#026「反撃準備」
マルコ、マルコシアス・ラングフォードは俺より一つ年上だ。
十三歳で既に180センチを超える体躯を誇っていた。彼は昔から体格が良かった。
「あの時は、養子に行くことが嫌で嫌で仕方なかったよ。
でも、実際行ってみたら、おじさんやおばさんがすげえ良い人でさ」
風呂から上がった俺たちは、脱衣所の横にある休憩室で、互いに近況報告を行った。
「おじさんは優しいし、おばさんの料理は美味かった。
それに、好きなだけ食わせてもらえたしな。
ハイラールより寒かったのと、お前らに会えなくなったこと以外不満はなかったよ」
家族や友人たちと離ればなれになり、見知らぬ土地へ行くマルコに同情を感じたこともあった。しかし、彼の話しぶりは、養子に出されることが決まった際の悲哀に満ちたものや、いざ旅立つ際の吹っ切れたような態度とは別のものだった。
「で、去年この学校に入ったんだ。
養子に行く前までは、軍人になるだなんて絶対に嫌だったけどな。
養子に出されたこともそうだったけど、俺の将来を勝手に決めるなって思ったよ」
マルコは、ずっと笑顔で話を続ける。
「でも、おじさんやおばさんには凄い良くしてもらったし、
恩返ししなきゃいけないって考え直したんだ。
幼年学校の授業料も、結構無理して出してたみたいだし。
俺はおじさんたちの期待に応えたい。
立派な軍人になって、おじさんたちの喜ぶ顔が見たいんだ」
マルコは少しも不幸ではなかったらしい。新しい家族のことを話す彼の表情はとても嬉しそうだった。彼は、俺が失った家族の愛を一身に受け、幼年学校に進んできたのだ。
「シトレイはどうだったんだよ?
ハイラールのやつらは元気か?お前の家族は元気にやってるのか?」
「ん……」
語り部をマルコとバトンタッチした俺は、兄が養子に行ったこと、軍人を志したこと、母の死、そして事件と父の自殺、友人たちとの別れを話して聞かせた。
先ほどの和やかな雰囲気とは打って変わり、休憩室は暗い空気に包まれる。
「んー……」
マルコは目を閉じ、上を向いて唸った。
「すまない。
私の父は、お前の兄嫁になるはずだった子を……」
父の凶行の被害者となったキマリア・ブロッサは、マルコの兄アンドレフの婚約相手だった。あの事件は、マルコにも間接的ではあったが関係していたのだ。
「気にするなよ。
お前には何の責任もないじゃないか」
「……」
「元気出せって!」
マルコは、俺の背中をバンッと叩いた。
「お前がここにいるってことは、前向きに将来のことを考えた結果だろう?
俺は、お前が軍人を目指してると知って嬉しいぞ。
せっかく再会できたんだし、楽しくやろうぜ」
「前向きに、か」
イジメられていることを相談しようか。
ハイラールでの出来事を聞いて、意気消沈した俺を、マルコは慰めてくれている。
マルコに気を使わせている。せっかく再会したのに、これ以上雰囲気を暗くしてよいものだろうか。
それに、イジメられているという事実を、旧知の仲であるマルコに知られるのは恥ずかしい。
ハイラールでは様々なことがあったが、俺とマルコが共有していたのは、一緒に遊んだ楽しい思い出だ。ハイラールにいた頃の俺とマルコは対等な存在だった。
それが今ではどうだ。
家族の愛を手に入れ、この学校でも上手くやっている様子のマルコ。一方、家族を亡くし、友人と別れ、そしてクラスの中ではイジメられ、孤立している俺。
どう見ても、俺はマルコに劣っている。そんな劣っている自分を、マルコに知られるのは抵抗がある。
マルコに話すべきか、否か。
「……マルコ、相談したいことがあるのだけど」
恥よりも苦しさが勝ってしまった。
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「……なるほどな。事情はわかった」
一旦話始めると勢いが止まらなかった。俺はマルコを相手に、イジメのこと、話す相手がいなかったこと、そして死を考えたことについて一気に話した。
「まぁ、イジメってのはよくあることだな。
俺も、何度も見たことがある。
この学校ではよくあることだ」
一瞬、マルコに突き放されたと思った。
彼の「よくあること」という答えが、「だから我慢しろ」と聞こえたのである。しかし、絶望は一瞬だった。
「俺は『イジメをなくす』とか『イジメっ子を改心させる』とかそういう方法はわからない。
方法はお前が考えろ。
昔から作戦を考えるのは得意だったろう?
俺は考える係じゃなくて体を動かす係だ。
お前の手足になってやる」
「マルコ……」
「それにほら、お前にもらったお守りもある。
こいつのおかげかは知らないが、俺は今まで喧嘩や勝負事に負けることがなかったんだ。
俺が味方するんだ、上手くいくよ」
マルコは自分のしているネックレスを摘まんで見せてきた。再会した当初から目に入っていたのだが、彼の胸元に見えるネックレスのドミヌス銀貨は、マルコが旅立つ際に俺が渡した、あの銀貨だったのだ。
目頭が熱くなる。教室でヴェスリーに打ち負かされた時の、悔し涙とは違う。俺の心は嬉しさと頼もしさでいっぱいだった。
「何だよ、友だちだろ。
俺に任せとけよ。
自分で言うのもアレだけど、俺はこう見えても学内じゃ人望があるんだ」
「ありがとう、マルコ」
「抱きつくなよ、気持ち悪りぃな。
……なぁ、シトレイ」
「うん?」
「さっきイジメの話してた時、お前、死ぬこと考えたとか言ってただろう。
自分自身で考え直したなら、それでいいんだけどさ。
それでも、やっぱり、友だちが思いつめるのは嫌だ。
だから、今度から、何かあったらすぐに俺に話せよ。いいな?」
「……わかった」
マルコが仲間になってくれた。
アンコやプレボーで遊んだ時もそうだったが、マルコと一緒のチームになった時は心強かった。同時に敵のチームだった時は手強い相手だった。
そんな味方になれば心強いマルコを仲間にできたのだ。
彼と再会しなかったら、またウジウジと悩み返していたに違いない。考え、悩み、思考がグルグルと堂々巡りを繰り返し、そして、また人生から逃げること――死が頭をよぎったかもしれない。
でも、もう悩むことはないだろう。
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次の日。
俺はしっかりと登校した。
昨日はクラス皆の前で泣きそうになり、逃げ出してしまった。そのため、学校へ向かう足取りは重かった。寮を出る際、昇降口、教室の前、といちいち葛藤した。
だが、今の俺には強い味方がいる。
そう思うと気が楽になり、葛藤に勝つことができた。
昨日までの俺はとてもネガティブだった。三十数年生きてきて、あそこまで暗い気持ちになったことはないと思うぐらい、ひどい精神状態だった。
味方が一人もいないことが、あそこまで辛いことだとは思わなかった。
転生してから、いや、前世も含めて、辛いことはたくさんあったが、それでも周りには味方がいてくれた。
前世で家を飛び出したとき、家族全員が俺の敵に見えた。だけど、その時、俺の周りには相談に乗ってくれる友人たちがいた。相談したわけではないけど、塾の同僚や塾生たちもいた。
相談に乗ってくれた友人や、普段どおり接してくれる塾の人たちと話をしたとき、俺は家族から腫れ物扱いされていても、この人たちに対しては存在していいのだ、と自分を肯定することができた。
今生では、前世以上に辛い出来事が起きた。
だけど、全部乗り越えてきた。俺一人では乗り越えることができなかったと思う。母を看取ったときも、父と対峙したときも、俺の傍らには俺に味方してくれる大勢の人たちがいた。何があっても、俺を肯定してくれると信じることができる人たちだった。彼らがいたから、俺は迷いがあっても行動を起こすことができたのだ。
転生してから何年も、俺は出来のいい子供であり続けた。
大人たちから褒められ、同年代の子供たちからは尊敬され、慕われることに慣れきっていた。
父や母のことは今も忘れることができない大事件だったが、あの事件で俺自身が批難されることはなかった。俺は常に正しい行動をしていると信じ、周りも俺を肯定してくれた。ぬるま湯につかっていたのだ。俺は精神的な逆境に弱くなっていた。
一人は辛い。だけど、今は味方がいる。
一人でも味方がいれば、俺は肯定される。
そもそも、相手は子供だ。
俺は、今生ではまだ子供だが、中身は大人である。マルコは正真正銘の未成年だが、大人顔負けの立派な体躯を持っている。
俺たち二人が、子供相手に負けるはずがない。
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扉を開けると、それまで喧騒に包まれていたクラスが静かになった。
俺の顔を見る生徒たちの顔色は様々だ。非リア充グループの面々は、暗い顔をし、居心地悪そうに下を向いた。一方、リア充グループは嫌なものを見るような目つきをしている。
ヴェスリー・サイファは、普段どおりの強い眼力で、こちらを睨んできた。そして、フンと鼻を鳴らすと、自分の席に座り授業の準備を始めた。ヴェスリーに習い、他の面々も席に座っていく。
ヴェスリーは憎悪、取り巻き連中は軽蔑、そして非リア充グループは罪悪感を俺に向けている。冷静になって見れば、彼らの抱いているであろう気持ちは手に取るようにわかる。彼らは歳相応に、態度を表に出しているのだ。
俺の心は落ち着いていた。
席に座った俺は、自分の机を確認した。インクの臭いはしない。
引き出しを開けると、昨日は黒一色だった中身が綺麗に掃除されていた。被害にあった教科書やノートも、真新しいものに変わっている。
バンと大きな音を立て、扉が開いた。マークベス教官が入ってくる。
「朝礼」
マークベス教官の指示を聞き、当番の生徒が「起立!」と大声をかける。この時、声量が小さいと怒られてしまう。幼年学校は基本的に体育会系の学校だ。いや、軍人を育成しているのだから、その上を行く「軍隊系」とでも言うべきであろうか。
起立の合図で全員が席から立つと、次は礼である。礼はおじぎではなく、軍の敬礼であった。
右手を握り、軽く胸を叩く。その手を、今度は自分の右斜め上に向けて突き出す。これが敬礼だ。胸に持ってくる動作がこぶしを握っていること以外は、前世の世界で悪名高かったナチス式敬礼や、あるいはその元となったローマ式敬礼に似ている。
敬礼が終わると、授業が始まった。
授業はいつもどおり、マークベス教官の講義を生徒全員が静かに受ける形で始まり、そして終わった。
「ハイラール、ちょっといいか」
放課後、俺はマークベス教官に呼び出された。
俺がマークベス教官に連れてこられたのは懲罰室だった。軍規や校則に違反した生徒が連れてこられる部屋である。懲罰室ではひどいしごきが待っていると専らの噂だ。生徒たちの間では虐待室と呼ばれていた。
「そこに座れ」
懲罰室は狭かった。壁や床はコンクリートで出来ている。校舎は木造なのに、この部屋だけコンクリート製なのは鞭を当てる音を外に漏らさないためだろうか。それとも、
懲罰を受ける者に心理的圧迫感を与えるためかもしれない。
なぜ、俺はこの部屋に連れてこられたのだろう。俺はイジメを受けた側の人間だ。クラスの和を乱したとか、そういう理由だろうか。
「今日、貴様が登校してきたということは、
昨日よりは精神状態が良くなったということであろう。
事情を聞きたい」
どうやら、俺に懲罰を与えるつもりはないらしい。
であれば、面談の場に他の部屋よりも防音性が高いこの部屋を選んだことはマークベス教官なりの配慮かもしれない。
「……私は、イジメを受けています」
「……うむ」
「今までは無視されるだけでしたが、
昨日、朝登校したら机の引き出しにインクがぶちまけられていました」
昨日、マルコに話した時と同じ説明を今度はマークベス教官にした。
昨日は何度か泣きそうになったが、マルコという頼もしい味方を手に入れた今、俺の涙腺はまったく反応しない。
「実はな、昨日貴様が早退した後、クラスの連中に詰問したのだ。
だが、犯人を名乗り出る者がいなかった。
とりあえず、連帯責任ということでクラス全員で貴様の机を掃除させた。
教科書も新しいものを用意した。
机に入っていただろう?」
「はい。ありがとうございます。
教科書の代金は支払います」
「必要ない。
軍の支給品を紛失した場合は、それこそ懲罰を与えるためにこの部屋へ連れてくるであろう。
だが、破損した場合は、故意でない限り新しいものが与えられる。
自費で購入させていては、兵の装備の統一が成らない」
「……ありがとうございます」
故意に破損した、破損させられたものだったが、俺の故意ではない。俺はありがたく受け取っておくことにした。
「それで、貴様は犯人に心当たりがあるのか?」
「……ヴェスリー・サイファだと思います。
証拠はありませんが、動機はあります」
「貴様とサイファの実家の話か」
マークベス教官は、当然のごとく俺の祖父とヴェスリーの父の確執を知っていた。
いや、マークベス教官だけではない。政府や軍の内部、貴族たちの間では有名な話だったらしい。
入学する前に、情報収集を入念に行うべきであった。俺は天才児と褒められていい気になっていたが、所詮は前世での経験と本で得た知識の賜物である。もっと時事に気を配るべきであった。
知識を持つことが事情に精通することである、と勘違いしていたのだ。
「……正直に話そう、ハイラール。
貴様の実家とサイファの実家のこととなれば、小官には手が出せぬ」
「はい」
「インクの件については、証拠がない以上、小官からは何も言えぬ。
同時に貴様らの対立についても、原因が原因だ。
小官の力の及ぶ範囲にはない。
仮にサイファに対して、貴様と仲良くしろと命じても叶わぬであろう。
サイファは自尊心が強い。
きっと反発するだろう。
表立って反発しなくとも、いずれ爆発する。
その時、矢面に立たされるのは貴様だ」
マークベス教官は、自分の生徒をよく観察しているようだ。まだ入学して一ヶ月である。
前世での学校は一クラスあたり三十人だったから単純に比較はできないが、一ヶ月でこれほど生徒を把握している教師を見た記憶がない。
「だから、小官ができるのはイジメ行為がエスカレートするのを止めることだけだ。
しかしそれは根本的な解決とは違う。
小官の力不足だ。すまない」
マークベス教官が頭を下げてきた。俺は慌てて頭を上げるよう促す。
初日にこっぴどく怒られたせいか、俺はマークベス教官が苦手だった。
だが、苦手としていた教官が親身になって俺の話を聞いてくれている。自分のできること、できないことを正直に話し、その上頭まで下げてきた。
マークベス教官は三十代中盤だ。……俺の中身より年下か。
「頭を上げて下さい、教官。
教官にそう仰って頂いたことで、私はだいぶ救われました。
それに、ヴェスリー・サイファとは近々話をつける用意があります。
もしかしたら、自力で解決できるかもしれません」
「話をつける用意?
結構なことだが、暴力だけはやめろ。
校内での私闘は、小官でも庇いきれないぞ」
「わかっています。
あくまで『話をつける』だけです。
大丈夫です。
ご忠告ありがとうございます」
俺はマークベス教官に礼を言うと、足早に懲罰室を後にした。
実はこの後、マルコと会う約束がある。教官に逆らうわけにはいかず、懲罰室まで来て思わぬ長話となってしまった。
マークベス教官は俺のことを心配してくれていたようだ。彼は自分の力不足を嘆き、謝罪しただけで、イジメへの対策を打ったわけではない。それでも彼の堅い口調の隙間から、生徒を思いやる気持ちが漏れ伝わってきた。
昨日までの自分が本当に恥ずかしい。
仮にマルコと再会することができなかったとしても、マークベス教官が味方してくれていたのだ。ここにも、俺を肯定してくれる人間がいた。一晩寝てみれば、これだけ事態が好転していたのである。
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荷物を取りに教室へ戻ると、そこには非リア充グループの四人が残っていた。どうせ無視されると思い、俺は彼らを気にも留めず、さっさと荷物を持って教室を出ようとした。
「ハイラール伯爵」
非リア充グループの一人に声をかけられた。見ると、俺の隣の席の男子生徒だった。
「何か」
「あの、荷物があったからまだ帰ってないと思って待っていました。
……その、謝りたくて」
男子生徒の謝罪を合図に、他の三人も一斉に頭を下げる。
「ここまで大事になるとは思いませんでした。
ごめんなさい」
謝罪の後に続いたのは、要するに言い訳だった。
親も軍人であり、サイファ公爵には逆らえないこと。かと言って宰相の孫が相手であり板ばさみになったこと。無視されることに反論しなかった俺を見て、このまま無視し続ければ平穏に過ごせると思ったこと。かと思いきや、感情を爆発させた俺を見て、良心が痛んだこと。
「なるほど、昨日の私を見て、
私が皇族であることを思い出したわけですか」
「それは……」
「別にいいよ。
君たちには君たちの立場があるのだろう。気にしていない」
俺は四人の謝罪を受けた後、教室を後にした。マルコをだいぶ待たせてしまっている。理由を話せば、マルコは怒らないと思うが、せっかく再会した友人、今現在、この学校の中で一番頼りになる仲間である。仲間は大切にしたかった。
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「おせーよ、シトレイ。
一時間も待ったぞ」
マルコに指定された待ち合わせ場所は、寮の敷地内、例の水時計がある広場だった。
「すまない、教官に呼び出されて。その後も色々あって」
「ああ、教官の命令じゃあ仕方ないか」
見ると、マルコの隣に一人の生徒が立っていた。
幼年学校の生徒は左肩の位置に学年章をつけている。軍人になれば学年章ではなく階級章になるのだが、この生徒が左肩につけている学年章は彼が二年生であることを表していた。
であれば、マルコと同学年か。
生徒は背が低く、茶髪の坊ちゃん刈りで、出っ歯でそばかす顔をしていた。語尾に「~でゲス」とつける話し方が似合いそうだ。
「私はマルコシアスくんの友人で、フリックでゲス」
本当に「ゲス」ってつけるんですか。
「フリックは俺と同じクラスでな。
コイツは頭が回る。シトレイの助けになると思って連れてきた」
「私はマルコ……シアス先輩の幼馴染でシトレイと申します。
どうぞ、よろしく。フリック先輩」
「あー、いえいえ、私のことはフリックと呼び捨てでいいでゲスよ、ハイラール伯爵」
「先輩ですから呼び捨ては……。
では、私はフリックさんと呼びます。フリックさんもどうか、私のことを名前で呼んで下さい」
「では、私はシトレイくん、と呼ぶでゲス」
フリックはマルコと同い年で、帝都の出身だった。マルコとは席が隣同士であり、お互い一目見たときから気が合いそうな奴だと思っていたらしい。マルコがフリックに都の案内を頼んだことがきっかけで、よく遊ぶ仲になったとのことだ。
小物感が半端なかったが、悪い人間ではないようだ。何より、マルコが信頼して連れてきた人間である。俺も信頼していいだろう。
俺、マルコ、フリックの三人で作戦会議が始まった。
「結論から言えば、やることは『話し合い』さ」
「話し合い?」
「そう、彼女と話し合う。
で、お願いするんだ。
『仲良くしましょう』って」
マークベス教官が命令しても、そして俺が懇願しても、ヴェスリー・サイファといきなり仲良くできるはずがない。
では、どうすれば仲良くできるか。
マルコと再会した後、昨日の晩と今日の授業の時間を使って、俺はこの問題の解決方法を考え続けた。
そして、出た結論は、「彼女と仲良くすることは不可能」である。
マルコはイジメをなくす方法やイジメっ子を改心させる方法などわからないと言っていたが、それは俺だって同様だ。どんなに考えても答えは出なかった。
では、俺の取るべき行動は何か。仲良くすることが無理だとして、何を目標に行動すべきか。
マルコと再会した今、俺は既にクラスに溶け込もうという考えを持ち合わせていない。もはや、無視され続けても一向に構わなかった。
非リア充グループの四人から謝罪は受けたが、あれはヴェスリーや彼女の取り巻きたちがいない場でのことだ。軍務次官の娘を前にすれば、彼らは再び沈黙するだろう。彼らは、何よりも自分の保身を考えている様子だった。
合う人間もいれば合わない人間もいる。所詮、全員と仲良くするなどということは無理なことなのだ。友達百人なんて、幻想だ。
俺にはマルコがいる。フリックも良い奴そうだ。
無視され続けてもいい。
だけど、それ以上エスカレートされたら困る。物を壊されるのは困る。これが俺の出した答えであり、目標だった。
目標は低くなった。ならば、取るべき行動のハードルも下がる。
「マルコ、君が学内の友人たちに声をかければ、何人ぐらい集まる?」
「んー……、三~四十人は集まるかな」
一クラスは九人である。そのクラスの枠を超えて、集まる友人がたくさんいるのだ。マルコは、自分は人望があると自慢していたが、あながち嘘ではないようである。
「それだけいれば充分以上だよ」
「おう、相手はその女と取り巻きで合計四人?だったか?
袋叩きにするなら楽勝だな」
「いやいや、だから、話し合うんだって」
大勢で取り囲み、お話するのだ。
結局、イジメとはイジメても反撃されないであろう人物に対して行われる。こいつなら、ここまでやっても大丈夫、と思うところにイジメが発生し、そしてエスカレートする。
イジメをやめさせるなら、少なくともインクをぶちまけられた時のように、直接的な手段に訴えてくることを諦めさせるにはどうすればよいのか。
それは俺に手を出したら痛い目に合うとヴェスリー・サイファに認識させればよいのだ。
大勢で取り囲む。数の力を見せつける。
面子はこの学校の生徒でなければならない。学内に、俺の味方が大勢いることを認識させなければならない。
ヤクザなやり方ではあるが、暴力に訴えるわけではない。マークベス教官との約束も守れる。
「まぁ、作戦を考えるのはお前だ。任せるよ。
ところで、決行はいつだ?」
「早ければ早いほどいい」
「明日すぐに、ってのは無理だぞ。
声かけて、人を集めて、そうだな、二~三日後ならいけるかな」
「よし、じゃあ三日後だ」
三日後だ。三日後、ヴェスリー・サイファに反撃する。




