42. 力の発動条件
「……あの、殿下。最後に一つだけ、教えてはくれませんか」
「またか」
「ぐっ……どうかお許しを」
もうレイナールやシャーロットに手出しはしないと誓ったハロルドだったが、どうしても知りたいことがあるらしく、簡単には引き下がらない。
白髪混じりの頭を下げて動かないハロルドに、レイナールは苦笑を浮かべた。
「何が聞きたいんだ?」
「……その、殿下はもう未来予知の力を使われる気はないようですが、せめてシャーロット嬢に出会うまでに見てきた未来だけでも、今ここで、わたくしめにお伝えいただけませんか……?」
「あー……」
未来予知に大きな将来性を見出していたハロルドは、やはり少しでもその力を有効活用したいのだろう。
得心がいった様子のレイナールは、しかし、困り顔を浮かべる。
「……そう言われても、あなたに会わなくなって以降は何も見れていないからな……というか、だからこそ未練なく力を封じられるんだ。唯一視えるのはシャーロットの未来だが、彼女が近くにいる間は直接守れるし、遠くへ行けば能力が回復するだろう?」
「……え?」
まるっきり予想外の回答だったらしく、ハロルドは顔を上げて目を丸くした。
「なぁハロルド、癒しの力の発動条件ってなんだ?」
「……それは、先ほどの殿下の証言から未来予知の力の影響を受けていない、というのもありそうですが……一番大事なのはやはり、対象を癒したいと願う心でしょう」
その言葉に、シャーロットは自らの手のひらを見つめる。
……初めて成功するのが、レイナールの足の治癒になるわけだ。
「――だよな。それは未来予知をする上でも変わらない」
「……っ、それが何だと仰るのです! 殿下は幼少の折、リンデル王国の関わる戦争をほぼ無条件に当てられておりました。それはお知り合いの参加の如何さえ問いませんでした」
「そうだな」
「それは、殿下が王子としての自覚をもって、リンデル王国の全ての民を守るべき対象と認識されていたからです」
「まあ、そうなんだろうな」
「……目の前に確かに存在する傷ついた人のために祈る癒しとは異なり、今はまだ何も起きていない中、未来予知の対象をそこまで広げるのは至難の業でしょう。というかその部分の難易度の高さから、これまで未来予知の力を発現させることの出来る人間が極端に少なかったものと考えられます。……ですが、殿下はそういった問題をものともしませんでした」
「……」
……ハロルドの説明に、シャーロットはどうしようもなく圧倒された。
今のシャーロットには自分を癒すことすら覚束ないのに、レイナールは幼少の時分にそこまで民を愛せていたのかと。
二人に見つめられる中、レイナールは少し切なげに微笑んだ。
「つまり俺は内心でもう、国のみんなを守らなきゃならないとは思ってないんだろうな」
「……っ」
身も蓋もない現実に、ハロルドはぐっと黙り込む。
シャーロットの方も言葉が見つからなかった。
レイナールはずっと、王子として必要とされてこなかった。父親は元より自分に興味を持っておらず、自分の後継にはフレデリックをと強く望んでいた。
聡い彼は物心がついたタイミングでそれに気づき、王子としての自覚を欠いたのだ。
その後も兄を凌ぐ才覚を見せる度に嫌悪の目を向けられてばかりでは、それが回復することもあるはずはない。
戦慄を隠せない二人に、レイナールは軽く笑った。
「泣けるだろ? あ、それ以上に怖いか。俺は本質的にシャーロット以外はどうでもいいと考えてる訳だからな。そんなやつが次期国王だなんて、リンデルの民には同情してもしきれないな」
「……そんなこと、ないです」
気づくと、否定の言葉が口をついていた。
レイナールが不思議そうにシャーロットの方を見る。
……その瞳に薄らと期待の色が滲んでいるような気がしたのは、気のせいだろうか。
「……殿下はずっと、お母様を守るために王位を継ごうと苦心されていました。それと、さっき仰ったではありませんか。フレデリック殿下を守るために、私を囮にしたのだと。みんなのことをどうでもいいと思っているなんて、ありえません」
「……」
レイナールは少し驚いた様子で、目を瞬かせた。
「確かに未来予知は使えなくなってしまったかもしれませんが、そんなのは他のナラネスラ王家の方々だって同じです。でも、それなら彼らも何も愛していなかったのですか? ローズマリー様……お母様は、あなたを愛してはいなかったのですか?」
「それは……」
目を伏せるレイナールに、シャーロットは微笑みかける。
「大丈夫ですよ。あなたは神様でも化け物でもない、血の通った一人の人間です。未来予知の対象に出来るかどうかだけがその基準ではありません。もしもそれを忘れてしまいそうになれば、私が何度でも教えて差し上げます」
言うとレイナールは、心底嬉しそうに目を細めた。
「……なぁハロルド」
「っ、あ、はい?」
このタイミングで名前を呼ばれるとは思っていなかったらしく、ハロルドはびくりと体を震わせる。
「――もう聞きたいことがないなら出ていってくれないか? 俺は今からお楽しみの時間なんだ」
「え?」
「……え?」
思わずシャーロットも一緒になって聞き返すが、レイナールはびくともせず、上機嫌に手をひらひらさせる。
「あー、それとも見ていくか?」
「い、いえ結構です! お暇します!」
忙しなく出て行くハロルドを横目に、シャーロットは恐る恐る訊ねる。
「……あの、お楽しみってどういう――んむっ!」
答えの代わりに唇を奪われ、息を吸い損ねたシャーロットは必死で彼の両肩を掴んで離れようとした。
しかし彼女ごときの腕力で撤退は叶わず、じっくりと味わうように何度も角度を変えて噛みつかれる間、彼女になす術はない。
次第に頭の中がとろとろに溶けていって、無意識に彼の胸に縋りついてしまう。
やっと唇を離された後も肩で息をしながら、彼に体を預けてぼんやりとその首元に頬擦りをする。
そんな彼女の反対側の頬を親指で愛おしげに撫でながら、息を乱す素振りもない彼は苦笑する。
「君、めちゃくちゃ眠いんだろ」
「ん……」
言われてみれば、瞼が今にも落ちそうだ。
問題がひと段落して気が抜けてしまった。
「昨日から徹夜で今はもう昼。その間に命からがら逃げ回ったり癒しの力を初めて行使したりしてるもんな。ここまでよく頑張ったよ」
「え、ぁ……」
彼はシャーロットの背中と膝裏を持って横抱きにすると、すぐそこのベッドに横たえた。
上から羽毛布団をかけてやり、唯一覗く桃色の頭を優しく撫でる。
「俺が見張っててやるから、夕食の時間までちょっと寝てろ」
「……それでいえば、昨日以前も馬でここまで移動していて碌に休めていない殿下の方が消耗が激しいのでは……?」
素直に眠ってくれないシャーロットに、彼は参ったと笑う。
「そんなくだらないことには気づかなくていいんだよ」
「ん……やっぱり殿下が寝ていてください。私が見張っていますから」
シャーロットは強情にも半身を起こし、ベッドを出ようとする。
しかしレイナールは彼女の上に乗っかり、その体を押さえ込んだ。
「……っ!?」
「バカを言うな。俺は、君が寝るなら仕方ないとどうにか我慢してやってるんだぞ」
「へ……?」
「君が寝ないというのなら、俺はこれから君を構い倒す。そしたら俺は更に消耗する。それじゃあ本末転倒じゃないか?」
「え、え」
彼の言っていることが正しいわけはないのだが、もはや回っていない頭では反論が思いつかない。
どうしようもなく目を泳がせているうちに、近づいてきた彼に耳を口付けられる。
「ひゃぅ!」
唇が触れるときとはまた異なった感触に声を上げると、彼はいたずらっぽく笑い、耳元に囁きかけた。
「おやすみ」




