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交流会、ただしやる気なし

 年末に国主催で行われる錬金術師の交流会会場は、イチヒトらが宿泊しているホテルの別館で執り行われていた。

 クリスタル・ガラスのシャンデリアが会場内を煌びやかに照らし、陶磁器製のタイルで飾られた暖炉が冬の寒さを遠ざける。テーブルには温室で育てられた貴重な花や果物が美しく盛られ、用意されている食事は胃を刺激する美味そうな匂いをただよわせている。

 多くの人と知り合う切っ掛けを作るために基本は立食だが、一応は椅子やテーブルもよういされてはいた。

 会場の端の目立たぬ場所にあるテーブルに陣取り、イチヒトは普段食べないような料理やデザートを堪能していた。

 家政婦のトワの料理は素朴で飽きのこない家庭料理ばかりだから、今日のこの料理の数々は目新しくてとても美味かった。

 

 ケーキを三種類一つづつ残しイチヒトは、ふぅと満足げな息を吐いた。お茶を飲み、ゆったりとソファーに背を預ける。

 近くの、と言っても会話は聞こえない程度離れた場所の席にいる数人が、ひたすら食べているだけのイチヒトを見て何事か言いあっている。

 イチヒトは関わらないようにしようと、通りがかった給仕を呼び止め一つ頼みごとをした。皿を下げる給仕にチップを渡し、カップに残ったお茶を飲む。

 先生―― 錬金術の師匠には昨日、挨拶を済ませている。その他数名への義理の挨拶も済ませた。腹も満ちた。

 給仕が頼んだものを持っていたら部屋に戻ろう。そう思っていた時「少しいいかい?」と、声をかけられた。

 よろしくないと、イチヒトは心底言いたかったが、当たり障りなくさっさと終わらせようと「少しなら」と答えた。

「シュウリョ派のネギ・ヤギイという。よろしく」

 そう言って右手を差し出す二十代半ばほどの男をイチヒトは見上げ。

「パパリです」

 と、だけ答えた。出されている右手は無視した。二の腕の半ばまでしかない右腕を出しても良かったが、反応が面倒くさそうでやめた。

 ネギ・ヤギイはわざとらしく片眉を上げ「これは失礼を」と、左手を出した。

「用件は?」

「見ない顔なので、挨拶をとね」そういえば、と思い出すように「片腕の錬金術師が独り立ちしたと聞いたが、パパリくんのことかい?」

「他に片腕がいないならそうでしょうね」

 イチヒトは左手も無視した。

 ヤギイはめげずに会話を続ける。

「では、オーガイド派の! 若いとは聞いていたが、これは驚いた」

「はあ、そうですか。それで用件は?」

 給仕早く戻ってこないかな? と、イチヒトは欠伸が出そうになるのを堪える。ヤギイは「オーガイド派と言えば会長が」うんぬんと、世間話をしている。用件が世間話なら耳栓をしたいと、冷めきった茶を飲んだ。

 ダラダラと喋るヤギイに辟易しながらも、当たり障りなく「はあ」とか「そうですか」と適当に相槌をうっていると、ホテルのマークが印刷された紙箱を持った給仕がやってくるのが見えた。

 イチヒトはヤギイの話の途中で立ち上がり「頼んでいたものが届いたので、僕はこれで失礼します」と、給仕に礼を言い紙箱を受け取り出口へと向かう。

「パパリくんちょっと」

「ああ、オーガイド会長に渡りを付けたいのなら、かわいい女の子連れて行けば世間話はしてくれますよ」

「おん……」

 見て分かるほど手も顔もぶつぶつと鳥肌を立てたヤギイに、気持ち悪いものを見る目を向けイチヒトはさっさと会場を出た。

 途中クロークでコートを受け取り、何となく庭園を回ってホテルの宿泊部屋に戻った。


***


 イチヒトが宮殿のような会場の端っこで食い気に走っている時、ミサは買い物に出かけていた。

 派閥ごとの助手たち同士で、こちらは本当に忘年会をしていることも聞いたが、ミサはイチヒトが所属するオーガイド派というわけではないので誘われたが断った。

 ホテルでの飲食も経費だと言われているが、値段の書かれていないメニューは心臓に悪いので、ミサは街の食堂で夕飯を済ませてから、買い物の荷物を抱えてホテルへと帰る。


 年末のあまり多くはないがボーナスで、先ほど買ったばかりのコートを着てホテルのフロントへ向かい、預けていた部屋の鍵を受け取る。

 着てきたコートはあまりにも高級ホテルに出入りできるようなものでなく、それまで気にしていなかった生地の安っぽさに恥ずかしくなり、ミサなりに奮発して新調したのだ。ただ、コートの下の服までは手が回らなかったので普段通りのチョコレート色のハイネックのワンピースだ。靴はまだ新しいので買いなおしてはいない。

客室に戻るとほどなくして客室係がやってきて、飲み物と果物などの軽食をテーブルにセットし、居間のガスストーブに火を入れていく。これらすべてサービスとして宿泊費に入っているというのだから怖い。何より怖いのが。

「では、失礼いたします」

「あ、ありがとうございます」

 これだ。このやり取りだ。スマートにチップを渡す、なんて出来ない。十ジット札をまったく慣れない手つきで客室係に渡し、部屋の扉が閉じられてからミサは、ふーっと息をついた。

 チップも馬鹿にならない。イチヒトがいる時はイチヒトが渡しているが、いない時のこの出費が結構痛い。

「でも年末年始止まる場所探して、宿泊費から全部出すこと考えたら助かるわよね」

 部屋係が持ってきた軽食に初めて出された果実入りの焼き菓子を見つけ、これはイチヒトに取っておこうと食べずに布巾をかけた。


 ミサがお茶を飲んでいる時に、丁度イチヒトが帰ってきた。

「いい匂いがする」

「おかえりなさい。まだお茶熱いですよ、飲みますか? 焼き菓子もありますし」

「ただいま、というのかこういう場合は? 飲むし食べる」

 イチヒトは紙箱をテーブルに置き、コートを脱いでソファーの背にかけた。

 ミサはストーブの上のポットから湯を注ぎ、イチヒトに茶を入れるついでに自分の分も入れなおした。

「交流会、どんな感じだったんです?」

「パトロン探しで笑顔貼り付けて必死なやからが結構いたな」

「研究、お金かかりますもんね。良かったですね雇い主が国で」

「それよりこのお菓子食べていいのか?」

「どうぞ。支援者探しばかりじゃないんでしょう? こう、情報交換とかは?」

「うわさ好きの年増が欲しがる情報ないな。それに僕は知り合いに挨拶して会場は出たから」

 あとはひたすら食っていた。

「ああ、一人声かけてきたやつがいたな。たしか……ネギヤキ?」

「ねぎ焼き?」

「どーでもよすぎて思い出せないな。それよりその箱の中身、君が食べていいぞ」

「え? ありがとうございます。うわ、かわいい。おいしそう!」

 箱に入った三種類のケーキを見てミサの顔がゆるむ。


「錬金術師の交流会って良いもの出るんですね」

「君が前にいたとこは土産の一つも無かったのか?」

「無いですよ。って、あれ? わたしの経歴知らないんですか?」

「小間使い」

「違います。検体ですよ。所長さんが面白がって研究補佐として使ってくれて、面白いなと思っていたら、助手の話が来たんです」

 ミサはチーズケーキを頬張りながら言う。

「検体?」

「ええ。お給料良かったので」

「人のこと守銭奴呼ばわりしておいて、自分のことじゃないか」

 そう言われミサは苦笑する。

 イチヒトはクッキーを頬張り、お茶を啜った。

「ああ、そうだ。明日先生が君に会いたいと言っているのだが時間はあるか?」

「え? ええ、大丈夫です」

「昼食を一緒にと言っていた。ああ、服装は気にしなくていい。女というだけで先生の好みだから」

「すいません。キャンセルしていいですか?」

 そんなあからさまな女好きそうな人物とは、ようしてお近づきになりたくなかったミサは、食べ過ぎて苦しそうにしているイチヒトに言った。

 

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