布団の中での大冒険
この冒険の主人公は、ごくごく普通の男の子。男の子は、お父さんとお母さんと3人で暮らしていました。男の子はまだ小学校に通い始めたばかり。最近、お母さんのお腹には赤ちゃんがいます。妹が生まれてくるそうです。そのことでお母さんは大変そう。でも、小学生になったばかりの男の子、まだまだお母さんに甘えたい年頃です。
ある日、お母さんと大喧嘩。もうお兄ちゃんになるのだから、しっかりしなさい!と叱られました。それが面白くない男の子。お兄ちゃんになんて、なりたくない。なりたくてなるわけじゃないんだぞ、と男の子はすっかり怒ってしまいました。
男の子はいつも寝ている部屋に行き、布団の中に完全にもぐってしまいました。
「もうお母さんなんか知らないんだから。お母さんが謝ってくるまで、絶対布団から出るもんか。」
部屋の明かりを真っ暗にして、布団にもぐった男の子。足の先から頭の先まで、完全にもぐってしまっています。布団の中は、真っ暗です。目を閉じていても、開けていても変わらない。少しの光も射してこない、完全なる暗闇です。目を開けていると、その暗闇に、体が吸い込まれていきそうな感覚に陥ります。でも、意地になってる男の子は、怖くても布団から出ようとはしません。グッと強く目を閉じて、喧嘩のことを考えていました。
布団の中は、暗くて狭い。だんだん暑くなってきました。布団の中は、空気も薄い。頭がボーっとしてきました。真っ暗闇で、何も見えない。そのせいか、余計に体の熱さが感じられます。だんだん頭がグワングワンしてきて、気がつくと暗闇の中から声が聞こえます。
「おーい、こっちだよー。」
男の子は、声のする方へ意識を向けました。すると、体がそっちの方へ吸い込まれていく感じがします。気がつくと、男の子は声のする方向へ歩き出していました。真っ暗闇の中を、声を頼りに歩いています。まるで、洞窟の中を探検しているようでした。
声に導かれてしばらく歩くと、奥から光が見えてきました。そして、その洞窟のようなところを抜けると、そこには見たこともない夜の街がありました。大きなビルが建ち並び、綺麗なネオンが光っています。そしてそこの住民達は、二足歩行で喋る犬や猫ばかり。
「ようこそ、星の降る街へ!」
夜の空を見上げると、綺麗にきらめくオーロラを背景に、流れ星が大量に降ってきています。まるで、星のシャワーのように。こんなに綺麗な街は、今まで見たことがありません。布団の中に、こんな街があっただなんて。男の子は、大はしゃぎ。その街を思う存分楽しみました。もう家には帰らないで、ずっとこの街で遊んでいたい。そんなことを思っていました。
しばらくすると、また頭がグワングワンしてきました。気がつくと、男の子はさっきの街とは打って変わって、何もない砂漠にいました。さっきのような建物はおろか、木や草のひとつもありません。辺り一面、砂だらけ。遠くの方までよく見えるけど、それが逆にどこまでも何もないことを教えてくれます。どうしようもないので、とりあえず歩いてみることにした男の子。初めて歩く砂漠はとっても暑い。そして、どんなにどんなに歩いても同じ景色。何より1人で延々と歩くことが苦痛で仕方ありません。男の子はもう嫌になっていました。
「もう家に帰りたい。家に帰れば、お父さんやお母さん、そして妹も生まれるんだ。ここは独りぼっちで寂しいな。誰でもいいから、一緒に居てよ。お父さん、お母さん。どこにいるの?」
歩き疲れてきた頃に、再び頭がグワングワン。ふと気がつくと、今度は見たこともない、自分よりも100倍は背の高い植物がうっそうと生い茂るジャングルに来ていました。メロンの模様をしたバナナがあったり、スイカの柄をしたミカンがあったり。食べても大丈夫なのか分からないような果物がたくさんあります。その果物を見ていると、なんだかお腹が空いてきました。でも、こんな得体のしれないものを食べるわけにもいかず、見たことある食べ物を探しまわりましたが、一向に見つからずにお腹は空くばかり。
「お母さん、お腹が空いたよ。何でもいいから食べたいよ。いつも当たり前にご飯を食べていたけれど、それがこんなにも幸せなことだったなんて。」
大きな植物をかきわけていくと、またまた頭がグワングワンしてきました。気がつくと、暗いところに出て来ました。体がフワフワ浮いているような感じがします。真っ暗だけど、微かに何か小さいものがたくさん宙に浮いているのが見えます。よく見ると、それはたくさんの魚たちでした。ここは、暗い暗い海の中でした。
魚たちは、家族で仲良く暮らしていました。お父さんにお母さん、お兄ちゃんに妹に。みんな仲良く楽しそう。
「ああ、とっても楽しそうだな。家族がいるって、素晴らしいんだな。僕も早くお父さんとお母さんに会いたいよ。」
そう思っていると、今までで一番頭がグワングワンしてきました。そして、男の子は布団から飛び起きました。体中が汗びっしょりで、部屋は真っ暗なままでした。
男の子はすぐにお母さんの元へ行きました。
「お母さん!ごめんなさい!」
お母さんは突然のことにビックリしました。ついさっきまで、あんなに怒っていたというのに。
「あのね、1人はすっごく寂しいんだ。僕の妹、早く生まれて来ないかな。きっと、今はお母さんのお腹の中で、独りぼっちなんだよね。僕がお兄ちゃんになって、一緒にいてあげないと。」
布団の中での大冒険。妹が生まれて来る前に、ちょっぴり大人になりました。
男の子というものは、冒険をして大人になっていくのです。