ただいま治療中
ネギ・ヤギイは、それはもうりっぱな女性アレルギーだった。
二階の窓から外にいるミサを見せ、会話をさせる。これはまだ大丈夫のようだ。ついでテーブル越しに会話をさせる。事前の心がまえがあれば汗をかく程度でなんとかなるとわかった。予告していても触るのはまったくダメだった。カニのように泡を吹くことはなかったが、心臓はバクバクと破裂しそうないきおいで、赤いブツブツが皮フをおおい―― 白目をむいた。
女性の話題になるとたまにブツブツがでる。写真もたまにブツブツがでる。それでもまあ、そういった面は正常のようで、顔を赤らめながらそういう写真を眺めたあとで……やっぱりブツブツさせている。
「ふん。ミサ、きみ下着姿になってブツブツに見せてみるか?」
「ぜったいイヤです」
「ブツブツをあだ名にしないでくれ」
「ビキニ姿とブラとショーツ姿のなにが違うのかわからん。水着だとおもえば同じだろう?」
「ぜんぜんまったく違います」
こんな感じでヤギイのアレルギー治療は遅々として進んでいなかった。
***
ヤギイは朝夕食後にイチヒトが調合したアレルギー薬を飲む。配合はヤギイの症状をみながら毎日変えられていた。
「子供のころは平気だった。十二、三歳ごろから近づくとじんましんが出はじめて、パパリくんくらいの年にはもう今くらいダメになっていた」
食堂で両肩をガックリと落として食後のお茶を飲むヤギイ。
イチヒトは新聞を読みながら半分聞きながし、ミサは一人談話室で編み物をしていた。ようしてブツブツだらけになる人物に近づこうとはおもわない。
「すれ違うだけで真っ赤になって汗をだして発赤がでる。そんな私を大抵の女性は『やだなにこの人?』という目で見る。とても悲しいんだ。それに、私ももう二十六だ」悲痛な声でヤギイはつづける。両手がわなわなとふるえていた「私だって……私だって女性といろいろしたい!」
彼はとても真剣だった。ミサは編み物を片づけだした。
「売春宿にでもいって、ショック療法でもしてきたらどうだ? 勃たないわけじゃないんだろう?」
「勃つとも! だがしかし! 君も一度味わってみろ! 血圧が上がって血流がとんでもないことになって、毛細血管という血管が破裂しそうなあの恐怖感を!」
「イチヒトさん。わたしお風呂最後でいいですから。部屋に戻ります。おやすみなさい」
「ん。おやすみ」
「おおおおおおおおおおおおおおやおやおやすみいぃ」
ミサは、顔を真っ赤にしてあいさつし返すヤギイに、あいさつだけでそんなになるなら軽くでも下ネタ言うの止めなさいよねと言いたかったが、彼なりに真剣そうだったので黙ってその場をあとにした。
「あいさつできるようになったじゃないか。ブツブツも出てない。薬が効いてきてるんだ」
「そ、そうか?」
「そうだ」
根拠なくイチヒトは言いきった。
だいたい――。
「だいたいブツブツ、好き嫌いはいけない。なんでもおいしく食べたまえ」
食べたくても食べられないのとは違って、彼のアレルギーは心意的なものだ。
ミサに寝ているネギイを触らせたことがあるが、アレルギー反応はまったく出なかった。
「なんだいきなり? だから妙なあだ名をつけないでくれ」
「明日は会話ではなく手をつないでみよう」
「むむうむりだ!!」
「だいじょうぶ。安心したまえ。明日の朝一番に新しく調合した薬を処方する」
やっぱりイチヒトは根拠なく「だいじょうぶだ」と繰り返した。
内心、とっとと帰ってくれとおもいつつ……。