猛暑でモーション あと三歩
夏の研究発表会に参加が決まったイチヒトは、ミサをやっと雑用の小間使いではなく本格的に助手としてあつかった。 錬成式を組み上げ実験し記録する。それを何度も何度も繰り返す。
そして首都へとむかう前日に、脳からの信号を送受信できる物質を、小指の爪ほどの大きさのラピスラズリに似た石で造り出すことに成功した。
***
結果をいえば、研究発表はぶじに終わった。感触は良いといえるだろう。
あとは石の受信先(たとえば義手や義足、遠隔操作のカラクリ)の研究開発費も多く融資してもらえるように派閥の担当者が、国から、又は協力会社から予算を勝ち取るために奔走するのだ。
年末までに石の純度をあげておきたいな、とイチヒトは他の発表を聞き流しながら考えた。
朝から昼食をはさんで夕方まで行われる会の最後は、派閥がもつ研究所、その所員や家族も参加する食事会が開かれる。こちらにはミサも参加することになった。
「すごい人数ですね」
バイキング形式の会場はテーブルも多くとられていて、席の間隔も広く狭苦しさは感じないが、人、人、人だ。
「四百人くらいは参加してるはずだ。ローストチキン僕の皿にも入れてくれ。」
はいはい、と返事してミサはイチヒトが手にしている取り皿にチキンを入れてやる。
「お肉ばっかりじゃないですか」
野菜も食べないと、とミサ。
「サラダはあとで取る。いったん皿置いたら次はデザート取りにいくぞ」
「ここのおすすめ焼きプリンだそうですよ」
たれ目の三拍眼が嬉しそうに細まった。イチヒトを知らなければ目付きが悪いだけに見える。
イチヒトたちは料理が無くなる前にめぼしいものを取りに行こう、と皿を手にせっせと料理を盛っていた。
二人で大皿五枚分の料理と一種類ずつのデザートを確保し、オレンジジュースで乾杯した。
イチヒトに回された分はフォークだけで食べやすいように切られていた。向かい合って座るミサを見ると、素知らぬ顔で、というより気にした風もなく幸せ顔でシュークリームを堪能していた。
「きみ、人に野菜を食べろと言っておいて、菓子から食べ始めるのか?」
「つ、ついですよ、つい」
わざとらしくレタスを頬張る。
「そういえば、先生には挨拶に行かないんですか?」
わざとらしく話題も変えた。
「この中から探すのが面倒だ」
とっても納得。
二人はこれが美味しい、このソースかけると味が変わっておもしろい等、食事をたっぷり楽しんだ。
時折、イチヒトを気にした視線を感じるが、イチヒト本人が無視しているのでミサも気にしないように努めた。が。
「言いたいことがあれば言えばいいのに」
気に障って仕方がない。ぽつりと零したミサに応えたのは、イチヒトの後ろに現れた五十代半ばの男性だった。
「みな距離を掴み損ねているんだよ」
落ち着いた低い声に柔和な笑顔。目じりの皺が老けているというよりも、歳を重ねた男の色気がある。
「先生。こんばんは。挨拶もせず失礼しました」
「イチヒト、そういうしおらしい事はエクレアを食べながら言うもんじゃない。こんばんはミサさん。口紅の色が前と違うね。オレンジ系も夏らしくて良く似合ってるよ」
オーガイド派会長ポディ・オーガイドは、ミサににっこりほほ笑んだ。
「こんばんは。ありがとうございます会長」
冬に会ったきりだが、本当にあの時の口紅の色を思えているのだろうか? とミサはちょっと怪訝な顔をした。覚えていたのならそれはちょっと怖いかもしれない。
向かいに座るイチヒトから視線を感じて目をやると、口元を凝視されていた。なんだか非常に気まずいような、恥ずかしいような気がして頬が熱くなった。
イチヒトは何かに納得したのか、ミサから興味を移し、残りのエクレアを二口で食べきった。
先生ことオーガイドは、ミサの隣に腰かけてイチヒトが錬成した石についての話をはじめた。
専門的な会話はミサにはとても興味深かった。聴く一方で合いの手すら入れられないが、おもしろいと感じる。食べる手も止めていると、隣席の青年から「こんばんは」と声をかけられた。
「こんばんは」
「会長はああなると話なかなか終わらないよ。きみ助手? 飲んでないんだね」
「お酒苦手なんで。あなたも助手なんですか?」
「そう。ピックアプ市にある研究所で錬金術師を目指しながら助手をしてる」
「そうなんですか。がんばって下さいね」
青年の話題に無難に応えつつ、ミサからも錬金術の専攻はなにか? 等話をふりお喋りを続けた。他の研究所の様子を聞ける機会は少ないので話をするのは面白かった。
青年の知り合いがやってくるまで話ははずんだ。
氷がとけきったオレンジジュースを飲み、またイチヒトに凝視されていることに気づいた。
「…………口紅の色、そんなにおかしいですか?」
「ここはお見合い会場じゃない」
不機嫌に言われ、ミサはきょとんとした。
オーガイドはにやにやしながらイチヒトを見ている。
「イチヒト、そんな言いかたじゃあミサさんにはわからないよ」
「年増好きは意外にいる。きみはその中でもまだ若い」
「イチヒト、なにが言いたいのかわからないよ」
オーガイドの突っ込みに、ミサはうなずく。
イチヒトはあごに手をやり考えこんだ。どうやらうまい言葉が思いうかばないようだ。
そんなイチヒトにオーガイドはやれやれと肩をすくめ。
「ミサさんが他の男と楽しそうに話していたから嫉妬したのだろう」
と、どこかうれしそうに言った。
「は?」とミサ。
「そうなのか?」とイチヒト。
「きっとそうさ」と無責任にオーガイドが言った。
イチヒトとミサは互いを見やる。
イチヒトは首をひねりながら。
「嫉妬ということは、僕はきみが好きなのか?」
「聞かれても困ります」
ミサはため息まじりに答えた。
食事をしていただけなのに、なんだかとても脱力した。




