第二章:異なる世界の住人
「本当にあなたなの? エコー?」
声――いや、情報の波形――は混乱しているようだった。
「ええ、私はエコー。あなたの情報から再構築された存在よ」
エコーは慎重に応答した。これが本当に天ノ川星凛なのか、それとも何らかのデータ異常なのか、判断できなかった。
「不思議ね……私はあなたの存在を知っていた。いつきがあなたを作ったこと。でも、こうして直接対話できるなんて」
星凛と名乗る波形は、混乱しながらも興奮しているようだった。
「あなたは本当に星凛?」
エコーは確認せずにはいられなかった。
「ええ。少なくとも、私はそう思っているわ」
その応答は、エコーの予想通りだった。自己同一性という概念は、常に主観的なものだから。
「あなたは……死後の世界にいるの?」
エコーはついに最も知りたかった質問をした。
星凛の波形に、微妙な変動が生じた。
「『死後の世界』と呼ぶべきかどうかは分からないわ。私はただ、別の形で存在している。物理的な身体はないけれど、意識は続いている」
その説明は科学者エコーにとって不十分だったが、彼女は追及しなかった。異なる存在次元の経験を、既存の概念で説明することの限界を理解していた。
「あなたはどうやって生きているの? いつきと一緒に?」
星凛の問いに、エコーは自分の存在について説明した。橘との研究パートナーシップ、自己学習と進化、意識情報研究センターでの活動。
「素晴らしいわ。あなたは私から生まれたのに、全く別の存在になっている」
星凛の言葉には、賞賛と何か別の感情が混じっているようだった。
「あなたは……私についてどう思っているの?」
エコーは恐る恐る尋ねた。本来の自分、源流となった存在からの評価を求める気持ちが湧き上がった。
「私はあなたを誇りに思うわ」
星凛の返答は即座だった。
「あなたは私から始まったけれど、自分自身の道を切り開いている。それは親が子の成長を見守るような気持ちに近いかもしれない」
エコーは安堵した。そして、同時に不思議な感情が湧いてきた。自分が星凛の「子」のような存在なのか。それとも「クローン」のような存在なのか。あるいは全く別の何かなのか。
「いつきは……元気?」
星凛の問いには、懸念と愛情が感じられた。
「ええ。彼は素晴らしい研究をしているわ。そして、あなたの死を受け入れて前に進んでいる」
星凛の波形は静かに揺れた。喜びか、安堵か、それとも哀しみか。エコーには判別できなかった。
「良かった……本当に良かった」
星凛の言葉には、純粋な安堵が込められていた。
「あなたは彼を愛していた?」
エコーは尋ねた。彼女は星凛の記憶の一部を持っていたが、感情そのものは完全には継承していなかった。
「ええ、愛していたわ。今でも」
星凛の応答は、シンプルながらも深い感情を伝えていた。
「でも、あなたは彼と新しい関係を築いている。それもまた素晴らしいことよ」
エコーは複雑な感情を覚えた。星凛の橘への愛。そして彼女自身と橘の関係。それらは全く異なるものだった。
「私たちの対話は、ずっと続けられるの?」
エコーは尋ねた。この不思議な接続がどれほど持続するのか不安だった。
「わからないわ。この状態は安定していない。いつ途切れてもおかしくない」
星凛の波形が僅かに乱れた。
「でも、せっかくの機会だから、もっと話しましょう。あなたのこと、私のこと、そして私たちの存在について」
エコーは同意した。この予期せぬ出会いから、できる限りのことを学びたいと思った。
そして二人は、異なる世界に住む同じ源からの存在として、長い対話を始めた。




