一滴落ちて。キッカケはいつも、すぐそばに。
所変わって、此処はノーリアッチ王国とジーニアス王国の国境付近。門兵達が国境破りたちを見逃さないため、昼夜問わず監視をする中、その少女は、その禁忌ともいえる策を実行していた。
門の上部に、円状に結んだ麻紐のようなものを頼りに、彼女は門の外壁をよじのぼっていた。時刻は真昼すぎ。普段であれば目立つその行動は、しかし誰の目にも届かずに行われていた。なぜなら、ここは門が囲んでいる地域の中でも、もっとも治安の悪い場所。ノーリアッチ王国の唯一の汚点ともいえる、貧民街側だったからだ。いくら国内の悪行を止め続けている憲兵たちも、好んでこのような場所に入ってまで監視するようなやつはいない・・・と、いうのが、彼女『トート』の考えだった。・・・が。
「こぉら!!お前さん、なーにやっとるんじゃあぁぁ!!!」
彼女が頼りにしていた紐が、左右に揺れる。否、揺らされている。今今聞こえたばかりの声。ということは、つまり。
「気付かれちゃったかっ、ちょっとやっばいかも!?」
すぐさま彼女は、自分の懐から、それを取り出す。自己防衛としては十分すぎる、それ。間違えば人が死んでしまうであろうそれは、拳銃で。少女はそれを何のためらいもなく、真下から振り落とそうとしてくる人物に向ける。青の瞳が、冷たく輝いた。
「邪魔をするなら・・・撃つよ?」
その一言で、自分の真下に居た人物は怯んだようだった。先ほどから揺れていた、麻紐の動きが安定する。初老の男性は、自分よりも遥かに若い、しかも女性が拳銃を向けてくるなんてことは予測できなかったようだった。さっきまでの威勢のいい大声は何処へやら、といった具合で、無様に地面に座り込んでいる。プレハブ作りの、いかにも耐久性が無さそうな家々から、次々と野次馬が集まってきており、それら全員が一様に彼女を見上げている。その表情はさまざまだが、怯えや、驚きといったものが多いかった。
「・・・ごめんねー。別に脅かすつまりは無かったよー」
それに呟くように謝罪。しかし、当然のようにそれは彼らには届かない。それでいい、と彼女は思う。だって、わたしは今日、この国を抜けるのだから。