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春夏秋冬の窃盗犯

 僕は父親と共に死神の元に向かった。


 死神、僕はそれが意味する所を知らないが父の重々しい表情を見るにとても恐ろしい人と会うんだろう。


 「テルミドール、私はね、この身分制度が憎いんだ。」


 父親は唐突に語りだした。


 「王の子は王へ、農民の子は農民へ、身分制度は生まれながらにして生き方を固定してしまう。」


 「私の親友は死神になんてなりたくなかった。でもなるしかなかった。」


 「私はそんな不条理を許さない。」


 「全ての刑における罰則が全ての身分で一致することによって身分制度は崩壊する。」


 「私はこの世界を壊したいんだ。」


 父様は初めて僕の前で本心を吐露した。


 「僕にもそのお手伝いできますか?」


 「じゃあまずは魔法裁判で実績を積む所からだね。」


 数秒もたたない内に父様は父の顔になっていた。


 「着いたよ、死神の住処さ。」


 広い庭に黒い屋敷、少し腐ったような臭いがするそこはまさに死神が住まう所だった。

 曇天の空の下をカラスが飛んでいる。

 玄関に着いた時、父は欠けた呼び鈴を鳴らした。

 ただ高くも低くもない衝突音だけが響く。

 扉が開かれた時、そこには死神が居た。


 「久しぶりだな、フランソワ。」


 白すぎる肌と高い背、生気のない瞳に色の薄い唇、そして悪魔のような低い声。


 「やぁ、バチスト。」


 彼こそがムッシュ・ド・ソレイユ(ソレイユ処刑人)、バチスト・ジョン・アンサングである。


 「シャルロ、挨拶なさい。」


 死神の足に隠れる一人の娘。齢は僕と同じくらいだろうか。


 「こ、こんにちは。」


 艶やかなロングの髪、父譲りの白すぎる肌、純粋な青い瞳。まるで天使がこの世に舞い降りたような容姿をしていた。


 「こんにちは。テルミドール・テルール=ロベスピエールです。」


 僕は貴族向けの作法でその娘と死神に挨拶をする。

 どうしてだろうか、この心臓を掴まれる感覚は。


 「ちゃんとしているな。」


 死神がしゃがみ込む。死神の冷たい瞳が僕を見つめる。

 僕はその瞳の奥に幾百もの死を見た。


 「君、将来は弁護士に?」


 「は、はい。僕は正しい事をしたいので…」


 「そうか。よく励むことだ。」


 少し微笑む死神に私は父親を感じた。

 そうか、こんな恐ろしい人も誰かの、この娘の父親なのだ。

 そう思った時、僕は死神が恐ろしくはなくなった。

 バチスト・ジョン・アンサングはただの一人の大人である。


 「雨が降るといけない。上がりなさい。」


 バチストの屋敷に足を踏み入れた。

 中は外の物言いのない不気味さとは一変し、ただの貴族の屋敷でしか無かった。

 無駄に広くて無駄に豪華。

 客間に通された僕らはふかふかのソファに座る。

 そして出された紅茶を啜り、菓子を食うのだ。

 対面にはバチストとその娘、シャルロ・アンリ・アンサングが座っている。


 「シャルロ、テルミドール君にお庭を案内しなさい。私はフランソワと大人の話をする。」


 「承知しました、お父様。」


 僕は彼女と共にその部屋をでた。正直、僕としても彼らの大人の話を聞きたかったが、見た目が見た目だ。資格が無いものは例えどんなに聡く立派であっても、専門家の話を見出してはならないだろう。


 「ねぇ、えっとテルミドール?お父様って今から何の話をするか分かる?」


 父親と話していたときとは打って変わって、年相応の幼子の声となった。


 「たしか、死刑の方法を全ての身分で統一するならどの方法がいいのか、って話だと思う。」


 「絞首刑じゃないの?」


 身分制度とは恐ろしいものだ。このような幼子、それも女児の口から絞首刑など、恐ろしい単語を吐き出させる。


 「斬首なんじゃないかな。絞首刑は長く人を苦しませてしまうから。」


 「あんたって弁護士の癖に何も死刑のこと分かってないんだね。」


 ついてきな、と言って彼女は裏庭のとある場所に僕を連れて行った。


 その場所にはポツンと小屋があり、その中には一振りのロングソードが置いてある。

 彼女はそれを手に取り、地面に1つの線を引いた。


 「この剣でこの線の中心を斬らなきゃならない。しかもこれは毎秒ちょっとズレる。」


 「斬首を成功させるにはってことか?」


 「うん。首と胴体は以外に離れたがらないもので、首の第一頚椎の下の部分、つまり大きさ数ミリのアトラスの足を正確な角度で砕かなきゃならない。」


 彼女は僕の背中に回り込み、首の後ろを指でなぞる。そしてその冷たい指はある場所で止まった。


 「ここだね、ここをこの剣で斬り伏せないと首は切れない。絶対にね。」


 僕はその所作にある種の艶美さを感じていた。

 その瞬間からだろう、身体は心を引っ張るもので、僕の身体が産まれもった時に持っていた機能が目を覚ました。

 僕は彼女に一目惚れをしたのだ。

 こんな馬鹿なことが許されるはずが無い。


 「聞いてる?」


 「うん、その斬首の難しさはよくわかった。ところで君はその、それをしたことがあるの?」


 彼女は少し俯いてから答える。


 「斬首はないよ。でも絞首なら一度。」


 「そうか、どんな感じだったんだ?」


 「テルミドール、貴方相当趣味が悪いね。」


 彼女はその冷たい両の手で僕の首を絞める。少しずつ気道が狭まり苦しくなる。僕の形勢途中喉仏が柔らかい指で押し潰される。だが僕の本能はそれに興奮を覚えていた。

 きっと死の恐怖だ。絶対にそうだ。あっちの興奮では断じてないはずだ。


 「ルーナ夫人はこうやって苦しんで死んだんだよ。私の体重が軽すぎたからね。」


 絞首刑は縄で首を括った後に、執行人が罪人に体重をかけて罪人を窒息に至らせる。

 しかし、少女の体重は軽すぎて罪人を殺しきることがなかなかできなかった。


 「…ッ!っはぁ…はぁ…」


 彼女の手が緩む。そうか、これが死刑か。この苦しみが数分続くのか。

 こりゃ、死ぬよな。


 「わかったら二度と聞かないで。私は死神の娘だから貴方を不幸にする魔法をも使えるんだよ。」


 腰が抜け、地面に尻もちをついている僕に彼女は言い放った。


「人間にそんな事ができるかよ。」


 魔法なんて所詮小さな自然現象に過ぎない。人を不幸にする魔法なんてあるかよ。暖炉の火種程度が限界の力に。


 「しかし非礼は詫びよう、マドモアゼル。」


 「別に気にしてないけど…人間か、屋敷の人以外にそう言われたのは初めて。」


 「というと?」


 「え?いや、私のお父さんは死刑執行人で、しかも私、女なのに処刑人になんて…」


 彼女はその先を言わなかった。


 「ねぇ、なんで貴女は弁護士になりたいの?お父さんが弁護士だから?」


 「親は関係ない。ただ僕は正しい事をしたいから弁護士になりたいと思うんだ。」


 「そう、苦労しそうだね。貴方も。」


 正しい事の為なら僕はなんだってやろう。全ての苦難は正しさの前に意味を為さないのだから。


 「シャルロ!」


 彼女の父親の声。その声色は子をよぶというより明らかに叱る声だった。


 「処刑人の誇り(処刑執行剣)を見せびらかすな!」 


 彼は声を荒らげ、叱るようにして近づいてくる。


 「貴様はバチスト・ジョン・アンサングの"一人息子"としてムッシュ・ド・ラソレイユ(ラソレイユ処刑人)を継ぐ者であろうが!」


 男の平手が彼女に飛ぶ。

 彼女は僕の認識を改めるために剣を引っ張り出した。なら一番の悪はお前だろうがテルミドール。

 僕は彼女と父親の間に割って入りその平手を受ける。

 その一撃、頬に受けたそれの衝撃は予想していたものよりも遥かに大きく、首が勢いよく回りバランスを崩して転んでしまうほどだった。

 顎が外れたかと思うくらいには重かったのだ。


 「な、なぜだテルミドール!」


 これを少女にやろうとしたとは、正気ではない。


 「ぼ、僕のせいなのです、バチスト様。僕は愚かにも斬首刑というものの難易度を知らずに、全ての死刑は斬首によって行うべきであると言い放ってしまったから!」


 「彼女には正当な理由があります!彼女は僕の間違いと認識の甘さを正す為にこのような行動にでたのです!」


 「罰したいと思うのなら僕を罰してください。」


 「貴様…!ならばよかろう!私は善人ではない。国家権力の下の殺人者として貴様を存分に罰してやろう、テルミドール・ロベスピエール!」


 


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