第7話 聖女VSイレイザー
王城、神殿区画。
高い天井。
白い柱。
静かな祈祷の間。
聖女は、跪いていた。
両手を組み、
目を閉じる。
光が、集まる。
柔らかい。
温かい。
包むような光。
それはいつも通りだった。
騎士の傷に触れれば癒え、
不安に触れれば和らぐ。
王都の結界に流せば、
穏やかに満ちる。
神は、応えている。
だが。
聖女は、目を開けた。
正面。
白い扉の向こう。
そこにいる。
イレイザー・ルクレール。
聖女は立ち上がった。
扉が開く。
静かな足音。
ドレスの裾が、石床を撫でる。
「お呼びと伺いました」
穏やかな声。
聖女は微笑む。
「ええ。少しだけ、祈りを」
イレイザーは首を傾げる。
「祈り、ですの?」
「王国の安寧のために」
嘘ではない。
聖女は両手を広げる。
光が溢れる。
白く、澄んだ光。
部屋を満たす。
壁に反射し、
床に落ち、
天井へ昇る。
いつも通り。
温かい。
聖女は、その光を、
ゆっくりと、彼女へ向けた。
触れる。
――はずだった。
光が、揺れた。
わずかに、歪む。
まるで、水面に落ちた雫のように。
イレイザーの周囲で、
光が、曲がった。
逸れた。
滑った。
聖女の眉が、わずかに寄る。
「……?」
光を、強める。
祈りを深くする。
胸の奥の神性を、解放する。
白が濃くなる。
空気が震える。
だが。
届かない。
触れない。
光は彼女の輪郭に沿って流れ、
そのまま床へ落ちる。
影すら、できない。
聖女の指先が震えた。
「拒絶……?」
違う。
拒絶ではない。
弾かれていない。
ただ、
“対象に含まれていない”。
聖女の喉が、乾く。
「……なぜ」
イレイザーは、静かに見ている。
微笑みもせず、
敵意もなく。
ただ、観察している。
聖女は、一歩近づく。
光を、さらに集中させる。
一点に、束ねる。
まるで祝福の刃のように。
それでも。
光は、彼女の肩の手前で、
緩やかに、曲がる。
空間が、ほんのわずかに、波打つ。
聖女は、悟る。
これは、強さの問題ではない。
善悪でもない。
信仰でもない。
枠だ。
神の定めた“枠”。
その内側に、
彼女はいない。
聖女の声が、かすれる。
「あなたは……」
イレイザーが、静かに答える。
「加護は、必要ございませんわ」
優しくも、冷たくもない声。
ただ、事実を告げる声。
聖女の胸に、わずかな空白が生まれる。
祈り続けてきた日々。
神の声。
奇跡。
すべてが、正しかった。
だが。
正しさが、届かない存在がいる。
聖女は、手を下ろした。
光が、ゆっくりと消えていく。
部屋が、静寂に戻る。
「……怖くは、ないのですか」
聖女が問う。
「神に触れられないこと」
イレイザーは、少しだけ考えた。
「神が触れられないだけですわ」
一拍。
「私は、ここにおりますもの」
沈黙。
聖女は、視線を落とす。
指先が、かすかに震えている。
「私は……祈ることしかできません」
イレイザーは、静かに言った。
「それで十分ですわ」
「選ぶのは、私ですもの」
その瞬間。
聖女の胸の奥で、
何かが、ほんの少しだけ、軋んだ。
信仰ではない。
恐怖でもない。
物語の、中心軸。
自分が、主人公であるはずの世界。
その中心が、
わずかに、ずれた。
イレイザーは一礼する。
「ご確認は、以上でしょうか」
聖女は顔を上げる。
目は、まだ澄んでいる。
だが、どこか揺れている。
「……ええ」
イレイザーは踵を返す。
扉の前で、ふと足を止めた。
振り返る。
聖女はまだ立っている。
光の残滓が、指先に淡く揺れている。
私は、静かに微笑んだ。
「聖女様」
穏やかな声。
「加護は、必要ございませんわ」
一拍。
白い祈祷の間に、わずかな緊張が走る。
「物語の外には、届きませんもの」
沈黙。
聖女の瞳が、わずかに揺れた。
光が、かすかに乱れる。
私はそれ以上何も言わず、
扉を押す。
静かな音。
白い部屋に残るのは、
届かなかった光だけ。




