表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/50

19. 王太子位争奪戦の行方

 シャーロットは好奇心を隠し切れないアンナの様子に全てを諦め、事態の行方を静かに見守る方向に転換していた。

 

 王子たちの会話の内容は、うっすらとだがシャーロットにも聞こえてきている。

 喋っているのはほとんどレイナールの方だ。


「視察へ行った大臣たちは、秋の収穫量が減っていることを気にしていたんだね。当面は一応、技術の発展で補い切れてるはずだよ」

「そうか」


 柔らかな彼の口調は、「表の顔」のときのもの。

 本来はフレデリックの嫉妬を避けるため、()()()()()()脇役に徹するために使っているものだ。

 

 ……これが当の兄しかいないときにも使われているのは、彼を無闇に刺激しないためだろうか。


「まあ農民たちの戸籍管理状況の見直しくらいはやっても良いかもしれない、とは伝えておいて欲しいかな」

「そうか」

「それと、この辺の書類だけは読んでおかないと本当に執務をしているのか疑われるかもしれないから、気を付けてね」


 シャーロットは表情を変えないようにするのに苦労した。

 これまでレイナールとシャーロットが他の全てに優先して守っていた秘密が、音を立てて崩れていくようだった。

  

 これでアンナに、執務関係の仕事について全てバレてしまった。

 能ある鷹は爪を隠し損ね、フレデリックがレイナールに全て丸投げしていることが明るみになってしまった。


 ……ちょっとした声に惑わされたりせず、資料室に直行するべきだった。

 後悔は先に立たない。


 能力面について、アンナがつく王子を間違えたことが明らかになった上、既にバレているシャーロットの真の目的、つまりはレイナールを王太子にすることが決して夢物語では無かったことも知られてしまった。

 

 アンナもフレデリックの無能を言いふらすようなことはメリットがないためしないだろうが、ここで彼女に自暴自棄になられると、レイナールの計画にも支障が出かねない。


 シャーロットはアンナの顔色を窺ってみる。

 彼女の表情は、シャーロットの予想とは異なり凪いでいた。

 しかしその顔つきとは裏腹に、アンナは躊躇いなく部屋の扉に手をかける。


「あ、ちょっと……!」


 シャーロットによる二度目の制止を物ともせず、アンナは王子たちの前に姿を現した。


「ごきげんよう、殿下方」


 予想外の人物の登場に、レイナールは純粋な驚きを見せ、フレデリックはいささか決まり悪げな顔をする。

 ここでしまったと思っていることを悟らせないあたり、レイナールは流石だが、そんな演技にももはや大した意味はない。


「このようなことをして、レイナール殿下にどんな利益が?」


 アンナの問いは単刀直入なものだった。


「僕は目立つのが苦手なんだ。兄さんには隠れ蓑になってもらっているような形だよ」

「……本当ですか?」


 フレデリックが回答に窮する中、レイナールは元より言い訳を考えていたのかすらすらと話す。

 

 シャーロットが過去に同じ質問をしたときは「執務をフレデリックの名義で行うことで、いつかわざとミスをして出し抜ける環境にしておく」というようなことを仄めかしたが、立場上敵対しているアンナに同じことを言う訳にはいかない。

 

 レイナールの捻り出した回答は、悪くないものだった。

 ……しかし残念ながら、アンナを誤魔化せるに至るものでもなかった。


 シャーロットが固唾を飲んで見守る中、アンナは自分の中で考えをまとめられたのか、落ち着いた微笑みを浮かべる。


「国王陛下に溺愛され、現時点では王太子に近い位置にいるフレデリック殿下と、単純に優秀なレイナール殿下。これだけでも勝負はかなりギリギリだけれど……私ではシャーロット様に敵わないわ。ふふっ、どうやら私たちは揃って賭けに負けてしまったようですね、旦那様?」


 婚約者に笑いかける余裕すらも見せるアンナに、一人話が見えていないフレデリックは不満げな表情を浮かべた。


 アンナが負けた賭けは、どちらの王子が王太子の座に近いかというもの。

 フレデリックが負けた賭けは……レイナールがアンナを愛していたかとういうもの。


 アンナの言葉の意味を正確に理解出来たシャーロットは、しかし彼女の予想以上に優れていた洞察力に舌を巻く。

 レイナールも、アンナがここまで落ち着き払った態度をとるのは想定外だったのか、微かに目を丸くした。


 一瞬の沈黙を破ったのは、フレデリックだった。


「何を(たわ)けたことを言っているんだ、アンナ。

 コイツ(レイナール)に王位継承権を得られるだけの能力があったなら、とっくに動いているはずだろう。

 既に二十年以上も兄弟をやってきていて常に俺が有利であり続けたんだから、この先もそうなるに決まっている」

「ですから、シャーロット様が脅威だと申し上げているのです」

「この女が?」


 ピンと来ないのか、フレデリックは顔を顰めながらその見事な翠色の瞳をシャーロットの方に向ける。

 

 シャーロットとしても、正直自分が第一王子陣営にとって脅威に成りうるとまでは思えていなかったので、少し居心地悪く感じながら彼を見つめ返す。


 しかし、やがて良いことを思いついたのか、金髪の王子はにやりと笑った。


「仮にこの女の能力が脅威だったとして。コイツも俺側に引き込むまでだな」


 フレデリックはシャーロットを、肩を組むような形で引き寄せた。

 シャーロットは大胆でかつリスク管理の足りていない彼の行動に辟易としながらも、その真意に考えを巡らせた。


 フレデリックとシャーロットは現在、裏で脅し脅されの関係にある。

 当然、フレデリックに対するシャーロットの心証は悪い。

 

 それを、シャーロットが陣営を乗り換えるまでに変えられるとすれば……それは、フレデリックが何らかの形で脅しを撤回したときだ。

 

 つまり彼は、シャーロットを抑えるため、アレクセイに対する第一王妃殺害の容疑追及を辞め、国王になった暁には一家皆殺しするなどという物騒な宣言も取り下げる可能性があるということ。


 その取引は、シャーロットとしては……正直、アリだ。

 

 約束を反故にされる可能性は相応に高いが、そこを何とかする方法を考えてみるだけの価値はある。


 色々考えて、結果なんと答えるか決めかねて黙りこくっていると、レイナールが徐にフレデリックの腕を掴み、シャーロットから引き離した。


 その仕草で我に返ったシャーロットは、シャーロットたち二人が深く愛し合っているという設定は未だ健在だったことを思い出す。


 まだフレデリックに危険視してもらえてすらいない今、寝返りの提案を受けるか考えたところで取らぬ狸の皮算用だ。

 レイナールが早めに動いてくれて助かった。


 感謝を込めてレイナールの方を見ると、彼は珍しく顔から笑みを消し、本当に不快そうに目を細めていた。


 そういえば彼の、「嫉妬の演技」を見るのは初めてだ。

 相変わらず見事なものではあるが、その表情にシャーロットは小首を傾げた。


 これまでの彼の行動からして、今回のようなことに対しては穏やかな笑顔を浮かべたままで「僕のシャーロットにあんまり触らないでよ」くらい言ってのけるような気がする。

 

 ここに来て無言でフレデリックをシャーロットから引き離すのは、演技として少しちぐはぐな感がある。

 

 睨み合う二人を交互に見つめながら言葉に窮していると、アンナが助け舟を出してくれた。


「私の目の前で人の婚約者を口説くのは辞めてくださいますか、()()()()?」

「……」


 突然のあだ名呼びに、三人は残らず絶句した。


 いや、普通にアンナのフレデリックに対する敬意が薄れた結果に過ぎないのだろう。

 

 今回アンナは、弟の分まで執務作業を済ませている有能な王子で通していたフレデリックが、実は何もしていなかったことを知ったのだから当然だ。


「くっ……」


 婚約者からの屈辱的扱いに歯軋りをしたフレデリックは、しかし何も言い返せない。

 

 実はあだ名で呼びあうのは、その真意はどうあれ特に珍しいことではないのだ。

 仲が深まった証として、政略結婚で結ばれた王族や貴族でもすることは少なくない。

 

 側から見れば何の問題もない、むしろ微笑ましい光景であるがゆえに、フレデリックは彼をそのように呼ぶアンナを咎めることが出来ない。

 咎めれば逆に、墓穴を掘ることにすらなる。


「ところでフレディ、その服装にピンク色のペンダントは似合っていませんよ?」


 再度あだ名を強調しながら、アンナはフレデリックのアクセサリーに言及する。

 よく見ると彼は、首に淡いシャンパンガーネットのペンダントをつけていた。


 パーティーにおいて、身につけるものとして好まれるのは本人の、またはそのパートナーの瞳の色に合わせたものだ。

 例えばシャーロットは、流石にこれ以上色を増やすとくどいので、自らの瞳と同じサファイアブルーのチョーカーを首につけている。

 この日のために拵えてもらった婚約指輪さえも、その中心には色味を合わせたブルーサファイアが据えられている。


 しかしここで桃色のペンダントを身につけられると、連想されるのは誰かの瞳の色というより……特徴的な、シャーロットの髪色だ。


「……いつも身につけているものだ。外す気はない」


 フレデリックの言葉に、何となく気まずくなっていたシャーロットはようやく合点がいった。

 いつも身につけているということは多分、フレデリックの母親である第一王妃、ミロスラーヴァの形見なのだ。

 彼女の髪も桃色だった。


 正直シャーロットの髪が連想されるので外聞は悪いが、フレデリックがそれを外そうとしないのにも頷けはする。


「別に気にすることはない……シャーロットはいずれ、いなくなるんだからな」

「……っ」


 フレデリックの呟きに、シャーロットは息を飲んだ。


 彼はアレクセイに対する容疑の追及を辞めることを仄めかしたが、それは彼がシャーロットを脅威と認めた場合に限る。

 彼の中では依然として、シャーロットはいずれ始末する存在なのだ。


 自らの置かれた状況が全く改善していないことを改めて思い知らされたシャーロットは、パーティーを目前に気を引き締め直した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ