレ先輩から「説得が上手くいった」との報告を受けた。ヴェスリー本人とは冷戦状態が続いていたから、直接確認することができなかったのだが、状況を見るとセエレ先輩の話は本当なのだろう。
ヴェスリーや取り巻き連中は相変わらず俺を無視してきたが、非リア充グループとは話せるようになった。
俺から彼らに声をかけ、彼らが返事をしても、舌打ちが聞こえてくることがなくなったのだ。しかし、俺は彼らとの積極的な交流を控えた。俺とは違い、彼らはこの教室の中が幼年学校の全てだ。必要以上に俺と仲良くし、ヴェスリーに目をつけられてしまっては、彼らに迷惑がかかる。彼らには中立でいてもらうだけで充分だった。
結局、俺はこの問題を自力で解決できなかった。
生徒たちを集めたのはマルコだ。そして祖父に後ろ盾になってくれるよう頼んだ。ヴェスリーが軍務次官の名前を出したときには、祖父の名前を使い牽制した。仲裁をしてくれたのはセエレ先輩だ。セエレ先輩に会えるよう仲立ちしてくれたのはフリックである。
俺は、自分の力ではなく、人の力に頼ったのだ。
自分の問題なのに人に頼ってばかりだ。自分自身、どうかと思う気持ちはある。
しかし、手に入れた平穏は現実だった。平穏な学生生活は、何よりも勝るものだった。
俺は、この平穏を与えてくれた人たちに、誠心誠意付き合っていこうと思っている。
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クラスの連中とは交流が乏しかったが、その代わりマルコやフリックと話す機会が多くなった。
夕食を共にしたり、風呂に入ったりと、彼らとの交流が続いている。たまにマルコの部屋に行き、夜遅くまでカードゲームに興じることもあった。
もう一つ、変わったことがある。同居人との関係だ。
「おい、ブルックス」
ベッドの上の段にこもるブルックスに対し、俺は話しかけた。
「あ、伯爵様、何でしょう」
「お前、下の名前はなんて言うんだっけ?」
「えっと、スティラードです。スティラード・ブルックスです」
「なるほど。スティラードか。
よし、覚えた。
では、私は今日からお前をブルックスではなくスティラードと呼ぶ。
お前も私のことは伯爵と呼ばず、シトレイと呼んでくれ」
「滅相もない!
そんな恐れ多いこと……」
「呼んでくれ」
ベッドの上の段から顔を出すスティラード・ブルックスに対し、俺は命令に近い口調で頼んだ。
そうだ。イジメっ子を改心させるとか、人の心を変えさせることはとても難しいのだ。ならば、自分が望む行動を相手に行わせるにはどうすればいいか、考えなくてはならない。
スティラードには何を言っても謙った反応しか示さない。彼との距離を詰めるなら、彼の謙った態度を受け止めながら、対応しなくてはならないのだ。
「し、シトレイ、様」
「呼び捨てで」
「えっ、そんな!
貴族の方を、皇族の方を呼び捨てになんて……」
「その皇族の命令だ。
私を呼び捨てにしろ」
スティラードは黙り込んだ。なにやら葛藤しているように見える。葛藤は短く、彼は意を決したように答えた。
「……シトレイ」
「よろしい」
俺はスティラードを解放した。
今日はここまでいい。少しずつ、前進すればいいのだ。
明日はクローゼットの半分を使うように命じてみよう。その次は机を使うように命令する。そのうち、彼が寝る時間に合わせて灯りを落としてみよう。少しずつ、スティラードとの距離を詰めていくのだ。




