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異世界でも現実は厳しい  作者: 懐中電灯
ハイラール編
21/79

#021「事件後日談」

 父の葬儀はドミナ教の聖地ドミニアで行われた。

 ハイラールから馬車で十日ほどかけてコルベルン王領最北の港町まで行き、船で一週間かけて内海を横断する。北岸に上陸した後、さらに十日間馬車に揺られ、目的地へと到着したのだった。


 ドミニアは、女神ドミナが最初に降臨した地であり、太祖アガレスが帝国を建国する前まで大陸全土の中心であった街である。現在も、帝都を凌ぐ一二〇万人の人口を誇り、ドミナ教圏で最大の都市として発展している。

 高さ十メートル、厚さ六メートルの白亜の城壁に囲まれたドミニアの中心には、都市と同じ名を冠する大聖堂が建っている。無数の塔が林立し、見る者を圧倒する。その外観を目にし、俺は前世の世界で有名だった聖家族教会(サグラダファミリア)を思い出した。宮殿のような大きさだが、昔教皇がいた頃は、教皇の聖座がおかれており、まさに宮殿、宮廷として機能していたらしい。


 ドミナの二度目の降臨と帝国の建国後、ドミニアは大陸の首都の座から滑り落ちた。だが、ドミナ教の聖地としての地位と、大都市の威厳は守り抜いたのである。


 爵位を持つ皇族は、聖地の聖廟に祭られるのがしきたりだ。感染病を防ぐため、その場で荼毘(だび)に付されるものの、葬儀自体は聖地ドミニアで行われる。故に、父の葬儀は母フェニキアや従兄弟アーモンと違い、聖地で行われるのだ。


 葬儀の参加者は、コルベルン王アーモンを筆頭に、俺、兄アーモン、伯父ヴァレヒル、ヴァレヒルの妻。そして、老リュメールと、屋敷に仕えているメイドたち。

 他の家臣は領地での告別式は参加してもらったものの、聖地での本葬儀への参加は見合わせてもらった。

 父は病死と公表してある。また、アギレットの件は内密にされた。ハイラールの街では、キマリア殺害の犯人が捕まっていないことになっている。そこに来て、領主の病死である。このような状況下で家臣を根こそぎドミニアへ連れて来るわけにはいかなかった。


「気分はどうだ」


 葬儀が一段落して、話かけてきたのは祖父アーモンである。祖父には、全て報告してある。しかし、全ての事情を知っていて、この男はいつもどおりの笑顔だった。いや、本当は無表情なのだろう。彼の細い目と、口ひげで口元が隠れているせいで、笑顔に見えるのだ。


「ずっと、良くありません」

「そうか、そうだろうな」


 大聖堂のバルコニー。ドミニアの街が一望できる。美しい風景だが、俺の心は暗かった。


「本来ならば……普通の貴族なら、今回の事は(おおやけ)になる。

 領地を取り上げる良い口実になるからな。

 だが、アガレスは、お前の父は儂の息子だ。

 だから、今回の事件は表沙汰にはならぬ。

 お前も無事に爵位を継ぐことができるわけだ」

「……ありがとうございます」


 少々恩着せがましい祖父の言葉に反発を覚えたが、反発しても意味がない。十一歳の子供なら反発していたかもしれないが、俺は社会人経験もある三十六歳児だ。


「しかし、ハイラール領をこのままお前に任せるわけにもいかぬ。

 まだ事件の尾が引いているようであるし、

 秘密もいずれ漏れる」

「爵位は継がせても、領地は継がせない、

 ということでしょうか」

「そうは言わぬ。

 だが、しばらくは代官を置こうかと思ってな。

 お前も、もうすぐ幼年学校に入学するつもりなのだろう?

 領主が幼少かつ不在では、建て直しもままならないではないか。

 ハイラール領もアガレスに分与したとはいえ、我がコルベルン王領の一部。

 ハイラールの民は儂の民でもある。安定してくれなければ、困る」

「将来的に、私の手に返ってくると考えてよろしいのでしょうか」

「それは、もちろんだ。

 取り上げるつもりなら、最初から別の領地に転封させる。

 学校を卒業し、軍人になり、落ち着いたら受け取るがよい。

 ……それでは不服か?」

「いいえ、御意のままに」


 幼年学校の入学は四月一日。既に三ヶ月を切っている。今だってドミニアにいる。俺はハイラールから離れたかった。逃げたかった。




============




 父が死んだ直後から、しばらく俺は引きこもった。

 母の死も(こた)えたが、父の死は格別だった。死の状況が、あるいは父の所業が、俺には耐えられなかった。


 貴族の息子に転生できたと喜んでいた頃が懐かしい。魔法だの美少女奴隷だの、騒いでた頃が懐かしい。

 異世界に転生したのだ。何ら根拠のない話だが、前世よりも良い人生が送れると考えていた。だが、これでは家庭崩壊だ。俺の生まれ育った家庭はなくなった。

 前世だって、家族とは疎遠であったが、母が若くして亡くなることも、父が犯罪を犯して自殺することもなかった。前世の方がまだマシだ。


 トントン、とノックする音が聞こえた。


「リュメールでございます、シトレイ様」

「……」

「シトレイ様?」

「……どうぞ」


 扉を開けて老リュメールが入ってくる。ログレットも一緒だ。二人は部屋に入り、ベッドに腰掛けている俺の前まで来ると、いきなり(ひざまず)いた。


「シトレイ様、申し訳ございません」


 口を開いたのは、老リュメールである。老リュメールは(ひざまず)き、頭をたれたまま話を続ける。


「ずっと()せっていると伺いました。

 あの場にシトレイ様をお連れしたのは私です。私の責任です」

「……」

「私は、賢いシトレイ様に甘えておりました。

 シトレイ様なら、ご理解いただける、と。

 シトレイ様であれば、伯爵様を止められる、と。

 ですが、私はシトレイ様のお心を無視していました。

 シトレイ様の年齢を無視していました」

「……」


 俺が黙っていると、次にログレットが口を開く。


「シトレイ様、私はキマリアを誘拐しました。キマリアの遺体を街へ運びました。

 そして、アギレットをも誘拐しました。

 キマリアの最後を知ってもなお、誘拐しました。

 私は自分のしていることに耐えられず、リュメール様に全てをお話しました。

 そして、シトレイ様を巻き込みました。

 シトレイ様をお連れするというリュメール様の提案に、私は賛成しました。

 私は、シトレイ様を巻き込むことで自分が助かろうとしたのです」

「……」

「シトレイ様は、私が伯爵様に剣を向けることを止めて下さいました。

 ですが、私は謀反人に変わりありません。

 人の道にもとる行為を犯したことに、変わりありません」

「……」


 二人は、各々太刀を出し、シトレイに捧げるように置いた。


「どうか、不忠者である我々の首をお取り下さい」


 俺は無言で、太刀を見据えた。次に、二人を見る。

 二人は頭をたれたままだ。白髪と茶色い頭の後頭部が見えた。


「……貴方たちは、私を、さらに苦しめる気ですか?」


 二人はさらに深く頭を下げた。見ると、肩が震えている。


「死ぬことは許しません。自殺も許しません。

 私がハイラールの爵位を継げるか定かではありませんが、

 ハイラール家の子であることに変わりありません。

 貴方たちにハイラール家への忠誠心があるのならば、私の命令を聞いて下さい」


 二人は、肩を震わせながら、深く何度も頷いた。


 俺は、何を感傷的になっていたのだろう。

 同じ当事者である老リュメールとログレットは、自身の中で決着を着け、命まで差し出してきた。

 老リュメールはともかく、ログレットは俺の中身と同世代のはずだ。この立派な従士の覚悟に対し、うじうじと悩み引きこもっていた自分が恥ずかしい。

 それに、一番傷ついている人間が、俺よりもっと深い傷を負った人間がまだいる。


「リュメール、アギレットを訪ねたいのですが、

 貴方の家にお邪魔してもよろしいでしょうか」

「はい、シトレイ様」


 俺は身支度を整えると、何日かぶりに屋敷を出た。




 老リュメールと共に彼の家へ行くと、出迎えたのはロノウェである。ロノウェも事の次第は聞かされていた。最初、ロノウェは俺の顔を見ると、気まずそうな表情を浮かべた。


「シトレイ様……」

「……この度は、真に申し訳ない」


 俺が頭を下げると、ロノウェは慌てて頭を上げるように促してきた。


「シトレイ様は悪くありません。

 僕は、わかっています。理解してます。

 悪いのは……」


 伯爵様。父。

 ロノウェは言わなかったが、言葉に出さずとも、この場の全員がわかっている。


「ロノウェ、アギレットの様子は?」

「アギレットは部屋にいます。

 家族以外の男の人を怖がっているようですが……あるいはシトレイ様なら。

 とにかく、どうぞ。上がって下さい」


 アギレットは椅子に座っていた。

 部屋にはノックして入ったのだが、反応がなかった。俺たちが部屋に足を踏み入れても、微動だにしない。

 アギレットは頭に包帯を巻いていた。包帯は左目も覆っている。(あご)と左頬は殴られた痕が残っており、青く腫れていた。口元を切った傷跡が生々しい。


「アギレット……」


 反応がない。


「アギ……」

「っ……!」


 アギレットに近づき、手に触れようとしたところ、すぐに手を払われてしまった。

 ずっと、うつむき加減の彼女は、前髪で目元が隠れていたが、一呼吸置いた後、ゆっくりと顔を上げた。俺を見る彼女の目には、恐怖の色が見える。彼女は目に涙を溜めていた。ずっと昔に見たことがある。アギレットが俺を見て、恐怖している姿。


「……ごめん、アギレット」


 俺は深く頭を下げると、すぐに部屋を出た。

 リュメール家を後にする際、俺はロノウェに呼び止められた。


「シトレイ様、すいません。

 僕は都へお供することができなくなりました」


 もうすぐ、俺は都の幼年学校へ入る。俺が軍人になると決めた後、ならば小姓である自分も当然軍人を目指します、とロノウェは宣言した。ロノウェはもうすぐ十四歳になる。俺に合わせて幼年学校に入るとすれば、中途入学になる。中途入学には編入試験があるため、ロノウェは猛勉強をしていた。一方、十二歳の初年度から入学する俺は、試験がなかった。

 俺とロノウェが都の幼年学校へ入学する。アギレットも小姓として一緒についてくる。ハイラール伯爵家の都の屋敷(タウンハウス)から、幼年学校へ通う予定であった。


「兄として、僕はアギレットを守らなくてはなりません。

 少なくとも、アギレットが立ち直るまでは。

 それと……僕の中で気持ちの整理がつくまでは」


 主君の父であり敬愛する領主が妹を拉致し、強姦しようとしたのだ。おそらく、助け出されなかったら、アギレットは犯され、殺されていただろう。今までどおりわだかまりなく俺に仕えてくれ、とは言えない。


「わかった。

 謝る必要はない。

 ……それじゃ」


 俺は逃げるようにリュメール家から屋敷へと戻った。俺が引きこもっていたがため、告別式は延期されている。本葬儀のために聖地へ赴く必要もある。やるべきことは多かった。




============




「お爺様、いえ、コルベルン王殿下。

 ハイラール伯爵領をよろしくお願いします」

「うむ」


 アギレットに拒否され、ロノウェが離れていった理由はわかる。彼らの気持ちは理解できるし、至極全うなものだ。しかし、理解できることと、自分が納得し受け入れることは違う。受け入れられないからといって、彼らを批難することは絶対にできない。

 だから、俺は逃げるしかない。


 祖父は、得体の知れない男だ。だが、伯父を通して統治するアスフェンは繁栄しているし、自分の領民を大切にする気持ちに嘘はないと思う。しばらくはハイラールを頼む。


「ところで、シトレイ。

 入学のために上京するのであろう?何か入用の物はあるか?」

「いえ、幼年学校では寮に入るつもりです。

 必要なものは全て揃っていると伺っています」


 ロノウェもアギレットもついてこない以上、わざわざ学外にある屋敷から通う必要はない。それに、都の屋敷(タウンハウス)に住めば、祖父と会う機会も多くなるであろう。それは避けたかった。


都の屋敷(タウンハウス)に住めばよいではないか」

「……自分を鍛えたいのです。

 屋敷にいれば、甘えが出ます」

「そうか。そうだな。それがよかろう。

 しかし、お前が軍人を目指すとはな」

「意外、ですか?

 兄上も養子に行く前は軍人になるつもりだったと伺っていますが」

「いや、な。

 お前の父がああなったのは、悲惨な戦場を見たせいだと聞いておる。

 軍人を目指すことを、翻意しなかったのか?」

「……父上があのようなことになったのは、母上の死を知ったからです。

 それに、私は軍人になり、やりたいことがあります」


 実際、それほどやりたいことなどあるだろうか。

 指揮官になり、自分の考えた戦術を試したい。あの黒いユニコーン、アーテルで戦場を駆けたい。……祖父から離れたい。どれも、不屈の意志とは程遠い。絶対に、人生の全部を賭けて叶えたい夢かと言われれば、答えは否である。


 ……どうして、俺は軍人を目指していたのだろうか。


 マルコがハイラールの街から出て行く際、彼は将来軍人になるのだと言っていた。その時は俺が軍人を志すなど考えもしなかった。

 きっかけは、兄アーモンだ。

 兄は軍人を目指していた。家を出る兄から木刀を貰ったことが、軍人に興味を持ち始めたきっかけではなかっただろうか。


 ……いや、違う。

 違う。父だ。

 興味を持ったきっけは兄だったかもしれないが、軍人を「志した」きっかけは父だ。父の入隊と退役の話を聞いた後、「軍人への興味」が「軍人になったら何をやるか、何ができるか」という考えに変わっていた。

 何より、軍人になると宣言したときの父の喜ぶ顔が、俺の決意を確固たるものにしたのだ。

 黒いユニコーン(アーテル)への憧れも、アーテルに乗ること自体よりも、父から貰い受けることに、俺は強い(こだわり)りを持っていた。俺が軍人になったら、アーテルを譲る。父が宣言したことだ。俺は、父から祝福を受けることに憧れていたのだ。


 父があのような最後を遂げたのは、軍人だったからではない。父は戦場において勇者だった。サミンフィアでの辛い仕事も、責任を持って果たしていた。


「父上は立派な軍人でした。

 あのような事件を起こし、あのような結末にはなりましたが、

 父上が立派な軍人だったことを否定することはできません。

 ですから、私の気持ちは変わりません。

 父上の後を継ぎ、立派な軍人になってみせます」


 俺は決意を新たに、祖父に対して宣言した。

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