第15話 帝国の影
帝国、黒曜宮。
広いが、華美ではない。
長い机。
地図。
数字。
兵站表。
壁には大陸図が掛けられている。
その前に、男が立っていた。
帝国皇太子。
年若い。
だが背筋は伸び、視線は揺れない。
扉が開く。
密書が差し出される。
「王国より」
皇太子は受け取る。
封蝋を見て、わずかに目を細める。
王家の紋章。
開く。
静寂。
読み終えるまで、誰も喋らない。
やがて紙を閉じる。
「……面白い……抑止力、か」
低い声。
側近が問う。
「脅威でしょうか」
皇太子は首を振る。
「違う」
一拍。
「構造だ」
地図に近づく。
王国の位置を指でなぞる。
「王は理を選んだ」
「王子は疑いを選んだ」
「騎士団は均衡を支持」
「商会は確定を欲している」
淡々と整理する。
「内部は繊細だ」
側近が問う。
「攻めますか」
皇太子は笑わない。
「愚策だ」
一拍。
「均衡装置は、傾きに反応する」
「ならば傾ける」
側近が眉を寄せる。
「戦を?」
「違う」
地図の王都に、小さな印を置く。
「内側だ」
静かな声。
「商会へ資金を流せ」
「保険料をさらに揺らせ」
「聖女派へ学術支援を」
「王子派へ、理論武装を」
側近が息を呑む。
「内乱を誘うのですか」
皇太子は首を振る。
「誘わない」
一拍。
「可能性を増やすだけだ」
沈黙。
「均衡装置は“崩れそうな時”に重くなる」
「ならば崩れそうな状況を増やす」
側近が低く言う。
「それは……観測ですか」
皇太子はようやく微笑んだ。
「実験だ」
窓の外。
帝都の空は晴れている。
「王国は敵を外に定めた」
「だが本当に脆いのは内側だ」
密書を再び見る。
「王子は賢い」
一拍。
「だが焦っている」
指先で机を軽く叩く。
「彼に選択肢を与える」
「その選択が均衡を揺らす」
「そして」
静かな声。
「怪物が動く」
沈黙。
側近が問う。
「もし動かなければ」
皇太子は即答する。
「それもまた価値だ」
一拍。
「動かぬなら、均衡は強固」
「動けば、制御不能」
どちらでも情報になる。
「王国は均衡を持った」
「ならば我らは」
視線が遠くを見る。
「均衡を設計する」




