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猫かぶり王子に、致命的な弱みを握られてしまった猫かぶり令嬢は、やむなく求婚に応じる  作者: 乃崎かるた


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16/50

16. 小瓶

 ノエリアはシャーロットを見据え、微かに口角を上げる。

 目の眩むような美貌に、棘のある薔薇のような、艶やかな色香が加わった。


「五年前にヨエル様(お兄様)が、アレクセイ様に大変お世話になりましたわ」


 一見脈絡のないその話題は、しかしシャーロットの想定していた通りのものだった。

 

「いえ。お兄様も貴い方のお命を守れて良かったと、ほっとしていましたよ」


 そんなことが本題なのではないとは分かっていながら、シャーロットは人当たり良く微笑む。


「アレクセイ様はあの時から、神に愛された英雄と呼ばれるようになりましたわよね」

「……ええ。ヨエル様を庇った際に負った傷が非常に深かったにも関わらず、たった一晩でほとんど痕も残らず治ったからですね」


 アレクセイの英雄物語の中で唯一、現実味がないとされる部分。

 アレクセイが、民の間で神格化される直接の理由となった逸話。

 ここを詰められたくは無かったが、どうせ逃れられないなら先手を打った方がマシだと、シャーロットは話の不可思議な点に自ら触れることにした。


「あれだけ立派なお方ですもの、本当に神に愛されていても不思議ではありませんわ。けれど……『癒しの力』が関わっていると考えた方が、やっぱり自然だと思えてしまいますの」

「……『癒しの力』は実は病だけでなく、怪我をも治せる力だった。そして、その力を持った誰かがお兄様の怪我を治したのだと、そうお考えなのですね」

「ふふっ、話が早いですわね」


 どこまでも優雅に微笑むノエリアに、しかしシャーロットは見惚れている余裕など無かった。


 実はナラネスラ王国民の中でも、『癒しの力』を持って生まれるのはある一族だけとされている。

 

 ユースティル一族。

 通称、教皇一族。


 特に宗教を拓いた訳ではないのだが、国に、世界に与える影響があまりにも大きいことから、民の間でそう呼ばれるようになった。


 彼らは己に宿る力の影響力を理解してか、政治に関わるのを極端に嫌うが、ナラネスラ王家は当然彼らを放ってはおかない。

 彼らはなんとか神の血を取り込もうと時には巧みな交渉術を、時には王族の強権をも使って彼らと家族の縁を結んできた。


 しかしそんな努力も虚しく、なぜか王族だけはどうしても、『癒しの力』を取り込むことが出来なかった。

 

 その原因は未だ、全くの不明だ。


 ……しかし、不明だからこそ、それがただの()()()()()可能性も、未だ否定しきれていない。


 思わず渋い顔になるシャーロットとは対照的に、ノエリアは楽しげな笑みを浮かべる。


「恐れ多くもわたくしたち双子は、教皇一族の血を引いておりますの。俗に言う、『穢れた血』を持つ史上初の王族直系ですわ」

「……存じています」


 教皇一族の血を「穢れた血」と蔑みながらも、それを取り込もうと躍起になっている自己矛盾の中、王族の出した結論は、その直系だけは一族の血を取り込まない状態で保つことだった。


 つまりこれまで教皇一族の血を引き継いできたのは皆、王太子の兄弟だった。


 浅ましいながらこれは、教皇に更なる権力を与えない上でも、必要な拘りだったといえる。


 しかし数年前、予定外に王女ローズマリーをリンデル王国に奪われたナラネスラ王家は、一族の血を取り込める人材の枯渇を見た。

 とはいえ頻繁にはない婚姻のチャンスを逃す手はない。苦肉の策として、王家は初めて直系に血を引かせることを飲んだのだ。


 その結果生まれた子供が、目の前の王女ノエリアとその双子、ヨエルである。

 彼らの母親である王妃は、教皇一族の直系の娘。

 彼女には『癒しの力』が備わっていなかったとされるが、それでも十分すぎるほどにその血は濃い。

 

 つまり、アレクセイの傷を癒した可能性が最も高いのは――


「――ヨエル様(お兄様)が、かの力に目覚められたのかもしれませんわ。アレクセイ様に命を救われた張本人として、彼の無事を祈るあまり、無意識にその力を発動させたのではないかしら」

「……裏は取れているのですか」

「いいえ? 全くもって。あの日以降、あのような不思議なことは一度も起こっていなくてよ」


 ノエリアは清々しいほどにあっさりと、全てが憶測に過ぎないことを認めた。

 

 しかしそれでも、シャーロットの表情は晴れない。その可能性があるというだけでも、リンデル王国にとっては大問題なのだ。

 

 なにせ癒しの力、それも怪我すら治せる力が一国の王族の手中にあるということは、戦争で圧倒的優位を保てるということを意味する。

 このことは各国の力関係を、軽々とひっくり返しうるのだ。


 ……またいっそう都合の悪いことに、力を持つ疑いのあるヨエルには、同じ子宮で同時に育った双子の妹(ノエリア)がいる。


「――貴国はわたくしの身にも『癒しの力』が宿っている可能性を、勇敢(蛮勇)にも無視するのかしら?

 わたくしの差し伸べる手を取らず、貴国の王家にも神の血を流すチャンスを自ら逃すのかしら?」

「……っ」


 ノエリアは余裕の溢れる表情で、その形の良い瞳を微かに細めた。


 シャーロットは人知れず下唇を噛む。


 リンデル国王が、その立場を弁えず長子を偏愛していること、その長子が実にくだらない理由で婚約者を選んでしまったこと、そして『癒しの力』を持たない、単純に運の悪い国であること。

 その全てを、的確に利用されてしまった。


 シャーロットは緊張が表に出ないよう、ゆっくりと息をしながら思考を巡らせる。


 ……やはりフレデリックとアンナの婚約が白紙にされ、代わりにノエリアが嫁ぐのを認める訳にはいかない。

 アンナとの友情もあるが、最大の懸念は別のところにある。

 現在、レイナールが王位継承権を無理矢理手に入れようとしているところだ。


 レイナールが目的のため、本格的にフレデリックを叩くとき。

 フレデリックが多少痛い目にあうのは仕方ないにしても、罪のない彼の婚約者についてはなんとか傷が浅いように収めたい。


 しかし婚約者がアンナならば自国の民で、王族との利害関係も少ないことから色々誤魔化せるものを、それが隣国の王女様となると話は変わってきてしまう。


 見るからに有能な目の前の王女を守るため。

 そして、レイナールの罪を少しでも軽くするため。

 

 この場はどうしても譲れない。

 

 ……ただ一つ、救いがあるとすれば、これが最悪の事態でありながら、想定内の事態であるということだ。


 対策もある程度考えてある。

 しかしそれは、ノエリアの言い分を完全に封じられるものではない。

 上手くいくかはどう攻めるか、どう()()()()にかかっている……


 シャーロットは心を落ち着かせ、ノエリアを正面から見据えた。


「確かにノエリア様が『癒しの力』を持っている可能性がある中で、フレデリック殿下とアンナ様の婚約を即刻認めた国王陛下の判断は、いささか軽率であったと言わざるをえません」


 下手をすれば不敬罪にあたる物言いだが、ここは女のみの交流の場。

 それを咎める者はいなかった。


「ですが、隣国と繋がりを持つのを避けることは、良い結果を生むこともあります。

 特に隣国が危機的状況にあり、その国力が削がれうるような時分には、その国から手を離してしまうことも立派な政治的判断となるでしょう」

「まあ。我が国にどのような不安があると仰いますの?」

「――我が国に攻め込まれる不安があります」

「……それはまた、物騒ですわね」


 ノエリアが反応を遅らせたことに確かな手応えを覚えながら、シャーロットは続ける。

 

「隣国に、武力で明らかに(まさ)っていると判断すれば、とりあえずは攻め込んでみるものでしょう?」

「……どんなところで、リンデル王国の武力は勝っていますの?」

「――リンデル王国には教皇一族とは異なる、戦場の場で力を使うことを躊躇わない『癒しの力』持ちがいる可能性が高いです」


 かなり踏み込んでしまったが、ノエリアの瞳が微かに揺れたことから、間違った推測ではなかったらしいと分かる。


「なぜそう思ったのかしら?」

「あなたが、リンデル王国と縁を結ぶことに固執しすぎているからです。

 ナラネスラ王国にとって、ノエリア様とフレデリック殿下の婚約には実は、そこまでの旨みがありません。

 確かに現在、レイナール殿下が国王陛下の跡を継げる目は薄いですが、それでも王子としての立場はお持ちですし、その存在は両国の友好の証としてまだまだ十分に機能します。

 ノエリア様はリンデル王国ではない、別の国に嫁がれた方がナラネスラ王国にとっては有益なはずなのです」

「……まあ、それは否定できませんわね」


 ノエリアは一瞬逡巡する様子を見せたが、やがてシャーロットの言い分を肯定した。

 

「そうね、これは……私の負けですわね。やっぱりそこは我ながら、ちょっと苦しかったですわ」


 意外なまでにあっさりと観念したノエリアは、品の良い苦笑を浮かべる。

 シャーロットはそんな彼女の反応に、自らの推測が当たったことを知り、しかし複雑な気持ちになった。


「……ナラネスラ王国がリンデル王国に固執する理由として考えられるのは、ヨエル様が『癒しの力』を()()()()()()()()()こと……」

「先程申し上げました通り、お兄様が力を発動させる瞬間が確認出来たことはありませんわ……そしてそれは、実はかなり精力的に色々試したみた結果でしてよ」


 ノエリアの補足に、シャーロットはやはりそうだったかと目を伏せる。


「そうなると、ナラネスラ王国とリンデル王国の兵のいずれかにお兄様の怪我を治した、『癒しの力』を持った人がいたことになりますね」

「最有力候補となる教皇一族は、曰く『人間の欲に塗れた、穢れた』戦争には参加しませんから、はなから兵には含まれません。除外できますわ」

「……リンデル王国に『癒しの力』が流出した可能性も十分にあることになりますね。お兄様と懇意にされていた方がお兄様を救ったとしたら、その方はリンデル王国の出身である可能性が高いですし――もしかしたら、お兄様自身かも……」


 とうとう現実味を帯びてきた持論に、シャーロットは思わず自らの指に目を向ける。

 先程レイナールに指摘された、右手の人差し指の怪我。

 これはシャーロットが故意に切ってつけた傷だ。


 もしアレクセイに癒しの力が備わっていたら。

 それはきっと、シャーロットたち兄妹の祖父、つまり妖精姫アイリーンの不倫相手から受け継がれたものだ。

 その力がちゃんと確認できれば、家系の謎の解明にも随分近づく。


 そう思ってシャーロットは自身が癒しの力を持っているか試すため、指から血を流した上で念じてみたのだが……間抜けにもやり方が分からず、挫折した次第だ。


「……っ」


 思い出して思わず一人恥ずかしくなるシャーロットだったが、ノエリアの声で一気に現実に引き戻された。


「さて。ナラネスラ王国がリンデル王国に強い危機感を抱いていることが完全にバレてしまいましたわ。

 こうなりますと、強硬手段をとる以外の道はなさそうですわね――わたくしとフレデリック様の婚姻を認めて頂けなければ、我が国は貴国に進軍いたしますわ」

「……っ!」


 絶句するシャーロットに、「仕方ないですわよね、危機感を抱いているのですもの」と微笑むノエリアは、王族という生き物の末恐ろしさを体現していた。


「現時点ではまだ、リンデル王国も能力持ちを特定出来ている訳ではないようですし。

 わたくしたちにだって、二十年前に貴国に惜敗するだけの戦力はありますわよ?

 わたくしたちに攻め込まれれば、貴国だってタダでは済まなくてよ。

 ……そうね、貴女の愛しのお兄様が、かつてその命を張って救った王子を討たざるえなくなることも十分に考えられるのではなくて?」

「……っ」


 シャーロットは息を詰まらせ、よろよろとカーペットに尻餅をついた。

 

 ――が、今度の反応は作り物だ。

 シャーロットに、のうのうと圧倒されていられる余裕などない。


 尻餅をついたのはビリヤードの台を利用して、一瞬だけノエリアの死角に潜り込むため。

 ようやく活用するときが来た小瓶を取り出し、さっと蓋を開けた。

 

 ――小瓶の中は、()()()()

 

 これを自らの目に落とし、二回ほど瞬きをした。

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