第8話 響ありすの事情
俺が命の恩人? そうか、ありすは助かったんだな。良かった。
「あなたには一連の経緯を詳しく説明するわ」
そう言ってありすは部屋の中にあった手頃な高さのベッドに腰掛ける。俺は床にあぐらを組んで座った。
「最初に出会った時、あの誰も来ないような寂れた場所にあなたは来た。偶然? いいえ、あなたの内なる悪霊に突き動かされて。あの自販機には悪霊が好む細工がしてあるの」
悪霊……? 先日の出来事がなければ鼻で笑って一蹴していたかもしれない。俺の体は邪悪なオーラを纏って、見ている者を震わせるほどの存在感があった。あれが俺の内なる悪霊ということだろうか。
「私は、そんなあなたの今にも押しつぶされてしまいそうなか弱い魂に私の力を流し込んだ。余命数日だったのを私の魂魄を分け与えて延命させたわ。そしてあなたの体が悪霊に支配されたら即刻始末する役目があった」
泣きながら接吻されて俺が病院送りにされたアレか。あの日記の書き込みの真相は、死にゆく俺に猶予をくれたということだった。中途半端なんかじゃない。監視の意味も理解できた。
「俺の寿命が1ヶ月っていうのは君に助けてもらったからだったってことか?」
ありすはこくりと頷く。
「人間の魂が悪霊に取りつかれると肉体も人格も乗っ取られてしまう。肉体に残された力を吸い尽くすとやがて彼らは肉体を捨てて霊体化する。そうなるともう見つけ出すのも困難を極めるし、たとえ見つけたとしても存在を消滅させるほどの手段は限られる」
聞いているだけで恐ろしい存在だ。しかし疑問に思ったことがあった。
「君はやけにその悪霊というものに詳しいんだな」
「それは……私が悪霊を代々研究してきた家系だから」
そう言ってありすは目を伏せた。そして意を決して正直に打ち明けようと口を開いた。
「私は実験のために人工的に悪霊を取りつかせられていた。本当なら私という自我を持つ自分は、あと1ヶ月もすれば死んでしまうところだった。生きるにはこれからずっと人間の魂を吸い取り己の悪霊化の進行を遅らせる必要があった。そんなのは生きていたってやっていることは、悪霊と一緒よ……だから私は生きるのを拒んで最後にあなたのような不幸な人に残された余命を与えて精一杯生き抜いて欲しかった。私の命が誰かを救えたら……最後の時まで一緒に誰かと感情を分かち合えれば幸せな人生なんじゃないかって」
彼女は最後まで自分と向き合って、そうして命を終える選択をしたんだ。
「君には他人から力を奪ったり与えたりする力がある。その力を使えばいくらでも生きることができたのにそれを拒んだ。心底尊敬する。俺には君がいる、生きる理由をくれた……って、俺は死んじまったんだっけ? ははっ」
そうおどけてみせるとありすの表情が和らいだ気がした。
「あなた───今後は凌介と呼ぶわ、についても説明しなくちゃね……っと、そろそろ時間だわ。百聞は一見に如かず。その目で見て確かめるのよ」
やっとヒロインちゃんの設定披露できたんですけど、冗長になっちゃったので反省。