プロローグ 月下に煌めく白銀
誰もが寝静まるような夜更け、広く豪華な屋敷の一室で行われているのはおおよそ人間の物とは思えない所業だ。
その部屋にはところどころに赤い染みと物言わぬ骸が転がっており、今まさに恰幅のいい男が喜悦の笑みを浮かべながら血塗られた刃物を持ってボロボロな格好をした少女へじりじりと迫っている。
「ククク……さあ、もっと恐怖に彩られた表情を見せろ」
「ぅ誰か……助けて…………」
このままでは碌な結末にならないのは目に見えているが、怯える少女には抵抗する気力も対抗する手段もなかった。
「――――そこまでです!権力に笠を着て非道の限りを尽くす悪!人理にもとる行いはこの〝魔法少女〟マギアシルビィが許しません!!」
迫る魔の手が少女を手に掛けようとしたその瞬間、静寂を切り裂く凛とした声が響き、派手な破砕音と共に扉が吹き飛ぶ。
そして現れたのは二つ結びの銀髪をなびかせ、純白の衣装を纏った謎の少女。
自らをマギアシルビィと名乗った彼女は刃物を持った男をびしりと指差し、鋭い視線を向ける。
「ドレスク家当主、アルガ・ドレスク伯爵!貴方の悪事はその手のナイフ、そしてこの部屋の惨状を見る限り明らか!大人しく罪を受け入れ、裁きを受けなさい!!」
声高らかに口上を並べ立てる彼女に対してアルガ・ドレスク伯爵と呼ばれた男は一瞬、怪訝な顔を浮かべるも、すぐに表情を戻し、その言葉を鼻で笑い飛ばす。
「ハンッ、突然現れた奇怪な奴が奇怪な格好をして何を言い出すかと思えば伯爵たるこの私に罪を受け入れろだと?片腹痛いわ」
今まさに犯罪を行う現場、証拠を見られたとは思えない伯爵の態度だが、ある意味でそれは正しい。
ここは伯爵の屋敷で目撃者はマギアシルビィと名乗る奇怪な少女のみ。地位のある伯爵とどこの誰とも分からない少女の証言なら当然、伯爵に軍配が上がる。
それに目撃者である彼女を消してしまえば外に証言が漏れる心配もないと踏んだ故に伯爵は態度を崩さなかった。
「なるほど、罪を認めるつもりはないようですね……ならば仕方ありません。実力行使を以って正義を執行します」
「ぬかせ!お前のような小娘に何ができる!」
構えたシルビィを嗤った伯爵が指を鳴らすと、彼女の入ってきたところとは別の扉から武装した数人の男達が駆け込んでくる。
彼らは伯爵の私兵だ。この現場を見て何も言わないという事は伯爵の悪行を承知の上だという事だろう。
「今、私の前に立ちはだかるというのなら……いえ、この光景を目にして何も言わない時点で悪と見なします……さあ、成敗の時間です――――」
伯爵とその私兵を見据えた彼女はそんな台詞と共に駆け出し、一番近くの敵へと迫る。
伯爵の私兵だけあってそこそこの実力を持っているらしい彼らは真正面からの突撃に反応し、迎撃しようと拳を突き出した。
訓練されたその拳は鋭く、当たり所が悪ければ相手を死に至らしめる可能性もある一撃。
しかし、彼女は一切の減速をする事なく突貫、向こうの拳が届くより早く掌底を繰り出して相手を吹き飛ばした。
「なっ……!?」
私兵たちが驚愕の声を上げる中、彼女は素早く態勢を整え、勢いを殺す事なく二人目へ回し蹴りを放つ。
掌底も回し蹴りも十分な威力を秘めており、いずれも一撃で私兵の意識を刈り取った。
「っ小娘一人に何をやっている!何のために高い金を払ってると思ってるんだ!!」
焦った様子で叫ぶ伯爵の声に私兵達は苦い表情を浮かべる。
一瞬で二人もやられた事と伯爵の焦りによって私兵達の意識が変わったらしく、少し引き気味な態勢と共に武器を取り出す。
「――――遅いです」
だが、そんなのは関係ないと言わんばかりに再度、踏み込んだシルビィは勢いのままに跳び込み、私兵の中心へ逆立ちの状態で着地すると、両足を開いて回転。繰り出される蹴りで全員を吹き飛ばした。
「ば、馬鹿な……私の私兵が一瞬でこんな小娘に…………」
「……残るは貴方一人です。大人しく罪を償いなさい」
逆立ちからひょいと立ち上がった彼女は絶句する伯爵へと言葉を放つ。
まあ、今更、伯爵が投降すると言ったところで彼女は実力行使を止めるつもりはないのだが。
「……そうか、思い出したぞ。最近、悪事を働く貴族たちを粛正する正体不明の襲撃者がいると噂になっていた……確か通り名は白銀の魔法令嬢――――」
「魔法令嬢じゃなくて魔法少女!!そこを間違えないで!!」
「へぶっ!?」
何かを言い終えるよりも早く、魔法令嬢という言葉に反応した彼女は先程までの丁寧な口調を崩し、感情のままに伯爵を吹っ飛ばしてしまった。
加減ができなかったのか、私兵が食らったものより威力の乗った一撃を受けた伯爵は凄まじい勢いで回転しながら吹き飛び、壁に激突。派手な音と共に壁へとめり込んだ。
「……あ、やり過ぎちゃった?や、でも息はあるし……うん、大丈夫大丈夫――――」
「ぅ…………」
その場を制圧した後、一人でぶつぶつ呟いていた彼女だったが、助けを求めていた少女の視線に気付き、慌てて駆け寄ると、そのまま近くでしゃがみ込む。
「……ごめんなさい。見苦しいところを見せてしまって」
そのまま少女を抱きかかえた彼女は手をかざし、治癒の効果のある魔法を使い、傷を癒した。
「ぁ……ぅ……あ……なた…………は…………」
治癒の魔法で少しずつ回復し始めた少女はゆっくりと口を開き、そんな問いを彼女に投げ掛ける。
「無理して喋らなくても大丈夫。目が覚める頃には全てが終わっているから」
彼女は問いに答えないまま微笑み、少女の頭を優しく撫でた。
やがて安心したのか、少女は意識を失い、再びその場に静寂が訪れる。
そうして少女の傷が完治したのを確認した彼女は立ち上がり、気絶した伯爵と私兵達を縛り上げると、静かにその場を去っていった。




