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太陽と二輪の向日葵


 季節は再び三巡し、僕は10歳となった。子供の脳はまるでスポンジであり、学習するにあたってよく物を覚えるが、絞れば多くを忘れていく。


 僕はもう前世の母の顔も思い出せない。

 多分、死んでいくんだろう。前世のあの愚か者は僕の中から消えてゆくのだ。

 しかし恐ろしくはない。消えるのはあくまであいつであり、少年テルミドール・テルール=ロベスピエールはここにあり続ける。


 「テルミドール!」


 彼女の声を聞いて草むらから飛び出る。純白のウサギは僕に驚いて後ろに大きく跳んだ。


 「シャルロ!」


 彼女はその兎を空中で掴まえ、一瞬にして首の骨を折った。


 「ナイス!」


 今日の収穫にハイタッチ。ここ一年で僕らは共に狩りをする仲になっていた。


 「今日の夜一緒に食べよこれ。」


 彼女は成長するにつれ美しくなる。もはや男装が意味をなさない程であり、ますます僕は彼女を好きになってしまう。


 「いいのか?」


 …あの日から僕の気持ちは揺らいでいない。僕は未だにあの艶美で脳みそが茹でられるような感覚を忘れられない。

 だがその気持ちを彼女に打ち明けることはない。

 彼女は僕以外の異性を知らないのだ。そんな状態の女性に想いを告げるのは卑怯だろう。


 「一緒に獲った奴だしいいでしょ。」


 「それにお父様も貴方のこと結構気に入ってるみたいだし。」


 「だからさ、今日は夕飯食べに来てよ。」


 あまりに可憐な上目遣い。今はそれ以外映り得ない。

 

 「ならそうさせてもらうよ。」


 「ところでさ、どう?大学はさ。」


 9歳の時、僕はパリス大学に入学し今は飛び級で2年生だ。

 大学での日々、年齢が年齢である為可愛がられたり不気味がられたりするがこれと言って不満はない。だがこれと言って楽しいこともない。

 対等な友というものが居ないのだ。


 「あんまり、かな。勉強面で不安はないけど、ほら、みんな年上だから。」


 故に彼女と過ごすこの時間が心地よい。僕にとって対等な友達は彼女だけだったのだ。


 「そうなんだ。学校って難しいね。私もう学校行ってないから分かんないけど。」


 死神の娘、その肩書きは生徒だけでなく教師をも恐れさせた。その為学校長が頭を下げて"学校を辞めてくれませんか"と言ったらしい。


 馬鹿ばっかりだ。ボンボン共を産まれた場所が良かっただけの阿呆とか妬むくせに、死刑執行人の家に産まれた娘を嘲笑うのか。

 僕の父親がこのような間抜けではなく本当に良かったと心から思う。


 「ん?テルミドール、誰か来る。」

 

 枝が落ちる音、木の揺れる音、草を分ける音。体重はそんなに重くはない、身長も高くはない。熊ではない、猪でもなさそう。

 木々の垣間に見えた人の形。僕らと同じくらいの男の子か?


 「迷子?」


 僕が呟いた時、その男の子と目が合った。

 金髪のパーマ、ラピスラズリのような青い瞳、仕立ての良過ぎる服に青い血管が透けて見える肌。

 一目見て理解した。貴族の、それもかなり有力な貴族の子だ。それもかのイヴリーヌ宮殿に居るような貴族の子。


 「う、うん。」


 彼はこちらに近寄ってくる。そして彼が近くに来るたびにその仕立ての良過ぎる服に着いた装飾が見えてくるのだ。


 「君、名前は?」


 彼女は彼に名を尋ねる。多分シャルロはこの子貴族だろうな程度にしか思っていない。


 「オーギュスト。」


 オーギュスト?その名前…何処かで聞いたことがある。何処の貴族の子だっけか…オルレアンか?いや、まさかオルレアンの子供がこんなところに居るわけがないか。


 「二人の名前は?」


 「あぁ、僕はテルミドール・テルール=ロベスピエール、こっちは…シャルロ、シャルロだ。」


 「ありがと、テルミドール。」


 彼は彼女が持っていた兎を指さす。


 「首の骨を折って殺したの?」


 彼女はその質問に短く頷いた。すると彼は顎に手を当ててしばらく考える。

 本当に上品な所作だ。一挙手一投足に気品がある。

 これが本当の貴族であるのなら、僕は貴族になれる気がしない。

 なろうとも思わないが。


 「君、シャルロ・アンリ・アンサングでしょ。」


 僕らはこれに驚きを隠せなかった。どうしてこんなに少ない情報で分かったんだ。


 「やっぱりね。農民の子が農民であるように、処刑人の子も処刑人だ。」


 シャルロはなにも言い返さなかった。


 「死臭は消せないよ。」


 流石に僕も我慢できなかった。目の前でこんなにも友人をバカにされて黙ってられる訳がない。


 「そこまで言うことはないだろう。」


 「言うよ、彼女は卑怯者だ。みんな押し付けられた生き方をして、それに文句も言わず我慢している。」


 「そう言えるのは君が貴族だからだろうに…」


 「僕よりも賤しい生き方をしている人は居ないよ。しがない第三身分の子よ。」


 僕が反論を考えている時、大勢の足音が聞こえた。馬の嘶きが森を裂く。


 「オーギュスト殿下、ここにいらっしゃいましたか。」


 あの赤い軍服、王室お付きの近衛兵の軍服だ。なぜ彼を探していた?

 一体君は誰なんだ、オーギュスト…


 「シャルロ、テルミドール、僕の名前言ってなかったね。」


 「僕の名はロイス・オーギュスト=ラソレイユ、この国の王太子だ。」


 王太子だと!?では彼はロイス16世となられるお方じゃないか。


 「アデュー、善き人達。」


 王太子は去っていく。あまりに多くの人達を連れて。

 ロイス15世が死なば、彼は新しい太陽となる子である。

 そんな子がどうして…あんな事を言ったんだ?


 「ねぇ、テルミドール。さっきさ、オーギュスト、いえ王太子様は自分の事を賤しいって言ってたよね。」

 

 「どうしてなんだろう。」

 

 僕ら二人はその理由について考えたが、答えはでないままだった。

 ただ一つを除いて。


 

 

 

 

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