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第2話 侯爵令嬢ミラキア・プレシール


 プレシール侯爵家が次女、ミラキア・プレシール。


 由緒正しい侯爵家の次女として生まれた彼女は優秀で王からも信頼の厚い跡取りである兄と各方面に顔が利き、社交界でも有名で聡明な姉、二人程ではないが、眉目秀麗な妹と弟に囲まれて育った。


 そんな彼女は優秀な兄や姉、評判のいい弟妹とは違い、外聞的に目立った評価を受けておらず、他の兄妹と比べて有名ではなかった。


 しかし、彼女自身は特に周囲の評判を気にせず日々を過ごしていた。


 幸いな事に優秀で人間的にできた兄妹達とは仲が良く、そんな彼女を馬鹿にする事もなかったが、両親……取り分け母であるレオナ・プレシールは違った。


 優秀な兄妹と比べて平凡に映るミラキアに対して厳しく、ことあるごとに叱りつけてヒステリーを起こしていた。


 そして父であり、現当主であるエバン・プレシールはそんなレオナの行動を見て見ぬふり、兄妹達がヒステリーを諫める始末。


 それ故に彼女……ミラキアとレオナの仲は決して良いものとは言えなかった。


「――――ミラキア、いますね?さっさとドアを開けなさい」


 窓際で物思いに(ふけ)るミラキアの耳に甲高い声が聞こえてくる。


 それはミラキアの部屋までやってきては何かしらを叱りつけるレオナの日課のようなものだ。


「はぁ…………何の用ですかお母様」


 またかと思いながらも、開けなければ余計に煩くなるからと、ミラキアはしぶしぶドアを開けて返事をする。


 どうせ用なんてなく、ただ日頃の鬱憤を私で晴らしに来たのだろう。


 心の中でそんな事を考えているミラキアへレオナは鋭い視線を開口一番、声を荒げた。


「なんですかその不貞腐れた態度は。全く、他の子達は優秀だというのに貴女ときたら……少しは見習ったらどうなの?」


 案の定、いつものお説教が始まり、ミラキアはうんざりした表情を浮かべる。


 そしてそれに気付いたレオナがさらに激怒してヒートアップ、屋敷中に響くような声を上げて怒鳴り散らした。


 延々とお説教が続き、一時間が経とうとしていた辺りで出かけていた兄妹が帰宅。


 騒ぎに気付いて駆けつけ、レオナを宥めたところでようやく終わりを迎えた。


「ああー……ようやく解放された…………本当にお母様のヒステリックには困るよねー」


 他に誰もいなくなった部屋で一人、呟くミラキア。彼女にとってレオナのお説教はただの騒音に過ぎず、まともに聞いた試しがない。


 そもそも、本当にミラキアの事を想ってならともかく、お説教の中身は世間の評判、あるいはお家の事、さらには自身の体裁のためなど、どこを切り取っても彼女のためとはいえないものばかり。


 貴族の……侯爵家の妻としてはある意味正しいのかもしれないが、それでもそんな言葉をきちんと受け入れられる程、彼女は大人ではなかった。


「さ、それより邪魔もなくなったし、()()を始めよっと――――」


 最早、彼女の頭の中にはお説教の事などない。鼻歌混じりに本棚の前へやってきたミラキアはその中の数冊を動かして並べ直す。


 すると、本棚がゆっくりと横に動き始め、人一人がようやく通れるほどの通路が現れた。


 そして、そのまま下へと続く薄暗い通路をミラキアは軽快に進んでいく。


 勝手知ったる場所なのか、足取りに迷いもなく、いくつかの分かれ道を経て、少し大きな部屋へと辿り着いた。


 彼女が入ると同時に部屋の明かりが灯り、部屋の全貌が照らし出される。


 そこは本に囲まれた書斎のような場所で、中心に机と回転椅子、その傍らには大きめのコルクボードが備え付けられている。


「――――さてと、今回もマギアシルビィの活躍で悪は滅びた訳だけど、やっぱり魔法少女として認知されるには至らなかった。もっと計画的に存在を広めないと駄目かな」


 軽快な足取りのまま椅子に腰かけ、くるりと回転しながらそんな事を呟いて視線をコルクボードへと移す。


 そこに貼り付けられていたのは様々な写真と細かな資料。


 中には大きなバツのついたものもあり、その一つが先日、マギアシルビィが成敗したドレスク伯爵の写真だった。


「伯爵の悪事も地位も結構大きかったと思うんだけど、認識がネック……もっと大物かつ、人の多い場所でアピールするしかない。でも、都合良くそんな機会はないし、魔法少女が事件をでっち上げるのは論外。さて、どうしたものかな…………」


 キィキィと椅子を鳴らしながら考え込むミラキア。余人からみれば何を言っているのか分からない独り言だが、彼女にとっては重要な事らしく、真剣な表情を浮かべていた。


 そこから数分ほど考え込んだ彼女はやがて小さなため息を吐いてからぐっと伸びをして立ち上がる。


「私の頭で考えても良い案は思い浮かばないや。機会を待ちつつ、地道に悪を成敗していくしかないよねっと……さて、次の標的は――――」


 ミラキアは自身が凡庸であると知っている。魔法に関しての才能は自覚していないものの、それ以外は凡庸というのは間違っていない。


 だからこそ彼女はあっさりと考えるのを止め、コルクボードに貼り付けてある悪党の資料と写真に目を通していく。


「……誰も彼も悪党は悪党なんだけど、横領とか、国の規準を大きく超えた税の接収とか、魔法少女の出る幕じゃないからな―」


 悪は悪でも言ってしまえば小物。取り締まるのはそれこそ国の役目だ。


 魔法少女はあくまで涙を流す誰かを救う存在でなければならない。それが彼女の考え、理想とする魔法少女の在り方だった。


 結局、何も決まらないままミラキアが頭を悩ませていると、不意に小さな警報のような音が部屋の中に鳴り響いた。


「これは……お母様が部屋に近付いてくる警報音。さっきお説教したばっかりなのに一体、何の用だろ」


 この秘密部屋の事は当然ながら秘密にしているミラキア。


 万が一にもバレるわけにはいかないため、彼女は専用に生み出した監視用の魔法をいくつも部屋までの通路付近に設置している。


 そしてその中の一つが母であるレオナの接近に反応したというわけだ。


 ミラキアは少し急ぎ気味に通路を駆け上がり、秘密の部屋へと続く道を閉じてから椅子に腰かけ、何事もなかったように本を開いてレオナの訪問へと備えた。


 足音が部屋の外で止まり、数回のノックの後、レオナの高圧的な声と共に中へと入ってくる。


「入りますよミラキア……また読書ですか。そんな事をしている暇があるのならもっとプレシール家に相応しい淑女となるよう努力を――――」

「お母様、用件は何ですか?わざわざお小言を言うために戻ってきたわけではないでしょう?」

「っ貴女は本当に…………まあ、いいです。先程、伝え忘れましたが、貴女には今日、ルーエル王太子殿下の開催する夜会に出席してもらいます」

「……何それ、聞いてない。私、そういうのには出ないっていつも言ってるよね?」

「貴女の意見は聞いてません。それになんですかその言葉遣いは。夜会ではそのような振る舞いはしないように」


 レオナはミラキアの抗議など一切、聞き入れず、一方的に用件を伝えると、最後に一言「せめて貴女もプレシール家のために良い交流関係を築いてきなさい」と言い残して出て行ってしまった。



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