嫌なやつ
四角い外壁の内側は銀杏や紅葉、桜など紅葉する木が数本づつ植えられ、門から建物へと続く道の両脇にはつつじや雪柳が植えられていた。
意外に緑が多い。手入れはされておらず雑草も延び放題で木々の形も整ってはいないが、コンクリート塀の圧迫感はかなり軽減されている。
ほぼ中央に首都など大都市でしかあまり見ない鉄筋コンクリート製の一階建ての建物が一棟、そこから離れた外壁に近い場所に木造の二階建ての建物が一棟建っていた。
鉄筋コンクリートの建物が研究所、木造建てが居住部になっている。
昼を少し回ったこの時間は、彼の錬金術師は研究所に詰めているということで、ミサは案内人に促され車から降り、連れだって研究所に向かった。
***
(病院みたい)
研究所に入って最初に感じたのは消毒液と粉臭い薬剤の匂いだった。
建物は外壁と同じくらい古びていたが、中は清潔に保たれており、そんな様子もまたどこか病院のような印象を受けた。
玄関から入って突き当たりにある扉を背の低い男はノックもせずに開け「おーい、居るか?」と、声を張り上げ入室した。
ミサは中には入らず廊下から室内を覗いた。
大きな作業台が二つ、その上にはシリンダーやスポイト数種類のピペット、比色管にガラスや樹脂でてきた大小様々な容器や用途の分からない器具や機械が並べられている。壁一面には鍵付きの棚が備え付けられており、中には瓶や木箱が整然と納められていた。
事務机は三台。うち一つは使った様子はなく、一つは書類が山積みにされていて、最後の一つはには。
「本当に連れてきたのか?」
と、あきれ声で男に答える白衣姿の少年が一人座っていた。
少年は上体をひねってミサたちを見やる。
ややたれ目気味の三拍眼が入口に立っているミサを見つけ、値踏みするような視線を向けた。
ミサはその不躾な視線よりも自分よりも年若い錬金術師に驚きを隠せずにいた。
国から個人の研究所を宛がわれる程の人材だ。無意識に年を重ねた人物像を持っていた。
左手を机につき立ち上がる少年には、右腕が二の腕の中ほどから存在しなかった。隻腕の、とは見た目そのままだ。
まじまじと見るものでもないので気にせずに、ミサは少年に軽く会釈をして案内人からの紹介を待った。
「連れてきたさ。イサヒトの希望通りの人材だよ。ミサ・イルファンさんだよ。イルファン君、これがここの所長でイサヒト・パパリ」
まあ所長と言っても所員なんか居ないんだけどねと、男は笑って頭を掻いた。
「初めましてパパリさん。今日からこちらでお世話になります」
「君、本当に僕の希望通りなわけ?」
「そうだよ。安心していいよ」
聞かれたのはミサだが、答えたのは案内人だ。
イサヒトはちらりと男を―― タケイを見て、一つ頷きミサへ向き直る。
「高等語がまったく読み書きできず、錬金の才能は皆無で、科学のかの字の知識もないから研究を盗むことすらできない人材?」
「こ、公用語は読み書きできます!」
イサヒトのあまりな言いようにミサは噛みつく勢いで言い返す。
「へえ。出来るの? 公用語の読み書き」
「……まあ、それなりに、ですけど」
「ふぅん。まあ、いいよ。タケイが三か月がかりで見つけてきた子だし、邪魔にならないなら小間使いがいてもいい」
「小間使い? わたしは助手として雇われ」
「公用語の読み書きすらそれなり程度しか出来ない奴、小間使いで十分だよ」
当然だよと、しれっと言い切るイサヒトに、タケイはあははと苦笑いを浮かべ、ミサは。
(な、なにこいつ?!)
「君が小間使いなら僕は主人か? ふむ。ご主人さまって呼んでもいいぞ」
「……っ!」
心の底から嫌な奴認定をした。




