45. 癒す者の使命
一同が絶句したのを良いことに、クロードは悠々と独白を続ける。
「私にはマリアという妹がいました。彼女は私と同様に、癒しの力をその身に宿していました。そして、至って自然な成り行きとして、あなた方王家は彼女をヨエル王子殿下の妃にと望まれました」
「……へぇ、従兄妹同士で契約結婚の話がねぇ」
話題に挙げられたヨエルが、しかしどこか他人事のような相槌の打ち方をした。
彼は父親である国王を睨みつけながら、その口角だけは意地悪く吊り上げる。
「今時にしては随分と大胆な試みをしたものですね、父上?」
当事者である自分に何の相談もなかったことについて遠回しに父親を糾弾したヨエルは、しかし返事など期待もしていないらしく、ふっと彼から視線を外した。
「……」
この場では何を言おうと決して良いようにはならないことを正確に感じ取った国王は、賢明にもヨエルの推測通り、口を開かない選択をする。
一連のやり取りを静観していたクロードが、嘲るように喉を鳴らした。
「ヨエル殿下。わざわざそのようにしてお父上に責任を押し付けられずとも、私はあなた方を恨んではいませんよ?」
「……はぁ、そうかい。そこまで見透かされていては私の立つ瀬がないな」
肩を竦めながら降参だと軽く両手を上げるヨエルに、クロードは気にするなと、あくまで朗らかな笑みを向ける。
「さて。そんな王家からの打診に対して父は、それはもう渋りました。
目に入れても痛くない、たった一人の娘を敵地に送るなんて嫌に決まっていますからね。
またヨエル殿下とマリアとでは少々血が近すぎるという懸念もあり、結局父は最後までマリアを嫁には出しませんでした。
その結果父がどのような運命を辿ることになったか……あなた方ならご存知ですね?」
挑戦的な目を向けられたナラネスラ王家は、しかし下手をすれば己の命すら賭かっているかもしれないこの状況下で、受け答えの最適解を見出すのに手間取る。
必然最初に口を開いたのは、問われる立場にはないながらクロードへの対応において最も切羽詰まっていたレイナールだった。
「……君の父親は、仕事で辺境へ向かう道中で山賊に襲われて亡くなった」
「ええそうです。流石よくご存知で。しかしながら殿下、日頃よりあの灰色の塔に引きこもってばかりの我々ユースティルは、お恥ずかしながら皆非常に陰鬱な性根をしておりまして……誰一人、担当者によるその説明を信じることはありませんでした」
クロードはわざとらしく卑下するような言い回しをしたが、山賊に襲われたなんて話、誰も信じないのは当然だ。
駄々をこねてばかりの都合の悪い教皇など、王家にとっては百害あって一利ない。それならば処分は、早ければ早いほど良い。
クロードの父親を殺したのは王家の一派で間違いないと、この場の誰もが結論付けていた。
「父がこの世を去ったとの知らせが届いたその日の夜のうちに、マリアは自らの胸にナイフを突き刺して息絶えました。
遺書の一つも残されてはいませんでしたが、彼女の思いは我々に、痛いほどに伝わってきました。
……この呪いじみた正義の力に皆が飢え狂い続ける限り、この国に平和は訪れない。人を癒すために生まれてきた私たちは、その目的に殉じねばならない。
癒しの力を宿した他の女性たちは、一人残らず彼女に倣いました」
「……」
国の未来の全てに責任を負おうとするその凄絶な覚悟に、さしものレイナールも言葉を失った。
民を導くために生まれる王族と、民を癒し守るために生まれる能力者一族の、それが役割意識における根本的な違いだった。
「しかし私と弟は、それだけでは満足しませんでした。なにせ力を求めてやまないのは王族の性ではなく、人間の性なのですから。
単に王族に嫁がなければ安心という訳ではありません。
――この先一人として、癒しの力を持った人間をこの世に産み落としてはならないのです」
「……っ」
クロードと目が合ったような気がしたシャーロットは、彼の研ぎ澄まされた殺意に身を震わせる。
自分の身に宿る力に気づかれているのではないかと、その疑いはつい先ほど確かに退けたというのに、思わず不安になってしまう。
指輪の破片を落としてしまわないためだけにレイナールと繋がれたままになっている手の温もりが、今は彼女が正気を保つための唯一の支えだ。
思わず手を強く握ると、彼女の心中を察したレイナールが励ますように握り返してくれた。
「私は男性たちにも自決を促し、勇気のない者がいればこちらでお手伝いをさせていただきました。
その後は塔の外で暮らす能力者を探して回り、ようやくマリアの悲願を果たせたのではないかと思い始めたそんなある日のこと。
私の代わりに教皇を務めてくれていた弟が、塔の中で一通の手紙を見つけたのです。
私たちの祖父にあたるラスムス・ユースティルに宛てられた、リンデル王国のアイリーン・サールグレン公爵夫人からの手紙でした」
思わぬ大物の名に、一同は目を見開く。
緊張にぴんと張りつめる空気の中、しかしレイナールだけはほとんど驚いていない様子で、ただ酷く疲れたような顔した。
もしかしたら彼は、このことについて既に知っていたのかもしれない。
……シャーロットを殺そうとした人間が、シャーロットと血の繋がった従兄である可能性に、既に気づいていたのかもしれない。
「その手紙には、ラスムスの子を妊娠した旨が書かれていました。
自分一人ではその子をどうすればいいか決めかねるとの訴えが、そこには綴られていました。
それに対し、ラスムスが返事をしたためたかどうかは分かりません。唯一分かったのは、アイリーンの住まうリンデルの地に癒しの力が流出してしまった可能性があるということです。
私は隣国へ向かわねばならなくなりました。
罪なき隣国の民を、ナラネスラ王国と同じ憂き目に遭わせる訳にはいきませんでした」
リンデル王国を思うクロードの心が決して偽りではないことを、人の感情を伺ってばかりの半生を送ってきたシャーロットは、やるせなさを抱きながらも確信した。
レイナールの書斎で彼の行動原理について聞き出したあの日に覚えた彼の歪さは、その民に対する本物の慈悲にから来るものだったのだと、たった今ようやく気付いた。
「アイリーンの子を探すにあたって最初に目を付けたのは、彼女の嫁ぎ先であったサールグレン公爵家です。
彼女が、ラスムスとの間に出来た子をサールグレン公爵の子だと偽って育てていた可能性があったからです。
彼女の正式な子は二人だけでしたが、そのうち長男の方は公爵と揃いの赤髪だったので、疑ったのは桃色の髪をした長女のミロスラーヴァ殿下だけでした。
私はその息子のフレデリック殿下に取り入り、機会を見計らって彼女に力を流し込んでみました。
期待した通りの反発があった時、私はかくれんぼの終わりを確信しました。
それからすぐにミロスラーヴァ殿下を暗殺し、あとはその血を継ぐフレデリック殿下を残すのみとなりました」
目の前で当のフレデリックが聞いている事実をものともせず、あっさりと彼への裏切りを認めたクロードは、あろうことかフレデリックの方に自ら近づいて行った。
「フレデリック殿下の暗殺に際しましてはナラネスラ国王陛下に協力を求めましたが、快く引き受けていただけました。こちらの王家としては隣国に強力な力があると自国の優位性が損なわれますから、利害は一致していました」
「……」
堂々と共犯を証言された国王はいたたまれない様子で身じろぎをしたが、クロードは言わずもがな、その場の誰も彼に目を向けることさえしなかった。
そんなことは当たり前に全ての人の想定の範疇であり、今重要なのは明らかにそこでは無かった。
もはや誰もがクロードを険しく見つめ、彼の言葉を一句たりとも聞き逃すまいと構えている。
「しかし結果は失敗。
加えてあろうことか、私がターゲット自体を誤っていたことが明らかになりました。
フレデリック殿下が肌身離さず身に付けられていたペンダントが不自然なまでに粉々になっているのを見て、私はある禁術について思い出したのです。
それは癒しの力を物に込め、その耐久力に代わって一度だけ、装着者の命を守るというもの。
フレデリック殿下が持っていたのはそれで、恐らくはミロスラーヴァ殿下も同様だったのだと、その時初めて思い至りました。
我が不覚の至りです。現に今フレデリック殿下に触れてみても、以前のような反発はありません」
言いながらクロードは証明でもするかのように、その細い指先をフレデリックの額に当てる。
その間フレデリックは気丈にも、その場を動きはしなかった。
クロードは興味を失ったように彼から目を離すと、ちらりとシャーロットの方へ目を向けた。
「そうなるとラスムスの娘はサールグレン公爵家にはいなかったということになります。
であれば怪しくなるのは当然、シャーロット様の桃色の髪。そんな髪をした女性は、アイリーン様をおいてリンデル王国にはいません。
私の求めてやまなかった従弟と従妹は、アレクセイ様とシャーロット様だったのです。
思えばあなたのお母様の身の上についても、なかなかに情報が少なかったですからね。
私はすぐに、シャーロット様が能力者かどうか、調べなければならなくなりました」
言うとクロードは、今度はレイナールの方を見て、深い敬愛に消しきれない皮肉の入り混じったような表情を浮かべた。
「……レイナール殿下が私にだけ、粉々のペンダントを隠さず見せましたからね。
殿下がそんな無防備なことをしたということは、私を犯人だと確信していたということです。
間違っても殿下が私を信用しているなんてことはあり得ませんでしたし」
あの日のやり取りでレイナールがクロードに抱いた不信を、当然にクロードは感じ取っていた。
「もちろん、殿下に疑われていることが私に気づかれることも、殿下の想定の内でしょう。
つまりあのペンダントを見せるという行為は、私に対する宣戦布告と同義。私に圧力をかけることで更なる犯行を抑制しながら、証拠を集めようとのお考えだったのでしょう。
――なので私は、その手間を省いて差し上げることにしたのです」
「……それをして、お前になんのメリットがある?」
レイナールが口を開くと、クロードは待ってましたとばかりに口角を吊り上げた。
「ははっ、ただの世間話ですよ。
既に申し上げましたように、シャーロット様が癒しの力を持ちうる最後の候補でした。
その彼女がシロだったということは、つまり私の使命はこれにて達成されたということです。
もはやこの世で癒しの力を持つのは私だけ……ああ、世間話ではなくて、遺言と言った方が近いでしょうか」
クロードは懐から銀色のナイフを取り出すと、迷わずその切っ先を自らの喉元に当てた。
「癒しの力はこの世から根絶しなければならない。――私も当然、例外ではありません」




