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猫かぶり王子に、致命的な弱みを握られてしまった猫かぶり令嬢は、やむなく求婚に応じる  作者: 乃崎かるた


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44. ウィリアム・ユースティル

 夕食は一般に、三食の中で最も時間をかけられる食事であり、それは一国の最高位の立場にある王族にとっても変わらない。

 ナラネスラの王宮でも毎晩、相応に豪勢な料理が振る舞われる。


 皆が食事の席についたばかりの今、テーブルに並んでいるのは前菜の更に前に出される一口(ひとくち)大の料理だけだが、それでさえテーブル上を目にも鮮やかに彩る。

 

 広大なテーブルを囲うのは、現国王夫妻にヨエルとノエリアの双子を足したナラネスラ王家の面々と、隣国の王族として迎え入れられたフレデリックにレイナール、そしてシャーロット。


 錚々(そうそう)たる面々だが、一週間も繰り返していれば流石のシャーロットも慣れてくる。


 テーブルマナーももはや堂に入ったもので、彼女は武器を持っていないことを示すため、両手を机の上に載せた。

 ()()()()()()()()()()()ようにして、落ち着いた面持ちで食前酒が()がれるの待つ。


 ……もっともその内に秘めた()()()は、隣に座るレイナールからは隠しきれなかったようだが。


「シャーロット。昨日は災難だったし、まだ疲れが取りきれていないよね。辛いようだったら無理せず言うんだよ」


 今やフレデリックではなく、ナラネスラ王家の面々を警戒した末に猫を被ったままでいることにしたらしいレイナールが、この上なく優しくひたすらに薄っぺらい笑顔をシャーロットに向ける。


 シャーロットの不機嫌が万が一にも他の人間に気取られないよう、彼女が疲れていることを強調して誤魔化すための発言なのは明白だ。

 ……しかしそれに加え、この先に行う()()に向けて彼女の緊張をほぐす目的すらもありそうなところが、シャーロットとしては実に腹立たしい。


「……お気遣いありがとうございます、殿下」


 そんなことを考えている間にまんまと緊張がほぐれてしまい、あまりにも簡単に彼の掌の上で踊っている自分の情けなさに思わず顔が引き攣るのを、必死で堪える羽目になる。


 半ばレイナールから目を離すためだけに食前酒を注ぐ男性の方を向くと、彼――クロードは、順調に王族たちの前に並ぶグラスを白ワインで満たして回っていた。


 フレデリックの側近としてこの場に控えることを許された彼は今日、自らワインを注ぎたいと申し出ていたのだ。

 

 もちろん善意などではない。

 

 これは、昨日フレデリックを攫った連中がナラネスラ王家と繋がっていた可能性が高い現状で、彼らに対する不信感を言外に訴えることを目的とした行動。

 シャーロットに言わせれば、政治という活動の中でも特に汚らわしい部分をかき集めてこね回して一つに固めたような牽制の仕方である。


 もっともこの程度のことに、王家側とて眉一つ動かさない。彼らは柔和な笑みを浮かべたまま鷹揚に頷き、あっさりクロードの申し出を受け入れた。


 この経緯だけでも到底穏やかとは言えないが……レイナールとシャーロットはクロードの行動に、もう一つ切実な理由があることを懸念していた。


 ――ところでシャーロットが初めてここを訪れたとき、唐突に滞在期間を一週間に延ばされた。

 表向きにはナラネスラ国王の好意ということになっていたが、今思えばそれが昨日のフレデリックの誘拐と関係していないはずがない。


 つまり一週間というのは、一人の王子の殺害を実行するために必要とされた準備期間だったのだ。


 ただし首謀者がナラネスラ王国の人間だとすれば、ターゲットの滞在期間を無理に延ばす必要はないはずである。

 シャーロットらが自国にいるうちに準備を済ませておいた方が遥かに安全だからだ。


 よって首謀者は、シャーロットと()()()ナラネスラ王国に足を踏み入れた人間だと考えるのが自然。

 そうであれば、多少疑われるリスクを負ってでも一週間の猶予を設ける必要があったことにも頷ける。


 とはいえ、それだけではまだシャーロット自身を含め、候補はかなりいるが……それを、フレデリックに怪しまれないまま睡眠薬を盛れる人間に絞れば、非常に限られてくる。


「失礼いたします、シャーロット様」


 彼女のもとにたどり着いたクロードが、前に置かれていた空のワイングラスを持ち上げた。

 目礼をしてから、目の前で注がれる薄い金色の液体を油断なく眺める。


 すると彼女の人一倍優れた動体視力が、クロードの手のブレをいち早く感知した。


 ……このままでは自分にお酒がかかる。


 とはいえ似たような事態には既に、最近だけでも二度ほど陥っている。

 一度はソランジュ嬢に故意にワインをかけられそうになって、すんでのところでシャーロットが止めてのけた。

 また酔ったレイナールが手に持ったグラスのバランスを崩したときも、側にいたシャーロットが上手く支えた。


 もはやワインを溢さないことにおいて確たる自信を持つに至っているシャーロットは、しかし今回ばかりは被害を承知で静観を決め込んだ。


「……あ」


 自らの()()を察したクロードが小さく声を上げた瞬間、白ワインがシャーロットの両手を中心にぴしゃりと広がった。


「大変申し訳ございません」


 心なしか平坦な口調で謝罪をしたクロードが、ナプキンでシャーロットのドレスに応急処置を施す。

 

 その過程でクロードの指先が、()()()シャーロットの右手の甲に()()()


「……シャーロット、一旦立とうか」

「……はい」


 隣でその決定的な瞬間を余さず見ていたレイナールが、席を立ってシャーロットの方へ寄り、右手で彼女の左手を包み込むようにして引っ張った。


 ――瞬間、レイナールが密かに息を詰めるのを感じる。


 当然のことだった。

 なにせ彼の手の中で、シャーロットの左手の薬指に嵌められていた蒼い婚約指輪が、手の触感だけでも分かるほどに無惨に粉々に砕けていたのだ。


 賭けに()()したことを確信したレイナールは、視線をシャーロットの顔に向けたまま微かに口角を上げた。


 一方で、自分を守るのに必要な処置だったことは理解しながらも、指輪の破壊には最後まで抵抗を示していたシャーロットは、なおも不満げに口を尖らせる。


 シャーロットが首謀者に命を狙われないようにするためには、彼女を癒しの力を持たないものと誤認させることが出来れば良かった。

 そんな中、何とも都合よく癒しの力を打ち消す能力が存在していた。言うまでもなく、未来予知である。


 ここで気になるのはフレデリックが持たされていた、「一度だけ癒しの力を発揮するペンダント」だ。

 レイナールは未来予知で同じような処理をし、「一度だけ癒しの力を打ち消せる指輪」を生み出すことを考えた。


 問題だったのは、それをレイナールが勘で一から作らなければならなかったことと、指輪の発動条件が読みきれなかったこと。

 前者の成功は指輪の色が薄ら変化したことから確認して、後者については指輪がペンダントと同様、装着者のピンチに対応する形になっていることを祈った。


 つまり簡単に言えば、何もかもが大博打だったということだ。

 レイナールが胸を撫で下ろすのにも頷ける。


 ひとまずシャーロットもフレデリックも狙われることはなくなり、証拠を集めるための時間を稼げた。


 下手をすれば命懸けだった賭けに、シャーロットの心臓も未だバクバクと鳴っている。

 

 怪しまれたら台無しだからと静かに深呼吸を重ねていたら突然、耳を疑う言葉が聞こえた。


「――シロでしたか」

「……っ!?」


 自白としか取れない呟きをわざわざ口にしたのは当然、隣に立つ眼鏡をかけた男だった。

 戦慄に息を止めるレイナールとシャーロットの様子は全く意に介さず、クロードは続ける。


「力が子に全く受け継がれないというのは珍しいですが……他に目ぼしい候補もいませんし、ナラネスラ王家の例もありますからね。やはりどこの国でも、王家に近しい人間というのは神のお気に召さないものなのでしょうか」

「クロード……?」


 明らかな異変を見て、フレデリックは恐る恐る側近の名を呼ぶ。

 その様子はまるで、真実から耳を塞ぎたいと叫んでいるようにも見えた。


 しかし、そんな主の切なる願いを聞き入れる姿勢は一切見せずクロードは、いっそ優雅な仕草で国王に向き直った。

  

「ときに陛下」

「……何だ」


 ただならぬ雰囲気に明らかな警戒を滲ませる国王の様子から、彼らとて完全に同志ではなかったことが窺えた。


 クロードは仄暗い笑みを浮かべ、問いを投げかける。


「現在の教会がどのような状態にあるのか、あなたはご存知ですか?」

「……代表のウィリアム・ユースティルが体調を崩して、長らく力が使えていないとは聞くが」

「まあ、そういうことにはなっていますね。しかしそれはほぼ全て誤りです」

「何だと……?」

「ウィリアムは体調を崩していませんし、その力も絶好調です。そして何より、ウィリアムは現在の代表ではありません」

「……どういうことだ」


 眉を顰める国王にクロードは赤子にでも話しかけるような穏やかさで、しかし不気味な愉悦を孕んだ笑みで説明を重ねる。


「そんなことを仰って、もうお気づきなのでしょう? ――私こそが正式な当代教皇、ウィリアム・ユースティルなのです」

「……っ!?」


 息を飲むを一同を前に、クロードはいたく満足げに目を細めた。


「私には大事な()()があったので、一族の代表としての仕事は弟に任せてきました。弟も至って健康ではありますが、癒しの力についてはからっきしですね。もっともそれは噂されるような不調からではなく、初めからその能力を持っていないというだけのことですが」

「……っ、なぜ……」


 国王が絞り出すようにして疑問を投げる。


「……なぜ、癒しの力を使える人間に代行させなかった……?」

「ふっ、ははっ! 愚問を仰る。そんなの()()()()()()()に決まっているではありませんか!」


 堪えきれないように笑う姿には、いっそ鮮やかなまでに明確な狂気が滲んでいた。


「……いな、かった……?」

「ええ、いないのです。私たちの一族にはもう、私以外に癒しの力を使える人間はいません。――だってもう、全員死んでしまいましたから」

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