第4話 違和感だらけの婚約破棄
「――――本当なのか、レーリャ。君がアイリス嬢に嫌がらせをしていたいうのは」
人集りを掻き分けて進んだ先でミラキアの目に飛び込んできたのはまさにレーリャ嬢がルーエル王太子殿下からその罪を問われている場面だった。
「……一体、何の話でしょうか殿下。全く身に覚えがありませんが」
殿下の問いに怪訝な顔で答えるのは絢爛な赤いドレスに身を包む紫紺の髪を持つ女性。
ミラキアは彼女の顔を知らないが、状況的にその女性を件の公爵令嬢だと判断する。
(……あっちの金髪の美男子が確かルーエル王太子殿下だったはずで、話の通りならその対面にいるのがレーリャ公爵令嬢。それで殿下の隣にいるのは…………見覚えがないけど、たぶん、あれがアイリス子爵令嬢かな)
ミラキアの思った通り、殿下の後ろに控え、怯えたような表情を浮かべた白のドレスと茶色の髪が特徴の女性はアイリス子爵令嬢。
どこか小動物のような可愛らしさを感じさせる彼女だが、ミラキアにはそれが不思議と作りものめいた雰囲気に見えた。
「と、惚けないでください!学園で私の持ち物を隠したり、階段から突き落としたり、他にも色々……直接、暴力を受けた事だってありました!」
「……お前は何を言っている?学園で何度か見かけはしたが、私はお前と話すこと自体、今日が初めてだ。それを私が嫌がらせ?そんな事をして一体、何のメリットがある?」
殿下の後ろに隠れながら自身にされてきた仕打ちを論うアイリス嬢だったが、それに対してレーリャ嬢は淡々と反論する。
その論には特に矛盾や不審、動揺もなく、本当に疑問を問い返しているだけのようにミラキアは感じた。
しかし、そんなミラキアの心象とは裏腹に周囲の声はアイリス嬢の肩を持つものばかりで、レーリャ嬢を完全な悪だとするような空気が場を支配していた。
「そんなの、私が邪魔だったからに決まってます!私が殿下と仲良くしているのが気に食わなかったんです!」
「言い掛かりも大概にしてもらおう。確かに私と殿下は婚約関係だが、交友関係にまで口を出すつもりはないし、近付く女にいちいち嫉妬していたらきりがない。だから私がそのような理由で嫌がらせなんてしょうもない真似をする訳がないだろう」
傍から聞いていてもレーリャ嬢の方が理路整然として、筋も通っているように聞こえるが、やはり周囲の空気は依然、アイリス嬢の味方。
ここまでくると、何か仕掛けでもあるのかと疑ってしまう程だ。
「…………レーリャ。正直、私も君が嫌がらせなんて稚拙な行為をしたなんて信じたくはなかった……いや、その程度ならまだいい。私がわざわざこのような場を設けてまで君を問いただそうと思った理由は他にある。そうだな、アイリス」
「……そう、です。レーリャさんが素直に認めてくれればと思ったんですけど、仕方ありません。皆さん、これを聞いてください。これは私が直接、暴力を受けた時にレーリャさんが言っていた言葉です」
そう言ってアイリス嬢はとあるものを取り出し、掲げる。それは掌ほどの大きさで細長い結晶状の魔道具……周囲の音声を拾い、録音するための代物だった。
そしてアイリス嬢が魔道具を起動したその瞬間、レーリャ嬢のものと思われる音声が会場へ響く。
『――――貴女、邪魔よ。殿下は私の婚約者……そして、ゆくゆくは結婚して私がこの国の実権を握る計画なの。貴女みたいな子に現を抜かされると困るのよ』
再生された音声は暗に殿下を傀儡に国を思い通りにしようという思惑を語っており、この証拠一つで王家への叛意ありと判断されても仕方がない内容だ。
この音声の証拠能力が認められれば、少なくともレーリャ嬢、ひいては彼女のお家も罪に問われ、最悪、処刑に断絶という凄惨な末路を辿るだろう。
「おい……今のって…………」
「ああ、間違いなくレーリャ嬢の声だよな」
「あれって王家を乗っ取ろうと画策してるってこと?」
「ええっ!?それはかなりまずいんじゃ…………」
まさかの音声に周囲がざわつき始め、非難や好奇、軽蔑などを含んだ視線がレーリャ嬢へと浴びせられる。
元からアイリス嬢寄りの空気だったのが、もう完全にそれ一色へと染まり、レーリャ嬢の味方は誰一人としていなかった。
「ば、馬鹿な……私はそんな事を言った覚えはない!」
「……こんな確固たる証拠があるのにまだしらを切るんですか?誇り高い公爵家の令嬢なら潔く罪を認めてください」
「ッこの……殿下!信じてください!私は誓って王家を乗っ取ろうなどとは考えておりません!全てはその女が――――」
先程までのおどおどした態度はどこへ行ったのか、今度はアイリス嬢が淡々と追い詰め、レーリャ嬢が声を荒げて反論するという構図へと変わる。
「黙れ。見苦しいぞレーリャ。まさか罪を認めるどころか、アイリスに詰め寄ろうとするとは……元とはいえ、婚約者ならこれ以上、私を失望させないでくれ」
「なっ……その女を庇うというのですか殿下!それに元というのは…………」
「言葉の通りの意味だ。叛意のある相手と婚姻関係を続ける訳がないだろう。当然、君との婚約は破棄する」
殿下の口から飛び出した婚約破棄宣言に絶句するレーリャ嬢。
話の流れからすればある意味当然なのだろうが、彼女は破棄そのものというより、婚約者が自分を信じてくれなかったという事実にショックを受けているようだった。
「ッ……私と殿下の婚約は陛下がお決めになったものです。殿下の一存で解消できるものではありません」
「……叛意の証人も証拠もあるのだから父上も婚約破棄には納得するだろう。そして叛意を見抜けず、婚約を設けた父上に私の婚姻関係を任せてはおけない。今度の婚約は私自身が決める……故にここで宣言させてもらおう…………ここにいるアイリスを私の新たな婚約者とする――――」
「――――その宣言、ちょっと待ったぁ!!」




