ミサ
母親はミサを産んだ翌日に息を引き取ったと、父の弟から聞いた。
父親は三つになるミサを捨てて失踪したと、その妻から聞いた。
ミサはずっと厄介者だった。
育ててやった金をかえせ。そうきつく言われ、ミサは十二の年から働きだした。
足りない。足りるわけがない。お前が熱を出したときは高い治療費を払わされた。返すのが当然だ。
ミサは身売りのように錬金術の研究用に使用する検体として働きだした。
父親が自分を捨てて失踪したということが嘘だと知ったのは、父が勤めていた炭鉱にが大きな事故にあい、巻き込まれた父親が入院したと知らされたからだ。
父は毎月おじ夫婦にミサの生活費を払っていた。何度も会おうとしていた。
会わせなかったのは、おじ夫婦。ミサとミサの父親から得られる金欲しさに。父と暮らしたいと言い出さないように会わせずにいたのだ。
あさましく醜い人たちだった。嘘が露見してすぐ馬車の事故で亡くなったのは、因果応報だと悲しむ気持ちはわいては来なかった。
怪我が癒えた父は炭鉱に戻った。離れすぎていて、親子として暮らしだす切っ掛けがわからなかったから。
ミサは検体を止め、錬金術師の助手になった。
***
今日は朝から快晴だった。イチヒトにことわりを入れ、通いの家政婦のトワを手伝いたまっていた洗濯物をいっきに片付ける。トワは申し訳なさそうにしていたが、無理をさせてまたぎっくり腰になられると困るのはミサたちなので、手間でもなんでもない。
仕事を終えて帰っていくトワを見送り、ミサは研究所へと向かった。
昼に届いた備品が床に置かれたままになっている。イチヒトを見ると黙々と錬成式をノートに書きなぐっていた。
ああなると、ちょっとやそっと声をかけたぐらいでは気付かない。
ミサは在庫表に届いた備品を記入して倉庫にしまっていった。片付けが終わったとき、ジリリリリと目覚まし時計の音が研究所内に響いた。
一瞬火事かとあせったが、イチヒトが「終業時間だ」とさっさと机を片しはじめたからミサは何となく力が抜けた。
今日はおやつが無かったから腹が減った、とイチヒトから空腹を訴えられ、ミサは首をかしげる。
「お昼運んだときにもっていった分食べてないんですか?」
特大オムレツにサラダとスープにみかん。それとおやつにとバームクーヘンを持っていっていた。
「みかんとバームクーヘン食後の口直しじゃなかったのか?」
「よく一気に食べれましたね」
けっこうな量があったはずだが。成長期の少年の食欲恐るべし。
「夕飯は野菜と鶏肉のクリーム煮とにんじんのキンピラと白身魚のフライですよ。デザートはみかんゼリーです。」
献立を告げるとイチヒトはうれしそうな顔をした。
ここ最近、イチヒトの態度がやわらかくなった気がする。たんにミサという存在になれたのだとは思うが。
戸締まりをしっかり確認し、研究所をあとにする。
外に出るとイチヒトは空を気にしているふうだった。
ラジオで言ってましたよ、とミサはイチヒトに教える。
「明日も晴れだそうですよ」
「そうか」
明日は休日。街へ映画を観にゆく日。
楽しい一日になるといい。