第5話 お嬢様と執事
俺はアパートの自室を飛び出した。冬空は夜の帳が落ちようとしていた。肌を刺すような寒さが増している。急いで少女───ありすを見つけなくては。
彼女と最初に出会った場所、大学の寂れた広場。昨晩ガロリーメイトを買った場所だ。なぜだか彼女はよくあそこにいる気がした。なんというか、彼女に初めて声を掛けられた瞬間、俺はあの場所に過去何度も通い詰めたような錯覚を覚えたのだ。だから急いで向かうんだ。嫌な予感がチリチリと頭をよぎった。
「はぁ……はぁ……はぁっ」
ガロリーメイトの自販機の前にあるちょっとしたベンチの上で彼女は膝を抱えてうずくまっていた。暗闇の中、かすかに光を浴びて浮かび上がっている彼女はまるで幽霊かのように儚げに感じた。俺が声を掛けようと近付こうとすると、向こう側の暗闇から誰かが歩いてくる気配がした。それは彼女も感じていることらしく、ビクッと顔を上げてそちらに視線を向けた。
「探しましたよお嬢様、まったくこんな時間まで何をしていらしたのか。お父様がお待ちです」
若いが俺よりは年上だろう男性の声がした。なぜだろう、言葉遣いは丁寧なのにどことなく高慢さを感じる話し方だった。
「それとも……人を喰ったのですか。あの男を」
ニヤリと薄ら寒い笑い声がした。
「彼は関係ない、これは私の問題」
少女はすくっと立ち上がると毅然とした態度で言い返した。
「なら早くしないとお父様にいいつけてしまいますよ?」
「………………ッ」
少女は男をキリリとした視線で睨みつけていた。
「まったく、こわいこわい。そういうところはお父様譲りだと思うんですよねワタクシ」
「帰りなさい、明日の朝屋敷に戻ります」
男はやれやれといったように肩をすくめる。
「ワガママはそこまでにして本当に帰りますよお嬢様」
男は少女の右腕を掴むと無造作に引き始めた。
「特別にお姫様だっこしてあげます。あー懐かしいですねぇ、小さい頃のお嬢様はワタクシに何度もだっこをせがんでいましたねぇ」
少女は必死に抵抗する。
「離しなさい! お父様に言いつけるわよ」
「でたでた。弱虫ありすちゃんの十八番、告げ口虫ー…………どんな手を使ってでも呼び戻しなさいと言いつかっているのですよ。あなたの病状は刻一刻を争う事態なんですから」
そして男は耳元に口を寄せると囁いた。
「どうしても朝に帰るというのなら、今夜はワタクシと熱い初夜を過ごしてみませんか?」
「…………ッッッ!!!」
少女は全力で抵抗している。そんな様子を見ていられなかった俺はついに物陰から飛び出した。
「なにやってんだよおまえ」
そう言われた男は驚いて一瞬固まった。しかし、すぐに満面の笑みを浮かべるのだった。
「役者が出揃いましたね、今宵限りの舞台の幕開けですッ!」
お待たせしました。次話で設定等出す予定です