第6話 生きる意味、死ぬ意義
ちょっと長いけどキリがいいとこまで
「役者が出揃いましたね、今宵限りの舞台の幕開けですッ!」
ありすは男が一瞬固まった隙を突いて距離を置くことに成功していた。今は俺の隣にいる。
「ずいぶんと長い盗み聞きでしたね、聞いてくれてないのかと思いました」
男───道化師のような目元の化粧をしており、髪型は前髪をあげて左右にウェーブをうって分かれてる、は大きく両手を広げてため息まじりにそう言った。
「最初から気付いていたんだろ、なぜそんな回りくどいことをする」
「なぜって、ありす様を助けられるのはあなただけですから」
男は手を俺に差し出した。
「彼を巻き込まないで!」
ありすは半歩前に出て俺を庇うように腕を横にした。しかし俺は男の話に乗ることにした。
「どういうことか教えてくれないか」
「はい、喜んで。ありす様は現在深刻な状況に陥っています。それは───」
「それ以上はダメッッッ!!!」
ありすが絶叫して男の声を遮る。
「あぁ……だめ…………あああああああああああッッッ!」
しかし、直後にありすが地に両膝をつくと頭を抱えて苦しそうに叫びだした。
「しまった、悪霊化の進行が早かったか。想定以上の進行速度だ」
男はありすの元まで駆け出し応急手当をしようとする。しかし、ありすの体から噴き出す黒い奔流に吹き飛ばされてしまった。奔流は今度は俺めがけて向かってきた。身構えるのも間に合わす奔流は俺を完全に吞んでしまった。俺はそこで意識を失った。
目が覚めるとそこはだだっ広い場所だった。そこを埋め尽くすかのように木の根のようなものが張り巡らされていた。辺りは薄暗いがその広場の中央に天へと伸びる樹があるのが見えた。根元に誰かが囚われていた。駆け寄るとそれは少女───ありすだった。彼女の胸のあたりからその樹は生えておりそこだけは神秘的な光に包まれていた。しかし彼女の表情は苦痛に歪んでいた。頬からは涙がこぼれていた。
『汝、求めるものは』
頭の中でそんな声が聞こえた。
「あの子を助けたい」
『他のどんな願いでも叶えてみせるといったら?』
「俺は空っぽだ。親しい友人はおらず、過去の記憶も曖昧で思い出せなくて、でも幸せに生きてんだよ。叶えたいことなんて、今目の前で苦しんでいる少女を助けたい以外ねぇじゃねーかッ!」
『命を失っても?』
「俺の命で誰かが助かるなら迷わず助けてやるッ! 俺は胸を張って死にたいんだッ!」
そうだ。死ぬのが怖いのではない。自分の命が誰の何の役にも立たずに散ってしまうことが悲しかったんだ。あいつだってきっとそうだったはずだ。自ら命を絶ったあいつ……誰だ……思い出せない。記憶に靄がかかっている。
『汝の言葉に偽りなきと願う。彼女を任せた』
頭の中でそう声が聞こえると世界が光に包まれた。俺は最後に少女の手を握ろうとして──────
意識が戻るとまずは絶叫が聞こえた。しかし、ありすのものではない。聞き覚えがあるような声だ。なんだかまるで自分の声のような……ハッとして目を開けると俺、今思考している自分ではなくて、俺───六本凌介の体が黒い奔流を纏い叫びながらもがいていた。しかし、黒い渦は次第に収まり、それに従って俺の体は邪悪なオーラで包まれていた。
「悪霊化が乗り移った……? とにもかくにも顕現してしまったなら殺害対象だ。悪いね少年」
そう言って道化っぽい見た目の男が切りかかる。彼の右手にはいつの間にか刀剣が握られていた。俺の体と激しく打ち合っていた。
「私、どうしちゃったんだろう」
ありすの声が自分の中からした。なんだこの感覚は。
「やあ」
試しにそう言ってみた。すると少女はぎょっとして周りをキョロキョロ見回した。
「違う違う。たぶん君の中にいる」
「本当に!?」
「今やらなきゃいけないことがあるだろう。俺の体に乗り移った邪悪な何かを倒してくれ」
「分かった。あなたは剣になる」
少女のイメージが俺の中に流れ込んでくる。そうだ「最強の自分」をイメージしろ。俺は剣だ。世界で一番強い剣だ!
少女は生み出された光の剣を持って駆け出す。その剣が振り下ろされると、化け物と成り果てた俺の体は光の奔流で消し飛ばされた────────────
主人公死んだ……?