28. 答え合わせ
国王との話が終わった後、シャーロットはすぐレイナールの書斎に引きこもった。
部屋の主はフレデリックと仕事の話を詰めておく必要があるとかで、席を外している。
レイナールが派手な攻撃を仕掛けた直後なので少し心配だが、これ以上国政を不安定にするという選択肢は、あの兄弟のどちらにもない。
どうにか上手くやってくれるだろう。
現在シャーロットの自室では侍女たちが大急ぎで旅の支度をしてくれているが、シャーロット自身はファッション面のセンスに不安があり、手伝おうにも邪魔なだけだった。
そこで彼女は空いた時間を利用し、こればかりは自分でやる他ないたぐいの「旅の支度」を進めることにしたのだった。
「……何度見てもお上手で」
手に持った絵の巧みさに、シャーロットは思わず呆れたような笑みをこぼす。
これはレイナールの描いた、ある男性の似顔絵。
そこまで時間のかけられたものではないが、今にも紙を飛び出して笑いかけてきそうなほどに精巧で、この絵の中の人物が実際に存在している姿がありありと思い浮かぶ。
しかもこれは、彼が五年前に一度見ただけの人物を、シャーロットにもイメージできるようにと今になって思い出しながら描いたものだという。
レイナールは自身を「大体なんでもできる」と評していたが、それが嘘ではないということを思い知らされる。
全く腹立たしい限りだ。
……ともかくこれは、レイナールが言うには、フレデリックの行いの物的証拠を見つけ出す上でヒントとなりうる人物らしい。
四十歳前後で、瞳は特徴的なアメジスト色。
ナラネスラ王国の血が入っていることは間違いないと見て良い。
名前も知れない彼は、七年前、秘密裏にフレデリックと会っていたのだという。
レイナールが彼らを盗み見れたのは偶然だった。
今は使われていない王宮の別塔に、二人でこそこそ入っていくところを彼は見かけたのだ。
……別塔と言えば、シャーロットにとっても因縁の場所である。
何といっても、兄がフレデリックから皇后殺しの疑いをかけられた場所だ。
あそこはフレデリックが後ろ暗いことをするとき、決まって使う場所だったらしい。
シャーロットはナラネスラ王国で、この絵を頼りに証拠を嗅ぎまわるしかない。
無論こんな怪しい絵を堂々と持ち歩くわけにはいかないので、ナラネスラの城内図と合わせて、今日中に目に焼き付けた上で、置いていかなければならない。
しばらく静かに資料を眺めていたが、やがて集中力が途切れてくる。
そこで頭に浮かぶのは、当然今朝の光景。
……アンナには悪いことをしたと思う。
彼女自身に過失はないのに、フレデリックの婚約者だというだけで、ナラネスラ王国に閉じ込められることになっていしまった。
作戦を実行したのはほぼレイナールだが、シャーロットもそれを分かっていて座視したのだ。
同罪だろう。
もちろんそれには理由があったし、たとえ時を遡れたとしても、シャーロットは確実にまたアンナを見捨てる。
だがそれでも、やりきれない思いを抱かずにはいられない。
良くない考え方かもしれないが、アンナがいつも通り早くに浮気していれば、こんなことにはならなかったのにと……
…………いや? それは、違う……
急に強烈な違和感を抱いたシャーロットは、改めて思考を整理してみる。
いつだったかアンナは、「少しでも権力の大きい人と結婚することを人生の目標にしている」と言っていた。
それを信じるならばフレデリックを手に入れた今、それよりも「権力の大きい人」などこの国には存在しない。
唯一レイナールだけはフレデリックを抑えて国王の座を手にする可能性を秘めているが、それをアンナが認めたのはつい最近のことだ。
少なくともそれまでは、アンナが浮気をする理由などどこにもなかった。
……にも関わらずシャーロットは、ずっと心のどこかで、アンナはいつか浮気するのだろうと思っていた。
その理由は……あれだ。あの時だ。
あの廊下で、レイナールと初めて会った時。
自分を捨ててフレデリックに乗り換えたアンナについて、レイナールは確かにこう言っていた。
『――あの女は浮気性で有名なんだよ。俺は三か月で捨てられた訳だが、兄さんは何日持つだろうな?』
この発言は、おかしい。
だって、アンナがあれ以上浮気するわけはなかったのだから。
これではレイナールが、自力でアンナの浮気性を突き止めていたにも関わらず、彼女が強い上昇志向を持っていることには全く気付いていなかった、ということになる。
そんなことがありえるだろうか。
……にわかに信じがたい。
しかしこれは重大な問題だ。
なにせレイナールは、浮気を狙ってのアンナという人選だったと言っていた。
精確には、この通りだ。
『――例えば兄さんがうっかりあの女と婚約してしまうことがあれば、あの女が浮気したときは立派な不倫になる。兄さんは女に逃げられる不名誉な男だと噂されるだろうな。そうすれば、王位継承権の奪取に一歩近づくだろう?』
わざわざアンナに近づいて、篭絡された振りをしてまで彼女をフレデリックに奪わせたのは、彼女が不倫をすることでフレデリックの名誉が傷つけられるからだと、そう言っていた。
――それが嘘だったとすれば、本当は何が目的だった……?
レイナールがシャーロットに隠し事をする意義は、基本的に薄い。
彼にとって唯一警戒すべきは彼女が既にフレデリックに買収されている可能性だが、そうなればどの道レイナールに打つ手は無くなる。
……いや、買収されていると確信できればまだ、それを逆手に利用することもできないことはない。しかし少なくとも現時点まで、彼がその確信に至ることはできなかったはずだ。
だって実際、シャーロットは買収されていないのだから。
よってレイナールの立場では、シャーロットを信じて利用するしかない。
現に彼はこれまで、彼女を疑っているにしては秘密も作戦も洩らし過ぎている。
以上を踏まえると、彼が隠し事をする理由など一つしかない――
シャーロットはゆっくりと深呼吸をし、ソファのひじ掛けにもたれかかる。
切なさを笑みで誤魔化しながら、小さく呟く。
「あなたは、この期に及んで……」
――なるべくシャーロットに罪を負わせないため、だ。
思えば今回のナラネスラ王家に対する情報漏洩だって、シャーロットにはずっと前に一度匂わせただけだった。
具体的なことは、今朝の事後報告で初めて知った形である。
何を考えているのか分からない印象を受ける人だが、結局は根が優しいのだ。
「……そうなると、アンナ様を引き込んだ理由は別の作戦と関係しているということ」
というかそんな作戦、今回のに決まっている。
他でもないアンナが人質という大役を担うことになったのだから。
人質がアンナでなければならなかった理由……もちろん、ある。
恋愛に本気にならないアンナでなければ、フレデリックと離れ離れになると聞いて泣き叫んでいたかもしれない。
フレデリックに見捨てられることで、自暴自棄になっていたかもしれない。
というか二人が相思相愛だったら、フレデリックの方が人質の件を飲まなかったかもしれない。
傷つく人をなるべく減らそうとする配慮はなされていたということだ。
しかし、それでもアンナを犠牲にしてしまうことに変わりはないから、これにシャーロットを協力させはしなかった。
……ただこれは、やや危ない賭けだったと言わざるをえない。
繰り返すが、アンナには強い上昇志向があるのだ。
フレデリックのようなまたとない優良物件、簡単には手放さない可能性があった。
アンナがたまたまフレデリックとレイナールの実情を知れたから良かったものの……
「――って」
突然に全てが繋がるような感覚を覚え、背筋がぞくりと震えた。
――アンナが真実を知ったのは、婚活パーティーの日。
資料室へ貴族に関する資料を探しに行っていたとき、たまたまフレデリックとレイナールの会合に居合わせたのだ。
見つけたのは、たまたまドアが空いたままになっていて、王子たちの声が聞こえたからだった。
――それがどれも、偶然じゃなかったとしたら?
そもそも資料室のことをシャーロットに伝えたのはレイナールだった。
……それもなぜか、パーティー開始直前という微妙なタイミングで。
戦慄を覚えたシャーロットは、思わず引き攣った笑みを浮かべる。
「……まったく。どんな頭してるんですか、殿下」




