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帰り道

 結局、首都のホテルで過ごしたのは四日間だけだったが、美味しい料理に一流のもてなしにと、休暇は十分に楽しめた。格式が高くて肩が凝った面もあるが、おおむね良かったと思う。と、言うのがミサの感想で、イチヒトはたった一言「面倒くさかった」である。

 イチヒトの研究所に帰る日の昼に、約束通りイチヒトが先生と呼ぶオーガイドと三人で食事をした。ミサがなにやら耳打ちされていたようだが、イチヒトには内容はまったくわからなかった。女性が好きな先生だから挨拶代わりに甘い言葉をはいているのだろうと、呆れた視線を向けただけだ。


 とにかく義理と義務は果たした。これでまたしばらくは自分の研究所に引き籠れる。誰に邪魔されるわけでもなく。誰を気にする必要もなく。

 いや、そうでもないか。

 イチヒトは隣にいるミサを横目で眺めた。


***


 会食が終わったあとそのまま駅へとハイヤーで移動した。駅まで行く馬車の方が安いのにと、貧乏くさい事をぶつぶつ呟いているミサに「君、そんなに給料少ないはずはないだろう? 実情はどうあれ錬金術師の助手だ」とイチヒトは言った。

 実情はどうあれってどういう意味ですか? とミサ。

「助手ってそんなにお給料高くないですよ? 食住込ですからその分天引きされてますし」

 人事についてイチヒトは管轄外でまったく知らない。聞いて初めて、そうなのか? と知った。

「給与が良いから選んだんじゃ?」

 少し前に確かそのようなことを言っていたはずだ。

「前職はそうです。お金が入用だったので」今はそうでもないので、給料が下がってもやりたいと思った実験に関われる助手の仕事を引き受けた。

「年増が勘違いして男に貢いで借金にまみれたのか。清く正しいだけの人生はつまらんとも聞くが」

「親が重い病気で、治療費が必要だったので」

「ありがちで嘘っぽいな」

「ですよね。うそです。―― 男に貢いでいたら一時でも優しさとか甘さの見返りがあるんでしょうけどね」

「…………」

「もう死にましたから」

 誰がとは言わず、くすりとミサは目をふせて笑う。

 

 汽車に乗り込み二人掛けのボックス席を確保する。

 汽車の中で食べるといいと、オーガイドに持たされたみかんを頬張りながら発車を待つ。

 ベルが鳴り、周囲が慌ただしくなる。ガタンと一度大きく揺れて、汽車が動き出した。都会を抜けていくつかの町を抜けて、カタタンカタタンと汽車は順調に進む。

 イチヒトはみかんを一つ手に取って、お手玉のようにしていたら、食べ物で遊ばないとミサに叱られた。

「剥いてくれ。さっき歯で皮を剥いたら苦かったんだ」

 みかんを受け取り、ひと房ごとに分けるミサを眺めてふと、イチヒトはそういえばと口にする。

「君は、仕事上の小間使いだからだろうが、僕のすることに手を貸そうとしないな」

「はい?」

「いや、今までだいたい僕の腕を見たら介助しようとするやつらが結構いたから」

「ああ。たまに手が出そうになりますよ? でもあなた平気でしょう? だったら余計なお世話でしょう」

 最初は片腕がない分のサポート的役割もあるのだと思っていたが、本当に余計なお世話だと思えるほど、イチヒトは器用だ。

「腕のない可哀想な子だから助けてあげるとか思わないのか?」

「思われたいんですか?」

「いやまったく。君くらいの接し方が煩わしくなくて丁度いい。そう言えば、先生に何を言われていたんだ?」

「え? ああ」とミサは半目になった。

 物凄くくだらない事を言われたのだろう。そんな顔つきだ。


『イチヒトはどうにも女性に奥手でね。お姉さんとのドキドキ同居生活を十分楽しんでいるだろうか?』


「弟子を心配する方向性が激しく間違ってる人ですね」

 先生に対する感想だけ聞かされたイチヒトは、意味がわからず首を傾げてみかんを口に放り込んだ。


この二人、いったいいつ名前を呼びあうんだろう。

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