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1. 猫かぶり令嬢

「シャーロットも意外と、きちんとしたドレスを着せたら見栄えがするね。まるで貴族のお嬢様のようだ」

「まるでってなに!? お父さんってば失礼すぎるよ。私は貴族のお嬢様で間違いないんだからね、一応!」

「ははっ。一応って、自分でも言ってしまってるじゃないか」


 白馬に引かれる豪華絢爛な馬車の中。

 悲しいほどに庶民感丸出しな会話を繰り広げていたのは、優しげな表情をした壮年の紳士と、不満げに頬を膨らませる幼気(いたいけ)な少女の二人だった。

 

 シャーロットの(よわい)は十四。

 馬車の揺れではらはらと靡く桃色の髪は瑞々しく、彼女の飾らないあどけなさを引き立てている。

 

 ……しかし。

 いや、だからこそというべきか。

 彼女の纏っている、他所(よそ)行きらしい豪奢なドレスはあまり馴染んでいない。

 着るというより着られている、といった方が近そうだ。

 

 ともかくその佇まいは、彼女の父親、グスタフが揶揄い混じりに述べた通り、「庶民が貴族のお嬢様のフリをしている」という表現が最も似合うものだった。


 もちろん、これにも理由がある。

 彼らは王族から直々に子爵位を賜った正真正銘の貴族ではあるものの、実はほんの一年前まで平民だった。彼らはいわゆる「成り上がり貴族」というものだ。

 しかも狙ったわけではなく、ふって湧いた機会に提案されて断りきれなかっただけの、なんとも間抜けな経緯で手に入れた地位である。


 子爵位を賜って以来、彼らは貴族としてそのささやかな領地を広げる気概すら持つことはなかった。

 周囲を牽制することもせず、社交界に出て伝手(つて)を作ることもせず。

 ただ最低限の領地運営だけをして、自宅に引きこもってきた。


「それにしても、王子様は私たちなんかに何の用なんだろうね」

「王子様ではなくて殿下とお呼びしなさい……ただまあ、確かに不思議ではあるね。まだ皇后殿下が亡くなって二週間も経っていないから、王宮も落ち着かないだろうに」

「うん。亡くなっているところを最初に見つけたのはお兄ちゃんだったみたいだけど、それで私たちに話を聞いたところで意味ないもんね」


 ここリンデル王国の第一王妃ミロスラーヴァは数週間前、何者かに殺害されていた。

 胸をナイフでひと刺しだ。

 

 シャーロットの兄は現在、王宮直属の騎士として働いている。

 彼から送られてきた手紙によると、外で皇后が倒れているのを最初に見つけたのは彼らしい。

 トラウマで建物の裏に回れなくなったという話には、流石のシャーロットも同情したものだ。


 シャーロットが首を傾げる一方で、グスタフとしては察するところもあるのか、彼は少し切なげに息をついた。


「……藁にもすがる思いなのかもしれないね。国王陛下は皇后殿下を、溺愛されていたそうじゃないか……」


 〇


 王宮に到着したシャーロットたちは従者に迎え入れられた。

 しかし通されたのは客間ではなく、何故か別棟の空き部屋だった。

 この対応にグスタフは皮肉げに口角を上げ、こっそりとシャーロットに耳打ちをする。


「……私たち低位貴族は、待遇も相応みたいだね」

「……」


 そんな自虐混じりのコメントに、しかしシャーロットは笑みを返さなかった。

 纏う雰囲気を変えた彼女に思わず表情を引き締める父親を横目に、彼女は父親にだけ聞こえるよう、小さく呟く。


「――それは違うんじゃないかな。私たちがこれから会うのは王子様……フレデリック第一王子殿()()だよ? 私たちはともかく、彼こそがこんな場所に連れてきて良い人物じゃない」

「……確かに、その通りだね」


 馬車でのグスタフからの嗜めを受け、慣れないながらも呼び方を変えたシャーロットは、しかし警戒に目を細める。


 普段は年相応に無邪気な振る舞いをする彼女だが、実はその観察眼と論理構成力は、彼女の親をも驚かせる水準にあった。

 

 元々、王宮に呼ばれたのはグスタフとその妻だけだった。成人ですらない小娘の話になど、誰も興味はない。

 それでも病弱な妻の代わりにとシャーロットを連れてきたのは、娘の研ぎ澄まされた才覚に頼る少し情けない父親による、しかし的確な判断だった。


「じゃあ私たちがここに連れてこられたのは……」

「ん……」


 考えながらシャーロットは、少し遠くに立つ従者たちに目を向ける。

 人数はたったの二人。

 両者、部屋の扉の前を一時も離れようとしない。時々泳ぐ視線から、彼らが実際に見張っているのはシャーロットたち()()()()ことが伺える。

 

 彼らがしきりに気にしているのは、一応は客である目の前の親子ではなく、部屋の()だ。


 これからやってくる、敬愛すべき王子様を待ち侘びているのかもしれないとも考えたが、やっぱり違うと首を振る。

 外を気にしてはおきながら二人とも部屋の中に留まったままで、王子を出迎える様子がないのだ。


 ――その行動はまるで、王宮の()にいる敵から身を隠そうとしているかのよう。


「きっとこの場所を指定したのは、殿下自身だろうね。低位貴族を前に、王子としての体裁を保てないことすら厭わなかった理由は……例えば、国王陛下には内緒の私的な会合だから……とか?」


 細められたシャーロットの瞳は、大人びた妖しさを帯びていた。


「……君が言うならその通りなんだろうね、シャーロット」

「……勘だからそんなに信用しないで」


 娘はそう言うが、彼女の勘が外れたことなどほとんどない。

 王子との初対面に、急に乗り気じゃなくなったグスタフは、短く息をついた。

 

 対してシャーロットは覚悟を決めた様子でその小さな口を引き結び、部屋の扉を冷たく見つめる。


 ○


 第一王子フレデリックは、後ろ手に部屋の扉を閉めるや否や、整った顔を怒りに歪め、罵るように叫んだ。


「――貴様の息子が母上を殺した! このような狼藉を働いておいて、決して許されると思うなよ! 俺が王になった暁には、一家皆殺しにしてやる!」

「「――っ!?」」


 実に滅茶苦茶なことを言ってくれた王子の隣で、シャーロットの兄アレクセイが、憔悴しきった様子で顔を青ざめさせる。

 会うのは一年ぶりだが、彼は心労がたたってか別人のようにやつれていた。


「……で、ですから殿下、僕は何も……っ! 皇后殿下のお命を奪おうだなんて、考えたこともありません!」

「バカが! 『私は皇后殿下を殺したいと思っていました』なんて自分から言い出す犯人がいるか!」


 昔から真面目なアレクセイは、家族に迷惑をかけるわけにはいかないと精一杯反論しようとするが……不憫にも、一切の成果が見られない。


 重すぎる空気に、シャーロットはそっと目を閉じる。


 ――ああ。これは、無理だ。


 兄が戦争以外で人を殺すなどあり得ないと、もちろんシャーロットは信じている。


 働き始めるまで、体の弱い母親の代わりに家事をこなしてきた生真面目な兄は。

 兵士として戦果を上げ、子爵と将軍の称号を我が物にした、秀才たる兄は。

 女の子でありながら剣術の稽古をせがむシャーロットに付き合い続けてくれた、優しい兄は。


 きっとそんな外道なことはしない。

 いや、できない。

 

 フレデリックもアレクセイも等しく、決定的な証拠は持っていないのだろう。

 あるなら既に突きつけているはずだ。


 ――しかし、それでは足りない。

 等しい状況ではダメだ。

 相手は王家、こちらは子爵家。

 それだけで結論は決まってしまう。


 だから無理なのだ――()()


 シャーロットは覚悟を決めるため、ごくりと唾を飲む。


 王子が国王に内緒でグスタフを呼びつけていることから、現段階でアレクセイを強く疑っているのはこの王子だけだと見て間違いない。

 それに、今アレクセイが着ているのは騎士の制服。まだ職を追われてすらいないということだ。


 それならまだ、間に合う。


「待て! う、うちの息子がそんなことをするはずが――」


 息子の痛ましい姿を見ていられなくなったグスタフが、思わず荒だった声で援護しようとしたが、その言葉の途中でシャーロットにぐいと裾を引っ張られる。

 

 静かな決意を宿した彼女の瞳を見て、グスタフは多少の冷静さを取り戻した。

 無言で見つめ合う父と娘によって生まれた、一瞬の静寂。

 それが、フレデリックとアレクセイの視線をもシャーロットに集める。


 突然に場の注目を浴びることとなったシャーロット。

 ――彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……えっと、お、()()()のお母さんを、お兄ちゃんが殺しちゃったの……?」


 やや舌ったらずな声音と弁えない言葉遣いが、少女の幼さをいっそう際立たせる。

 そんな彼女に、フレデリックは冷めきった目線を向けた。


「あぁ? そう言ってるだろうが。おい、誰かそのガキを摘み出せ。邪魔だ」


 白けたようなフレデリックの反応に、シャーロットは内心でほくそ笑んだ。


 ――これで私は、フレデリックの警戒の対象から完全に外される。


 ――これで私は、マーセル子爵家の暗器となれる。


 手始めにシャーロットは、外へ連れ出そうと手を伸ばしてくる従者を振り払い、稚拙な足取りでアレクセイに駆け寄った。


「い、いや! そんなにすぐにお兄ちゃんと離れたくない!」

「……っえぇ!?」


 しがみつくように抱きつかれたアレクセイは驚きに目を丸くする。それもそのはず、昔からやや男勝りな性格のシャーロットは、妹らしく兄に甘えたことなど一度もない。


 しかしここは天然でも兄の鑑なアレクセイのこと、咄嗟にしゃがんでシャーロットと目線を合わせてくれた。


 シャーロットはこれ幸いと、兄の耳元に口を寄せた。


「――情報が欲しい。今ここで兄さんの事情をなるべく全部、分かりやすく、殿下と自然な掛け合いをしながら話して」

「……え? どういう……あー、いや……シャーロット、それは出来ないよ……」


 妹の言葉からその狙いに気づいた兄は、頑なに拒否する。

 たった一人の妹が、兄の致命的なヘマの責任を一人で背負い込もうとしているのだと、気づいてしまったのだ。


 しかしシャーロットの方も引く気はない。

 一度振り向いて、グスタフと目を合わせる。


「ねぇパパ。パパと王子様がお話してる間だけでも、お兄ちゃんと一緒にいちゃだめ?」

「……ぅ」


 娘の言わんとすることを察したグスタフは、人知れず顔を引き攣らせる。

 まずシャーロットに出ていくよう言ったのはフレデリックだから、ここで父親に許可を求めるのは単純に間違っている。

 無論それに気づかないシャーロットではないが、親に従うことしか能のない子供を演じてまでグスタフに話しかけたのは、言外のメッセージを伝えるためだ。


 そのメッセージは、「アレクセイと話す間、()()()()()()()()()時間を稼げ」。


「……あー、えっと、殿下……」


 自信なさげに切り出す父親を尻目に、シャーロットは兄に向き直る。

 彼女はにやりと口角を上げ、自信に満ちた声音で兄に囁きかけた。


「さてと。兄の仕事は妹の言うことを聞くことでしょ? どうせ忙しい兄さんじゃ、なんにも出来ないんだしさ。強くて賢くて失敗しない、可愛い妹の暇つぶしを奪わないで」

「……っ、でも――」

「――それに」


 兄の言葉を遮り浮かべたのは、まだまだ稚拙な淑女の微笑み。

 

「――これから社交界を上り詰めれば英雄将軍(あなた)に会える日も増えそうですね、()()()?」

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