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17. よくできました

 涙は、淑女たるもの簡単に流してはならない。

 流石のシャーロットも練習する機会が足りておらず、自在に流せるようにはなっていない。

 

 しかし逆に言えば、涙()()はなんだってお手のものだ。

 顔を赤らめて動揺を見せるのも。

 眉尻を下げて悲しみを表現するのも。

 歯を食いしばって涙が落ちるのを堪えるふりをするのも。

 

 シャーロットにとっては、朝飯前なのである。


「……っ……戦争なんて……そんな、酷いこと……だって……お兄様は、関係ないのに……っ……!」

「わわっ、シャーロット様、落ち着いて!」


 突然嗚咽を漏らし始めたシャーロットに、アンナはすぐに駆け寄ってきたが、ノエリアは困惑顔で立ち尽くしていた。

 シャーロットの迫真の演技に一度は息を飲んだようだったが、やがて違和感が(まさ)ったようで、僅かに首を傾けている。


 それは無論、シャーロットが情緒不安定を疑うほどに唐突に、感情的になったからだ。

 シャーロットとて、こんなムードも何もない泣き落とし一本で全て誤魔化せるとは思っていない。


 子爵令嬢は王女の方へゆっくりと歩み寄り、その目の前で止まる。

 ノエリアの方が背が高いので、少し上を向くような形で、まだ濡れたままの目を細めて、彼女はしてやったりと口角を上げた。


「――なーんて、卑しい泣き落としばかりが得意な私ではありますが、そんな私を少しだけ、信頼しては頂けませんか?」


 この世の終わりのような泣き方をした後、けろりとそんなことを言うシャーロットに、ノエリアは目を瞬かせた。

「……演技?」と小さく呟いた後、シャーロットに問うような視線を向ける。


「信頼、とは?」

「ナラネスラ王国としては、リンデル王国に『癒しの力』を持った上で攻め込まれると困るので、次期国王となりそうなフレデリック殿下をノエリア様を以って抑え込みたい。

 一方でリンデル王国としては、フレデリック殿下に他国の王女様による枷がつくのは望ましくない。

 このままでは平行線です――そこで一つ、妥協案を考えました」

「……どんな案ですの?」

レイナール殿下(私の旦那様)を王位につかせるのです。

 殿下なら余程のことがない限り、お母様の祖国に攻め込むことはないでしょう。

 長年婚約に関するいざこざのあるフレデリック殿下とは異なって、ノエリア様との対話にも応じる可能性が高いです」


 それが出来ないから困っているのだとしか言えない案を出すシャーロットに、しかし聡いノエリアは苦言を呈さなかった。


「……婚約者である自分が何とかレイナール様を即位させるから、それを()()して見守っていろと、そう仰るのですわね?」

「ええ、その通りです」


 言いながらシャーロットは、アンナの方に目を向ける。

 これまで友人としてやってきたのに突然の宣戦布告を受けた形になったアンナだが、その笑みが彼女の心のうちを包み隠していた。

 

 今ライバルの顔色まで気にするのはよそうと、シャーロットがノエリアに向き直ったところで、王女は口を開く。


「……王子との結婚に打算はつきもの。わたくしは、貴女を王子妃の座にまで押し上げた、その打算を現実にする力に賭けてみることに致しますわ」

「……ありがとうございます」


 心の底から感謝を告げると、ノエリアはにこりと微笑んでから、今は何時かしらと部屋の扉に目を向けた。


「この部屋、時計がないのは娯楽を突き詰めているからかしら? 護衛の方に時刻をお聞きしましょう」


 ノエリアが扉を開けると、そこではアレクセイ含む護衛たちと、何故かレイナールが待っていた。

 一応シャーロットの様子を見にきてくれたのだろうか。


 ――しかしシャーロットは、レイナールがいたこと自体より、それに対するノエリアの反応に驚くことになった。

 

 先程までのミステリアスな雰囲気とは打って変わって、少女のようにぱあっと目を輝かせたのだ。


「レイじゃない! また一段と(まばゆ)さに磨きがかかっていますわねぇ! 従姉(いとこ)に会いに来ないなんて水くさいじゃないですの〜!」

「……久しぶりだね、従姉(ねえ)さん」


 レイナールはちゃっかり表の顔で、しかし凄まじく面倒くさがっているとシャーロットにははっきり分かる声色で応じる。

 彼女の言う通り、レイナールはノエリアへの挨拶役をフレデリックに譲っていた。

 こうなるのが分かっていたのだろう。

 

 それでも心配してこの場に来てくれたことに、シャーロットは感謝すべきなのだろうか。

 

 ……いや、そういえばこの男は地味に重要な政治的会談の行方を、シャーロットの手腕一つに賭けた、もとい丸投げしてくれたのだった。

 やはり感謝の必要はなさそうだ。


「お兄様にも困ったものですわ〜! リンデル王国に訪問なさるとき、いつもわたくしを置き去りにされるのですもの! わたくしだってレイに会いたいのに!」


 ……ヨエルもノエリアの扱いに困ったのだろうな。

 シャーロット隣国の王子の苦労に思いを馳せている間も、ノエリアは従弟に会えて心底嬉しいそうで、レイナールの左手を両手でしっかり握っていた。


「今日も可愛いですわ〜!」

「……どこがです?」


 ノエリアの発言が考えたこともない視点だったため、シャーロットは思わず疑問を呈してしまった。

 しかし言ってから、何となく分かるような気もしてきた。

 生意気な素の性格ばかりが印象に残るが、顔立ちだけ見ればどちらかと言うと柔和、童顔寄りと言って差し支えない。

 

 ……というか、彼は普段のキャラ作りにその辺を利用している節さえある。

 一人納得するシャーロットだったが、ノエリアの回答は少々予想を外れたものだった。


「いつもふわふわしてるのに、ちょっとだけ影があるところが可愛いのよ!」

「……え……」


 ここで顔を引き攣らせたのはレイナール。

 シャーロットも、言っていることの意味こそ全く理解出来なかったが、その妙に核心をついた言葉に、感じたことのない種類の恐怖を覚えた。


 そのままノエリアは笑顔でレイナールに抱きついたが、レイナールもシャーロットも、特に反応出来ずにしばらく固まったままだった。


 しかしようやく我に返ったシャーロットは、自分の()()を思い出す。

 レイナールの右腕にぎゅっとしがみつき、頬を膨らませてノエリアを睨みつけた。


「――私の旦那様に近づかないでください!」

「まあ……」


 三度(みたび)変わったシャーロットの態度に、しかしノエリアはあっさりとレイナールから手を離した。

 そして今度は本来の艶やかな微笑みを浮かべ、シャーロットの耳元にそっと囁く。


「――いい女ですわね」


 シャーロットが間接的に、どう自分を変えてでも目的を果たしてみせることをノエリアに示したこと。

 それを正確に理解したノエリアは、そんな言葉で激励してくれた。


 真に認めてもらえたようで、嬉しくなってレイナールに抱きつく力を無意識に強めていると、頭に彼の手が載せられる。


 彼を見上げると、彼はとても良い笑顔を浮かべていた。


「――よくできました」


 シャーロットにしか聞こえない程度なら声量で紡がれたその言葉は、二つの意味を持っていた。

 

 一つは当然、シャーロットがフレデリックとの婚姻についてノエリアを引き下がらせたことと……もう一つは、今現在、シャーロットが珍しくも自分から抱きつきにきていること。


 レイナールの真意に気づいたシャーロットは、腹が立ったのでここまで隠し持っていた小瓶を彼の腕にぐっと押し付ける。

 が、その程度の反撃は彼にとって微風(そよかぜ)にすぎないらしく、彼は全く表情を変えなかった。

 そんな彼にシャーロットは、ますます腹を立てる結果となる。


 次はどうしてやろうかと目論んでいると、ノエリアが微笑ましげな表情で口を開いた。


「良いお嫁さんを持ちましたわね、レイ。ちょっと試してしまいましたけれど、貴方にふさわしい子だと思いましたわ」

「そっか。姉さんにそう思ってもらえたなら嬉しいよ」

「……え、試されていたのですか?」


 レイナールに向けたノエリアの言葉が聞き捨てならなかったシャーロットは、思わず会話に割り込んだ。


「そうですわね。でも、シャーロット様を試す意図は六割くらいでしてよ」

「六割も!?」

「だってわたくしの可愛い従弟にお嫁さんが出来たっていうんですもの。

 どんな子か気になってしまうでしょう?

 それに、確かに先程話したことはナラネスラ王国にとって死活問題ではありましたけれど、元々貴国が一度発表した婚約を白紙にするバカ丸出しな行為をするとは思えませんでしたから、ダメ元でしたわ」

「……」


 けろっととんでもないことを言ってのけるノエリアに、シャーロットは言葉を失う。

 一方でレイナールはある程度予想していたのか、大きな反応は見せなかった。


「僕の婚約者に、あんまりちょっかいを出さないであげてね」

「もうしませんわ、可愛い義妹と認めましたもの。

 それより、まだ時間もあるそうですから途中だったビリヤードの続きを致しましょうか」

「え、ええ、そうですね……」


 元気な王女はまだまだ遊ぶ気満々らしいが、シャーロットはアンナの様子を伺う。

 先程王太子の座を狙う宣言をしてから話をしていないが、それについてどう思っているのだろうか。


 しかしそんなシャーロットの心配をよそに、アンナは彼女に笑みを向けた。


「さっきはすごいものを見せてくれてありがとう、シャーロット様。これからの王宮生活がますます楽しみになったわ」

「アンナ様……」


 彼女の言葉が本心なのかは分からないが、元々男を取っ替え引っ替えにしてきた刺激好きだ、きっと本心なのだろう……と思うことにする。

 シャーロットも笑顔を浮かべて口を開いた。


「――それでは手始めに、ビリヤードの勝負から決着をつけましょうか」


 再び男性を追い出して続けられたゲームは、シャーロットの奇跡的なコントロールやノエリアの心理攻撃など紆余曲折を経て、しかし順当に的球を落としていったアンナの優勝に終わった。

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