お嬢様学校のキャッチコピーが最悪過ぎる件
キャッチコピーという言葉がある。
物事の中身や魅力を簡潔な言葉で表したものであり、有名企業のキャッチコピーなどはCM等でよく耳にするのではないだろうか。
そんなキャッチコピーというものは、僕が校長を務める私立聖ゼレル小学校にも存在する。毎年発行する我が校のパンフレットの表紙には、毎年異なるキャッチコピーが印刷されるのが慣例なのだ。
僕がそんなことを考えながら、今年度のパンフレットを眺めていると、トントンと、校長室の扉をノックする音が耳に届いた。
僕はだらしなく座った状態から姿勢を直し、一言「どうぞ」と告げる。すると、よく通る落ち着いた声で「失礼いたします」という挨拶が帰ってきた。そうして扉が開かれた先から、一人の少女が校長室へと入って来る。
上下とも白を基調とした我が学園の制服を校則通りに美しく着こなすその少女には見覚えがある。いや、見覚えどころか、その少女の事はよく知っていた。
私立聖ゼレル小学校の生徒会長を務める小学六年生、天才ヶ原有華である。
「先日校長から伺いました、キャッチコピーの件ですが」
腰まで届きそうな長い黒髪を艶やかに揺らしながら、有華は机に向かう僕の対面まで近づき、そう話し始めた。そう、僕は来年度のキャッチコピーを決めるにあたり、生徒会長の有華に助力をお願いしていたのだ。
有華は続ける。
「私 の友人やそのご学友にお願いして学校のキャッチコピー案を考えて頂いたのですが、100を超える回答を頂きましたので、その中から候補となり得るモノをいくつか、私が選んで参りました」
有華の手にはA4半分程のサイズの用紙が何枚も握られていた。どうやら友人たちに用紙を渡し、それにキャッチコピー案を書いて貰ったらしい。それが100を超えたと言うのだから、すごい人望と行動力である。僕は感心した。
有華はこともなげに厳選されたアンケートを軽く掲げて言う。
「この中から一つ、校長に選んで頂きたく思います」
言って、有華は一枚目の用紙をこちらにスッと、机の上を滑らせるように差し出した。
「まずはこちらを」
言われるまま、僕はその用紙へと視線を向けた。
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伝統を壊せ
未来を、作れ
私立聖ゼレル小学校
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「おお」
いかにもキャッチコピーといった雰囲気の言葉に、思わず感心の声を漏らす。有華は満足そうに、上品な笑みを浮かべた。
僕はこのキャッチコピーが来年度のパンフレットの表紙を飾る姿を思い浮かべる。悪くない。悪くはないが、しかし。
「......でも、伝統を壊すっていうのは言い過ぎというか、別に改革の予定はないというか......」
やや情けない僕の返答に、有華は思案顔で頷く。
「なるほど......」
「もっと平和な感じのキャッチコピーはある?」
「それでは、こちらはどうでしょう?」
言いながら、有華が用紙の束から一枚を抜き出しこちらに差し出す。僕はそれに目を落とした。
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廊下を、走らない
私立聖ゼレル小学校
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「うーん......これはちょっと......幼稚じゃない?」
パンフレットの表紙を飾るというより、廊下の一角にでも貼られていそうな言葉である。
僕の反応を受け、有華はまたも思案顔で手元の用紙を何枚も比べるように眺め始める。僕はなんだか申し訳ない気持ちになった。
「......それでは、2つの間を取って、こちらは?」
「間?」
『伝統を壊す』と『廊下を走らない』の間とはなんだろう。そんなことを考えているうち、有華は新しい用紙を机の上に置く。僕はそれに目を落とした。
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廊下を、壊せ
私立聖ゼレル小学校
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「違うくない?????」
僕は思わず大声を上げた。伝統と同じノリで通路を破壊しないで欲しい。
そっちは物理的破壊だから。やってることテロだから。
「ダメ、ですか?」
焦った僕の顔を見て、有華が上品な表情を浮かべ問いかける。そんな顔されても、ダメである。
「決まりや校則を守るって姿をアピール出来ると嬉しいかな......」
ハンカチで汗を拭きながら、僕は有華に対し希望を出す。
「なるほど『学校に従う』という事でしたら、こちらはどうでしょうか?」
僕の意見に応えるように、有華が一枚の用紙を差し出す。僕はそれに視線を向けた。
 
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私達の命は、学校の所有物である!
私立聖ゼレル小学校
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「ウチってそんなに厳しくないよ!?」
軍隊みたいなキャッチコピーに、僕は思わず驚きの声を上げた。
「これをキャッチコピーにすれば、来年度はルールを遵守する生徒がたくさん集まるのではないでしょうか?」
「そもそも生徒が集まらない可能性あるよ......」
言って、僕は考えの方向性を変えるため新たな提案を行う。
「ルールをアピールするより、学校の魅力をアピールする方が良いんじゃない?」
「なるほど、魅力ですか......」
有華は手元の用紙の束をペラペラと素早く確認し、一枚を引き抜く。まるで、手札から一番強いカードを出そうとするかのような動きだった。
「魅力を表したキャッチコピーであれば、これなどいかがでしょうか?」
僕は差し出された用紙を見る。
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蝉の抜け殻がいっぱい取れるよ!
ただ、それだけ。
私立聖ゼレル小学校
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「ただそれだけ!?」
僕は大声を上げた。魅力がカスすぎる。
「そういった、謙虚な姿勢も大事かと」
有華が冷静な声で言う。
「そもそも『蝉の抜け殻がいっぱい取れる』という事実は魅力として弱いからね???」
これで入学を決める人はいない。むしろキモいまであると思う。
「......出来ればだけど、この学校に入る事で得られるメリットを伝えられると良いんだけど」
たくさんの学校の中から、我が校を選びたくなる利点を端的に伝えられれば一番良い。
「それでは、この学校のサービスの良さを伝えるキャッチコピーはいかがでしょう?」
言って、有華は一枚の用紙を差し出した。僕はそれに視線を向ける。
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プラス100円で、味噌汁が
豚汁になります
私立聖ゼレル小学校
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「定食屋??????」
メニュー表の隅に小さく書いてある一言だろこれ。
「これは嬉しいですね」
「嬉しい嬉しくないの問題じゃないよ」
これが最大の売りの学校、チェーン店以下である。
「というか、そもそもウチの学校で味噌汁は提供されてないよ......」
僕は呆れて言う。我が校はお嬢様学校なので、給食の汁物は全てクラムチャウダーなのである(当然)
「なるほど、確かに......」
有華は「でしたら」と小さく呟くように言い、そうして一枚の用紙を差し出した。
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プラス100円で、墨汁が
豚汁になります
私立聖ゼレル小学校
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「なんでだよ!」
書道の授業を崩壊させる気か。
「これは嬉しいですね」
「これは別に嬉しくないだろ!」
思わず口調が荒くなる。いかん、校長としての立場を忘れるところだった。立て直しを図るため、僕は新たな提案をする。
「そうだ! 例えば、読んだ時にふと考えさせられるキャッチコピーとかどう?」
CMでたまに見かける、問題提起型のキャッチコピーというやつだ。僕のリクエストを受け、有華が手元の用紙を素早く確認し始める。
「それでは、こちらはいかがでしょう?」
僕は用紙に目を落とす。
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男は、自宅にスマホを忘れた。
次の日、男は自殺した
なぜ?
私立聖ゼレル小学校
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「ウミガメのスープだよねこれ????」
「はい、すごく考えさせられますよ」
クイズを考えさせたいわけではない。
「あとさ、キャッチコピーに『自殺』って入れて良い訳なくない?」
パンフレットの表紙に書かれるということを忘れないで欲しい。
僕は気持ちを切り替え、天を仰ぎ知恵を絞ろうとする。
「うーん、うーん......。聞いた時『これだ』と思えるキャッチコピーがあれば良いんだけどなぁ......」
「では先生、このキャッチコピーはどうでしょう。よく耳に馴染みますよ」
有華は一枚の用紙を差し出す。
「耳に馴染む?」
どういう意味だろう。
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ココロも満タンに
私立聖ゼレル小学校
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「あー、なんだっけこれ?」
「はい。コスモ石油のキャッチコピーですね」
「じゃあダメ!!!!!!!」
次! 僕は有華に次のキャッチコピーを見せるよう促した。
「こちらはどうでしょう? 比喩表現が使われていて、知的な印象を受けます」
有華が手元の用紙から一枚を差し出す。
知的とは、ウチの学校にふさわしいイメージだ。僕は新たなキャッチコピーに目を向けた。
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現代の見世物小屋へようこそ
私立聖ゼレル小学校
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「ここに来てシンプル悪口!」
あれ? 僕はネガキャンを考えて欲しいと頼んでしまったのだろうか?
「品行方正を旨とする我が校の生徒は常に地域の皆様から模範となる姿を要求されていますので、その住民の視線にストレスを感じている生徒もいるのでしょうね」
「それは!!! ......校長として改善案を考えます!」
『そんなわけないだろ!』とは言えない意見に僕は思わず口ごもる。
「......品行方正をアピールしてる学校だし、気品を感じるようなキャッチコピーとかはない?」
僕は話を戻すため、恐る恐る有華に問いかける。有華はすぐに、手元の用紙に目線を移す。
「そうですね......。あっ、気品を感じるキャッチコピーが一つありました」
言って、一枚の用紙が差し出された。
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気品のある馬の鳴き声『キヒーン!』
私立聖ゼレル小学校
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「流石にふざけてない???」
「いえ、私のご学友は全員、真面目です」
にしては酷い有様である。
「では、こちらはいかがでしょう? 誇りや自信を感じさせるキャッチコピーです」
有華が代わりの用紙を差し出す。
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水のトラブルおまかせ!
私立聖ゼレル小学校
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「水道修理の電話来ちゃうよ!!!???」
パンフレットの表紙に印刷するって言ってるのに。
「他にはこんなのも」
僕は有華の差し出す用紙を見る。
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まれに緑色の成分が浮遊・沈殿
していることがあります。
品質に問題がありますので
絶対に飲まないでください。
私立聖ゼレル小学校
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「だから、ふざけてない???」
「いえ、私のご学友は全員、真面目です」
「真面目に考えてこれなら、そっちの方が問題あるだろ」
というか、このパターンで問題あることってないだろ普通。お茶飲んでる時、ラベルにこれが書いてあったら震えるだろうな......
次! 僕は有華の差し出す用紙を受け取った。
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キューティーハニーの歯医者
「歯に良いフラッシュ!」
私立聖ゼレル小学校
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「ふざけてるよね???」
「私学友全員真面目」
「略し始めちゃった!?」
「同じ方の他の作品も見てみますか?」
そう言って、有華は何枚かの用紙を差し出す。
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反日の所ジョージ『日本劣等!ダーツの旅!』
私立聖ゼレル小学校
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女に媚びるなまはげ『泣く子はビネガー』
私立聖ゼレル小学校
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「うん、全部ダメ!」
我が校と全く関係ない。所ジョージがキャッチコピーに出て来て良いわけがない。しかも反日。
「もうちょっと良いやつない......?」
僕がそう言い有華の方を見ると、どうやらネタ切れなのか、手札のキャッチコピーを睨めっこするように眺めていた。生徒会長の手札、弱すぎる。
「......」
しばらく後、有華が無言で一枚の用紙をこちらに差し出す。
僕はそれに視線を落とした。
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じょばばばばば ← (しっこの音)
私立聖ゼレル小学校
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「先生!? これは一体なんですか???」
有華が叫ぶ。
「知らないよ! 君が選んだんだよね!?」
僕は思わず大声を上げた。有華が少しだけ、たじろいだ様子を見せる。
「も、申し訳ありません......想像以上に沢山のキャッチコピーが届いてしまい、ついに感性が壊れてしまったようです......」
「ついに、というか、序盤から壊れ気味だったけど......」
少し休憩した方が良いよ。僕は有華にそう言う。
「はい」
すると、まるでスイッチが入ったかのように、天才ヶ原有華は上品な笑みを浮かべ、スカートを少し持ち上げ優雅に頭を下げた後、音もなく退室した。生徒会長の肩書きに相応しい、見事な所作であった。
「......」
今更そんなことやられてもな。僕は思った。
おわり




