21. 誓いの言葉
緩やかな三拍子の調べが響く中、シャーロットはパートナーの嫌味なまでに洗練された技術に舌を巻いていた。
レイナールから、踊り慣れた者特有の個性のようなものは感じられない。
あの性格なので、これまで女性に対してそう積極的でなかったことにも頷ける。
彼の真骨頂は踊り自体というより、リードの技術にあった。
周りの人間とぶつからないよう配慮する際、男性である彼はシャーロットを上手く導かなければならない立場にあるのだが、その時の動きが尋常ではないのだ。
シャーロットと自分の二人分の重心が点単位で見えているとしか思えない精確さなのである。
シャーロットが後退しなければならないときは、彼女がバランスを崩さない微妙な力加減で重心を前に持っていき、その逆も然り。
おまけに踵を床に付けたりする際には必ずシャーロットに一瞬遅れて行うため、彼女を引っ張るようなことには一度もならない。
この恐るべき観察力は、恐らく経験に裏付けられたものではない。
その突出具合の歪さこそが、その純粋な天賦の才たるを証明していた。
シャーロットの驚きの理由を察したらしいレイナールはニヤリと笑う。
「優しいだけが取り柄の王子で通している俺は当然、みんなの前で堂々と出来ることも少ない。その少ない芸当の中にダンスの技術を含めていたことに、君は感謝するんだな。二人して大恥をかくところだったぞ」
「……それについては素直に感謝せざるを得ませんね」
言いながらもシャーロットは、体の貧相さを指摘された雪辱を果たすことを決して忘れてはいなかった。
レイナールの足を踏むタイミングを虎視眈々と狙っているのだが、いかんせん多くの注目を集めている中で不審な動きは出来ないのと、レイナールが宣言通り完璧に回避してくるので、計画の遂行は難航している。
成果を上げられないまま曲の終盤を迎えたところで、レイナールはシャーロットを胸に引き寄せ、彼女の耳元に口を寄せた。
「――ちゃちな反撃はやめろ」
「〜〜っ!」
婚約者に何事か囁かれる形になったシャーロットは、それに対して頰を染め目を潤ませるという反応をしてしまったこともあり、見る者たちのどよめきを誘う。
実際は常に一枚上手な婚約者に対し、苛立ちが沸点を迎えかけているだけだったのだが、それは怒りを向けられている当人以外には、知る由もないことだった。
実に意味深に見つめ合っていたところで、ある人物が恐る恐るといった体で二人の元にやってきた。
先に気づいたレイナールは何事もなかったかのように手を離し、人当たりの良い笑みを浮かべてのける。
「あなたはもしかして……」
「お初にお目にかかります、第二王子殿下。本日ご招待に預かりました、マーセル子爵代理のグスタフと申します」
「……お、お父様!?」
目の前には、三年ぶりに顔を合わせる父親の姿。
シャーロットは思わず声を上げた。
実の娘の婚約パーティーだ。
当然親は呼ばれる。
父親を物騒な王宮に近づけたくないというシャーロットの要望から、婚約時の挨拶は手紙で済ませていたのだが、パーティーにさえ来ないとなれば対外的に不自然だ。
これで、子爵家がフレデリックからかけられている疑いを匂わせるようなことになってしまえば本末転倒。
今回ばかりは、渋々了承せざるを得なかった。
彼の参列を知っていたにも関わらず驚きを露わにしてしまったのは、婚約者に気を取られてその存在を完全に忘れていたからだ。
色んな意味で、口が裂けても言えないことである。
ちなみにグスタフが子爵代理を名乗っているのは、彼が正式な子爵ではないからだ。
実際に子爵位を賜ったのは息子のアレクセイの方。
グスタフは、多忙な息子に代わって領地の運営に携わる立場にある。
国の中枢部のことしか考えていない子ばかり産んでしまった親の人生は、それなりに色々大変なのである。
「遠路遥々来てくれてありがとう。今日は楽しんでいってね」
流石に安定感のある対応を見せるレイナールに、しかしグスタフはその笑みを曖昧なものに変え、代わりに眼光を鋭くした。
「光栄に存じます。娘がご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうかご容赦くださいますよう」
「……大切な娘さんの未来が心配?」
「っ……やはり田舎者に腹芸は過ぎた真似だったようですね」
その心の内を王子に速攻で言い当てられたグスタフは、全てを潔く認めて苦笑を浮かべた。
レイナールは一応言葉を濁したが、グスタフが心配しているのは娘の未来などという抽象的なものではないことも、ちゃんと伝わっている。
シャーロットの父親は、かつてフレデリックが脅してきた際その場に居合わせていた。
当然シャーロットの事情を知っている。
そしてこれまた当然のことだが、彼は婚約する二人の間の愛を強く疑っている。
シャーロットをよく知る彼は、目的のために手段を選ばない彼女が簡単に恋愛結婚に甘んじた訳がないと考えているのだ。
シャーロットは恐らく、目的が家の結びつきなどの一般的なものですらない契約結婚をしてしまっている。
そんなことで、果たして娘は幸せになれるのか。
家族の問題を娘一人に背負わせてしまっている自覚のある父親は、それを酷く心配していた。
「お父様……」
シャーロットは父親の様子を見ながら、それでもこれまで通り、恋愛結婚なのだと押し通すべきだと判断した。
……しかし、レイナールの方はそう思っていなかった。彼はすぐに、シャーロットの言葉を遮る。
「残念ながらお察しの通り、僕たちは恋愛の末に結ばれた訳じゃないよ。彼女を幸せに出来るかも分からない」
「……殿下?」
意外にも打ち明ける選択をしたレイナールに、シャーロットは思わず瞠目する。
いくらシャーロットの肉親とは言っても、秘密を話すことにはリスクしかない。
「――でも、この先シャーロットがどこへ行こうと必ず守り通すことだけは、王族の名にかけて誓うよ」
「……っ」
婚約者から突然発せられた、重い誓いの言葉。
それを間接的に受けたシャーロットは、思わず息を飲んだ。
喉がカラカラに乾いて何も言えなくなった彼女の目の前で、グスタフは小さな笑みを浮かべる。
「……この年になって、柄にもなく胸を打たれました。殿下の仰ることを信じます。改めまして不束な娘ではごさいますが、どうかよろしくお願い致します」
深く頭を下げるグスタフに、レイナールは優しい目つきで微笑みかけた。
……それも貼り付けたものではなく、多分本物の表情で。
状況を偽りなく打ち明けてしまったことに疑問を呈そうとしたシャーロットは、そんな彼の様子に口を閉じた。
お転婆だった娘のしおらしい様子に、グスタフは愉快げな笑みを浮かべる。
「シャーロットがちゃんと着飾るところを見るのも三年ぶりか。何度見ても、お人形遊びもそっちのけで兄さんと剣術ごっこをしてばかりだったとは思えない姿だよ」
「お父様!」
娘の抗議を聞き流し、声を上げて笑う父親の姿。
それは、変わり果ててしまった子爵家の道しるべになってくれそうな、全く変わらないものだった。
冗談っぽく頬を膨らませるシャーロットに向けられたグスタフの目は、しかし次第に、慈愛の色を深めていく。
「お前の晴れ姿、ライラにも見せてやりたかったよ」
「……お母様ならきっといつでも、私たちのことを見守ってくださっていますよ。お父様が、お母様の形見の花壇の水やりを度々忘れていることも、きっと許してくださっていると思います」
「な、なぜそれを!?」
「ふふっ、そんなことだろうと思っただけです」
からかってきた父親にささやかな仕返しをしたところで、グスタフはお手洗いに行ってくると言い、席を外した。
レイナールと二人きりになった途端、シャーロットは先ほどの彼の言葉を思い出す。
頬が熱くなりかけるのを必死で抑えた。
「どうかしたか?」
「……いえ、久しぶりにお父様に会ったので、ちょっと感慨深くて」
動揺を気取られ、婚約者の鋭さを恨みながらも何とか誤魔化す。




