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猫かぶり王子に、致命的な弱みを握られてしまった猫かぶり令嬢は、やむなく求婚に応じる  作者: 乃崎かるた


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18/50

18. 第一王子妃の本懐

 婚約パーティー当日。

 主役の一人を張るアンナは、化粧に余念がないかとドレッサーの鏡をじっと見つめていた。


 赤を基調としたドレスに、生来の深紅の瞳とこの日のために取り寄せた真っ赤な口紅が、我ながらよく合っている。

 

 年中鏡越しに見ているこの華やかな顔は、これまで数知れない男を落としてきた顔であり、アンナの数少ない武器の一つでもある。

 

 大好きな恋愛を存分に楽しめる姿に産んでくれた両親に感謝しながら、ケアは欠かさずに行ってきた。


 ――アンナにとって、恋愛は遊戯だ。

 

 それ以上に面白い遊戯は、この世に存在しないと考えている。

 

 また女の旬が短いことも、アンナは正確に理解している。

 だから恋を最大限に楽しむために、時間は一瞬だって無駄に出来ない。


 ……にも関わらずアンナは、フレデリックと婚約して三か月目に入って久しいというのに。実は次なる相手を全く探していなかった。

 これまでの自分の振る舞いを鑑みると、全く動いていない期間としては相当に長いと言える。


 少しずつ、より社会的地位の高い相手に乗り換えていくことも遊戯の要素の一つと捉えているアンナとしては正直、国の王子であるフレデリック以上の相手が思いつかないというのもある。

 

 しかし動かない最大の理由は、アンナが未だ、フレデリックの心を捕まえられていないと感じているからだと自己分析する。

 フレデリックとの恋愛がまだ終わっていないから、次に進めないでいるのである。


 あの、レイナールの誕生祭の日。

 たったの数刻話をしたりダンスをしたりしただけで簡単に求婚してきたフレデリックだったが、彼が真にアンナに興味を持っていたのはその時が最後だったように思う。

 

 ……いや、それすらも少し違う。

 あの日フレデリックが興味を持っていたのはきっとアンナ自身にではなく、アンナを手に入れること自体に、だ。

 

 異性の感情の機微は、残念ながらというべきか、経験豊富なアンナには手に取るように伝わってくるものだった。


 女の誇りにかけて、彼を落としたいと思った。


「……毒にも薬にもならないと思っていた王子が、今じゃ立派な強敵ね」


 アンナは侍女たちにも聞こえないような声で呟く。

 

 言うまでもなくフレデリックの弟、レイナールのことである。

 フレデリックがアンナに求婚をしたのは、恐らくレイナールへの当てつけだ。

 

 当時アンナは誰が見ても明らかにレイナールと仲を深めていたから、フレデリックはレイナールの女として、アンナを求めたのだ。

 理由までは分からないが、お世辞にも感情を制御するのが上手とは言えないフレデリックの様子を見ていれば、アンナの勘の良さが無くとも察してしまう。


 婚約パーティーがレイナールたちと合同になったときも、随分荒れていた。

 特段アンナを大切に思っている訳でもあるまいに、パーティーが合同になっただけで「アイツはいつも俺の邪魔をする」なんて言葉まで出るとは。

 レイナールはいっそ羨ましいほどの、興味の向けられ方だ。


 あの第二王子と言えば、シャーロットとの関係も気になる。

 恋愛結婚でないにも関わらず、仲睦まじいフリをしている二人。


 シャーロットはレイナールの厚意だと言っていたが、アンナの勘はそれが彼を王太子にする計画の一貫だと言っている。

 というか、昨日ノエリアの前で「婚約者を王太子にする」と宣言していたことから、それはほぼ確実だろう。


 仲睦まじいフリをしている理由として有力なのは、フレデリックにシャーロットを狙う気にさせるため。

 アンナにはその目的が分からない上、かなり捨て身の策のようにも思えるが、王太子にしなければならないのはあの優しいだけが取り柄のレイナールだ。

 

 シャーロット一人で何とかするにはそれくらいのことはせざるを得ないのだろう。


 ここまで分かっていながらアンナは、その考察をフレデリックに話すことはしていなかった。

 

 ……婚約者の甲斐性を試してみたくなったからだ。


 フレデリックがシャーロットの罠に引っかかり、アンナを捨てるようなことがあれば、アンナは恋愛という遊戯において、負けを認めざるを得なくなる。

 フレデリックの中で、アンナとシャーロットが完全に同列の存在であることが証明されるからだ。


 趣味の悪い行動であることは、自分でも分かっていた。

 また一層タチの悪いことに、アンナは相手からの愛を望むくせに、自分が恋したことは一度だってない。


 真実の愛を見つけるなど、アンナの過去を鑑みれば過ぎた願いに違いない。

 しかしフレデリックを通してでも良いから、恋とは、愛とはどういうものなのか、垣間見させて欲しかった。


 アンナは自らの屈折した願望を、静かなため息で誤魔化したあと、そろそろ準備が終わっているであろうシャーロットの様子を見に私室を出た。


 ○


 オリオンブルーのボールガウンに身を包んだシャーロットは、息を飲むほどの美しさだった。

 

 オフショルダーにしたことで、彼女の真っ白なデコルテが惜しみなく見せつけられている。

 アクセントに入れた銀色の刺繍はさして目立ってはいないが、その分淑やかな落ち着きを演出している。


 落ち着きを演出する必要があったのは、彼女のドレスはどこまで行ってもその鮮やかな桃色の長髪の脇役に過ぎないからだ。

 この日のために王宮の持つあらゆる技術と人材を投入して手入れされたシャーロットの髪は、一本たりとも傷んでいないのはもちろんのこと、明るい照明を反射して輝かんばかりだった。


「さすが、この私がデザインしただけあるわね」


 アンナがおどけて大袈裟に自らを褒め称えてみせると、シャーロットもドレスの出来には満足なのか、微笑を浮かべた。


「アンナ様に手伝っていただけなければ、どうなっていたか分かりませんよ。感謝に堪えません」

「そこまで言ってもらえるなんて嬉しいわ。やっぱり袖のリボンはあって良かったわね」

「ええ。新しくて豪華だと、使用人の皆様に褒めていただきました」


 シャーロットの袖の両端には、床にまで伸びるシフォン生地のリボンがあしらわれていた。

 アンナの提案に、最初は少し華美すぎるのではないかと渋ったシャーロットが、最終的にはアンナに押し切られた経緯があるこのリボン。

 アンナの想像した通り、小柄で可愛らしい顔立ちのシャーロットによく似合っていた。


「シャーロット様の可愛い姿を、殿下にも見せに行くわよ!」


 ひとしきりドレスを褒め合ったあとの、アンナの言葉に、シャーロットは本気で困惑した様子で首を傾げた。


「なぜ見せに行くのです?」

「……なぜって、なぜ……?」


 アンナに信じられないという目で見られたシャーロットは、しかし別のことを思い出したらしく、王子たちの元へ向かう考えを一瞬で捨ててしまった。


「そういえば殿下に、アンナ様をお連れして資料室へ行ってみるように言われていたのでした」

「資料室?」


 気になるその言葉に、アンナは自らの提案を通すことを一旦諦めて聞き返す。


「資料室に、今日パーティーに参加される貴族の方々の名簿があるらしくて。――もっとも、名簿というよりは資料集に近いものらしいのですが」


 人の悪い笑みを浮かべるシャーロットとは対照的に、アンナは顔を引きつらせた。

 

「資料集」ということは、貴族たちに関する情報が掲載されているのだろう。

 それも、入れる者の限られる資料室に保管されているということは、王室が総力を挙げて集めた情報に違いない。

 貴族たちの強みも弱みも過去も罪も、全てが記されていると考えて良い。


 これらを知っていることで、アンナやシャーロットはパーティーでの挨拶回りを有利に進められる。

 レイナールもたまには良いアドバイスをしてくれるものだ。

 

 というか、そういうところに気が回るからこそ「優しい」というキャラを確立出来ているのかもしれない。

 アンナは一度捨てた男を少し、見直さざるを得ないと感じた。


「……あれ」


 資料室へと向かっているところで、シャーロットが小さく声を上げた。その意味するところはアンナにも分かった。


 この辺りは豪華絢爛に造られた王宮の数ある空き部屋が集まっているところのはずなのだが、誰かの声が聞こえるような気がするのだ。

 

 使用人たちが集まって噂話でもしているだけだろうが、好奇心に駆られたアンナは戸惑うシャーロットともに声のする方へと近づき、ついにその部屋を探し当てた。


 中からするのは、二人の男の声。

 不用心にも扉が少し開いている。アンナはシャーロットの無言の制止を振り切り、その隙間を僅かに広げた。


 ――部屋の中の光景を目の当たりにしたアンナは、思わずえっ、と声を上げそうになった。


 中で話をしていたのは、アンナとシャーロットの婚約者たち、フレデリックとレイナールだった。

 仲が悪いはずの二人が、こんなところで何をしているのだろうか。

 疑問に思ってシャーロットの方に目を向けると、彼女は何かを知っているのか、顔を青ざめさせていた。


 そして、彼女の知っている何らかのことはアンナには知られたくないことなのだろう、シャーロットアンナの肩に手を触れ、その場を離れようとする。

 しかしアンナは必死なシャーロットに少し申し訳ない思いを抱きつつも、好奇心に勝てず、扉の隙間に耳を寄せた。

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