第5話 噂
王都。
朝。
石畳の通りに、いつもよりざわめきが多い。
「聞いたか?」
「訓練場が……消えたらしい」
「消えた?」
「穴だ。一直線に、端から端まで」
市場の女たちが顔を寄せ合う。
「王子が泣いたって話よ」
「騎士団長が膝をついたとも」
「嘘でしょう?」
「でも、王宮の修繕費が急に増えたのは本当だって」
噂は、尾ひれをつけて走る。
・王宮半壊
・騎士団壊滅
・隣国の精鋭が全滅
事実は曖昧。
だが、方向だけは揃っている。
――ルクレール家の令嬢。
――あの血は、別格だ。
王都中央広場。
吟遊詩人がハーブを鳴らす。
「♪王国に生まれし、白き怪物~」
「怪物はやめろ!」
衛兵が怒鳴る。
しかし、聴衆は笑いながらも耳を傾ける。
「怪物ではない。守り神だ」
「いや、化け物だろ」
言葉が、揺れる。
その頃。
王宮、謁見の間。
国王は報告書を閉じた。
「“王国最強の血”……か」
側近が静かに答える。
「民衆の間で広がっております」
「止めるか?」
一瞬の沈黙。
国王はゆっくり首を振った。
「いや」
「止めれば、恐怖だけが残る」
窓の外、王都の屋根が並ぶ。
「いずれ名は形になる」
小さく言う。
「ならば、我らが先に定義する」
王都北区。
酒場。
隣国訛りの男が低く呟く。
「接触なしで壊滅なんてありえねぇ」
仲間が肩をすくめる。
「寝ていただけらしい……」
「……嘘だ」
「だが生存者は“動けなかった”としか言わん」
男はグラスを置いた。
「報告を上げろ」
「“対象は兵器ではない”と」
「では何だ」
静かに言う。
「災いだ」
夜。
ルクレール邸。
執事が静かに告げる。
「お嬢様」
「何かしら」
「王都に、名が広がっております」
私は紅茶を口に運ぶ。
「どういうことです?」
「“王国最強の血”と」
少し考える。
「まあ」
窓の外、王都の灯り。
遠く、どこかで歓声が上がる。
祝祭のように。
恐怖のように。
私は首を傾げた。
「血は、ただの血ですわ」
カップを置く。
――ピシッ。
カップの下の白い皿に、蜘蛛の巣のような亀裂が広がった。
「あら」
小さく息をつく。
「少し、強く置いてしまいましたわ」
執事は何も言わない。
王都では、その夜も噂が広がる。
王国最強の血。
守護か、災厄か。
まだ誰も、答えを知らない。
ただ一つ。
王都の空気が、わずかに変わった。
見えない重みが、
街を包み始めていた。




