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カラスが鳴くのはカラスの勝手

下ネタが一ミリも許せないかたは回れ右

「本格的に治療をしよう」と言われたその日から、ヤギイの悲鳴すらあげる余裕のない日々がはじまった。

 部屋のドアを開けると金色のゴージャスな巻き毛をした女が抱き着いてきた。ヤギイは一瞬にして体中ブツブツだらけになった。ついでに気も失いかけた。

 が――。

「安心しろ。僕はノーマルだ」

 無表情に言い放ち、ばっさーとカツラを外すイチヒトだったり(カツラだけでなくミサから借りたワンピースも着用していた)

『おはよう』

 というイチヒトの声に振り向いたらミサだったり(声は録音機を使っていた)

 いきなり肩を叩かれビクっとしたら、女装しているイチヒトだったりミサだったり普通のイチヒトだったり男装しているトワだったり。

 夕方にはヤギイは息も絶えだえな日々がつづいていた。


「なかなかいい反応だとおもわないか?」

 ミサから借りたひざ丈のフレアスカートと胸元にレースのフリルがついたブラウスを着たイチヒトが、お気に入りのクマのマグカップでアップルティーを飲みながらミサに言う。

 ちなみにスネ毛は剃りたくなかったらしくハイソックスでごまかしている。

「何がなんだかわからなくなってきてるだけでは? それよりいつまで女装してる気ですか?」

「スカートは動きにくいとおもっていたが、そうでもないな。すーすーして寒いが」

 ミサは顔をゆがませて、心底いやそうに。

「目覚めたとか言い出さないでくださいよ? ぜんぜん似合ってないんだから」

「恋愛対象が女性のまま目覚めた場合もオカマに分類されるのか?」

「知りませんっ! って、ほんっとやめてくださいよ?! オカマの錬金術師なんてただのお笑いじゃないですか!」

「なにを本気で焦ってる? 僕はちゃんと男だ。安心したまえ」

 ただの冗談だと言われても、ファンシーなクマのマグカップを愛用ている十七歳の女装少年にミサはうろんな視線をなげた。


***

 

「昨日の反応からまた調合を変えてみた」

 そうイチヒトから言われ手渡された粉薬をヤギイは素直に飲んだ。

「……効いてきているだろうか?」

「昨晩はミサと手袋一枚ごしで握手ができたじゃないか。それまでは手の届く範囲にいるだけでブツブツしていたのに。薬がしっかり効いている証拠だ。安心したまえネギ・ブツブツ・ヤギイ」

「ブツブツからはなれてくれ」

「では今日のミッションだ。君、今日は一日ミサとデートしたまえ」

 ヤギイはくらりと目まいをおこした。


 この人このままポックリ死んじゃうんじゃないかしら?

 一メートルほど離れてとなりを歩くヤギイを横目で見ながら、ミサはそっとため息をついた。

 ヤギイの手足の動きはとても奇怪で、なんどとなく転びそうになっていた。

「あの……」

「ぅあはいっ。あ、いえ、ごほん。はいなんでしょうかミサさんいいてんきですね」

「ネギさん、取りあえず深呼吸しましょう。先に息を吐ききって――まだ、まだ吐けます。ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて――」

「お、落ち着きました。ち、治療のためとはいえ気持ちわるいでしょう……?」

 だらだらと汗をながしているヤギイに、ミサはにっこり笑って間をとった。

「いいえ? イチヒトさんのお薬できっと良くなりますよ。今もこうして話せてるじゃないですか」

「あありがとう。どどにも、意識が、意識してしまって……」

「この先の湖は日当たりもよくて、ほかの場所にはまだ咲いていない春の花も咲いてるんですよ? のんびり自然を楽しみましょう? わたしはほんのおまけです」

 七つも年下の少女に気をつかわれて、ヤギイはちょっと情けなくなった。


 たどり着いた湖はこじんまりとしていたが、ボート小屋や屋台もいくつかあり地元ではデートスポットになっていて必ず一度はおとずれる場所。他に遊ぶところがないともいうが、ヤギイには言わなければわからないだろう。

 セオリー通りに二人はボート遊びをすることにした。先にヤギイが乗り込み、ミサが続く。

 ぎこちない様子でオールを動かすヤギイは、小船という逃げ場のない場所で女性と二人でいることの恐怖はあるようだが、外ということで発狂せずにいられているようだ。壁と屋根があったのならひっくり返っていることだろう。

「わたしボートはじめて乗りました。ヤギイさんは?」

 ああ、さっきから会話の全部を気づかわせて女性からさせてしまっている。こういう場合、男の自分が話題を振らなけれないけないのだろうに。と、ヤギイはますます焦る。

「こ、子供のころに一度」

「ご家族と?」

「はい、いえ、いとこ同士で。親戚が遊びに来たときに。兄もいっしょに」

「いっしょに遊べる兄弟がいるのって楽しそうですね」

「みさささんはっ?」

「一人っ子なので―― いとこもいなかったから、うらやましいわ」

「パパリくんとは仲がいいようにみえる」

「そうですか? まあ、ときたま弟がいたらこんな感じなのかしらと思うことはありますけど。あんな生意気な弟なんかいらないわ」

「は、ははは」

 すごいぞ私! 会話が成立しているぞ!

 ヤギイはだらだら汗まみれになりながら舞い上がっていた。はた目からは失神しかけの病人にみえた。ミサは少しビビっていた。

「さ、魚のうろこが日に反射してきらきらしてて、はぁはぁ……きれいですよみさささん」

 さっきからミササさんってだれよ? なんでハァハァしてんの? と思いつつもにっこり笑顔で。

「ほんとう、きれいですね」

 ミサは指先を水につけた。

「冷たくて気持ちがいいですよ? ヤギイさんも手をつけてみたらどうですか?」

 汗ダラダラで見苦し……いや、暑苦しい。

「はっははい。あっ!」

「きゃっ!」

 急にポールを離したせいで、一本湖に落としてしまった。

 ぷかぷか浮いているポールは手が届きそうで届かない。

 残ったポールを使い側に寄せようとするも、非情にもますます遠ざかっていった。

「あ! あの! すみません」

 その時タイミングよく足漕ぎ型のボートが通りがかった。乗っているのはつばの広い帽子をかぶった女性一人だった。ミサは片腕をあげて呼びとめる。

「ポールを流してしまって、できればこちら側に押していただけませんか?」

 足漕ぎボートのお姉さんは、こくりと頷きボートを漕いだ。ボートのふちにポールをあてミサたちの方に流す。ボート同士が近づきミサは改めて礼を述べる。ヤギイは接近してきた女性に硬直していた。ヒューヒューと棺桶に入りかけの呼吸をくり返している。

 ミサが水面のポールに手を伸ばそうとしたとき、足漕ぎボートの女性が先にポールを取ろうと身を乗りだし――。

「あぶないっ!」

「ばっ!」

 落ちそうになった女性を助けようと、とっさに手を伸ばしたミサが。

 ザブンッと湖に落ちた。

「ミサっ!」

「みささん! ってえ?! パパリくん?! また女装?!」

「あとにしろっ。お前泳げるならさっさといけ!」

 女装姿の少年に怒鳴られて一瞬呆けそうななるが、そんな場合ではないと水面でもがくミサに腕を差しのべる。足場の悪いボートの上だ思うようにいかない。ミサのもがきが小さくなる。ヤギイの焦りがひどくなる。

「あいつ泳げないのか?」舌打ちし、イチヒトはコートと帽子とかつらを脱ぎ捨て、水に飛び込んだ。途中まである右腕をボートのへりにかけ、左腕一本でミサの腰をつかみ水面に引きあげる。

「ブツブツ引きあげろ……!」

「ブツブツと呼ぶなっ!」

 怒鳴り返しながらヤギイはずぶ濡れのミサを抱きかかえるようにボートへと助けあげた。


 ミサはボート小屋でずぶ濡れになったコートとワンピースを脱ぎ、イチヒトが着ていた女物のロングコートを着た。見覚えがあったので、たぶんトワのものだろう。

 イチヒトがここまで車で来ていたので、研究所に急ぎ引き返した。


***


 ミサは熱いシャワーを浴び、ほっとしたら直ぐに風呂から出た。冷たい湖に落ちたのはイチヒトもだから、彼も早く体を温めなければならない。

 食堂と談話室の中間にある薪ストーブの前で毛布にくるまっているイチヒトと場所を交代する。

 イチヒトに問いただしたいことは人心地ついてからだ。


 ハチミツとショウガのお茶をすすりながら問われるままにイチヒトが答える。

「ようするに、相手の命がかかったら状況なら君は必ず異性にさわれる。と確信したんだ」

「それであんなことを?」

「予定ではブツブツの近くで帽子かハンカチを落として、それを拾おうとして湖に僕が落ちるつもりだったんだ」

 ミサが落ちたのは想定外だと、イチヒトはいう。

「まあ結果、いちおう本物の女に触れるようになったんだから目的ははたしたがな」

「いちおうってなんですか?」

「…………」

「どうしたブツブツ?」

 イチヒトは俯いてなにごとかを呟いているヤギイに怪訝な顔をむける。

 ヤギイは「動悸も息切れも目まいもじんましんもカユミもなにも出ていなかったぞぉ!!」と立ち上がり両手を天高く(といっても天井がある)突き上げた。

 イチヒトとミサは「何こいついきなり?!」という目をやった。

「パパリ子くん! ありがとう!」

「子ってなんだ? 僕の薬のおかげだ。ありがたくおもえ」

「ミサさん! ありがとう!」

「ど、どうも」

 ヤギイはこぶしを握りしめフルフルとふるえた。

「これで……これでっ! 私もやっとオ【 作 者 自 主 規 制 】もシ【 良 い 子 は 考 え る な 】もできるのかっ?!」

「君、妄想しすぎて趣向があらぬ方向にいってないか? たぶん一般的に嫌がられるとおもうぞ?」

 イチヒトは半眼になって抑揚なく言う。ミサは意味が分からなかったが、知らなくていい世界の事だろうと心で耳にフタをした。

「ミサさんっ!」

「え? あ、はい?」

「本当に治ったのか確認させてくれ!」

「ひっ!?」

 血走ったまなざしとともに飛びかかってこられミサは怯えた。

「落ち着けブツブツ」

 イチヒトは片眉をぴくぴく動かしながら、左手でヤギイの顔面をガシッと掴んで止めた。なんでも片腕でこなすイチヒトは、腕力も握力も左に集中しているので、左腕の筋肉だけはけっこうある。研究職の錬金術師には到底外せないだろう。

 ぎりぎりと顔面を掴まれ「お、落ちついたから離してくれ! 頭が割れる!」とヤギイは騒いだ。

 ミサはイチヒトの後ろに避難し、部屋のカギを増やそうかと考えた。


***


 部屋のガキを増やすまでもなく、意気揚々とヤギイはその日のうちに荷物をまとめ、ひと月分の薬を受け取り帰っていった。

 駅まで車で送ってやり、付き合いで汽車を見送ったイチヒトとミサは、過ぎさった嵐に全身の力がぬけた。

 そういえばと、ミサ。

「女性アレルギーの治療薬って、ホルモン系の薬になるんですか?」

「ならない。ブツブツのは乳糖だしな」

「にゅうとう?」

「偽薬。たまにちょっと小麦粉と片栗粉もまぜて変化をつけてみた」

「…………」

 ミサはそっと空を見上げた。イチヒトもなんとなくそれにならう。

「女性アレルギーの反動……でないといいですね」

「……捕まらない程度に理性が働けばな」


カラスが一羽、カァーと鳴いて羽ばたいた。



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