ひきこもりなんて嘘だった
六一歳のヒキコモリが親を殺害した。ヒキコモリ歴は実に三六年にも及んだ。
その事実は嘘ということが分かった。裁判員は驚愕だった。
なぜ自分たちはこんな事にも気が付かなかったのか。
そうだ、殺した相手は97歳である。なのに家は綺麗だった。
そう、殺人の目的は嘱託殺人、つまり母親から懇願されたのだ。ようやく犯人から引き出せた動機であった。我々はこんな簡単な動機にもトリックにも気が付かなったのだ。容疑を「殺人」から「同意殺人」に切り替えたうえでの起訴となった。
マスコミとはなんと恐ろしいのだろう。
犯人は朝から晩まで介護に追われていた。そういう人物を「ひきこもり」と罵ることは果たして正しいのか。そもそも彼は介護ヘルパーが着てるのに高額介護サービス費制度を使い切ってない。犯人の世帯の場合は一か月で四万四四〇〇円以上かからないはずだ。それだけヘルパーの成り手が居ないのだ。保険外適用の労働も含めるとゆうに年額約二〇〇万円の労働を行ってるに等しい。ついさっき家政婦の過労死が認められなかったという悲惨な判例が出たばっかりなのだ。なんと家政婦は請負労働で自営業扱いなのである。
つまり真犯人は「日本社会」なのだ。
深夜に何度も起こされて介護する息子。父が要介護認定となったため彼が介護離職してから実に三六年も経っていた。父が一旦亡くなったときに社会復帰のチャンスがあった。母はまだそのころは元気だったからだ。しかし数十年の職歴空白のせいでなんと警備員のバイトにすら落ちたというのだ。つまり彼にとって雇用主は事実上「家庭」なのだ。やがて母親にも病魔が襲う。彼は人生の大半を「介護」に費やしてしまった。
ここでも日本社会はコミュニティーが壊れていたことが分かったのだ。
昼間からゲームやアニメ。そりゃそうだろう。そうでもしないと介護する息子の方が気が狂う。なのにマスコミはまたしても「ヒキコモリによる殺人」とセンセーショナルに煽ったのだ。
――主文。被告を懲役七か月の実刑に処す
嘱託殺人というのは最高で七年、軽い場合は六か月である。この事例は情状酌量の余地があまりにも強いのでこのような判決となった。しかしこのような不都合な事実をマスコミは伝えない。さんざん容疑者の段階ではTV中継までして煽ったくせにだ。
ニュースバリューがないからだ。
彼の仮釈放は六か月後に行なわれた。だが彼を雇ってくれる企業などバイトも含めてなかった。
彼はもうすぐ車検が切れそうな軽自動車の中で練炭を焚いて睡眠薬を飲み自殺した。飢え死にするくらいなら自殺を選んだ。もちろん生活保護もしっかりと断われた。
――さんざんゲームやってアニメ見てきた人生なんでしょ?働けよ!
それが生活保護担当の役人の言葉であった。出所した時には彼は六二歳になっていた。国民年金は満額で払っていたという。親の年金からではあるが。あと3年我慢すれば彼は国民年金月額六万六千円をもらえたが月額六万六千円では飢え死にしてしまう。意味のない金額であった。それ以前に三年も無職の時点で餓死が確定したようなものであった。
適当に窃盗して刑務所に保護してもらうという手もあった。だが彼は後に刑務所でも虐められていたことが発覚した。彼は家庭以外に居場所などなかった。
しかも死体の発見は半年後というのだからすごい。この国は見事なまでに「社会」のレベルで壊れていた。死体の第一発見者は車検業者であった。格安車検のチラシがワイパーに挟っている光景を見たことはないだろうか。そう、死体の第一発見者は近隣住民ですらなかったのだ。
死体は白骨死体となっていた。
なぜ気が付かなかったのか。そう、この軽自動車は車中泊まで出来るようフルフラットに出来るのだ。ゆえに後部座席部分まで確認する者がいなかった。「あら? あのお宅……異臭がするわよ」「異臭ぐらいするじゃない。異常者だもの」でスルーしていたのである。車検業者はなぜ白骨死体を見つけることが出来たのか。それはリペアして発展途上国に輸出すれば車検切れの車であっても十分ペイするからである。つまり車体の状況を確認したのだ。まあ……それは立派に住居不法侵入罪になるのであるが。したがって第一発見者は住居不法侵入罪で逮捕となってしまったのだ。
――日本は……死体を見つけることが犯罪の国に落ちていたのだ。
車検業者である彼は住居不法侵入罪として事実をすべて認めた。略式起訴され三万円の罰金刑に処された。監視カメラの解析によって常習性も発覚し執行猶予が付かなかったのだ。簡易裁判所は非公開で行われる。略式起訴といえども立派な罰金刑である。「前科」が付いたことで懲戒解雇となった。前職調査でバイトにすらも就けることが出来なくなった。こうして新たなひきこもりも誕生した。
裁判員は後にこの事実を知り……あるものは精神を病み、あるものは犯人の墓に毎日のようにお参りすることとなった。
元・車検業者を「雇って」くれるものは家族だけであった。そして元・車検業者は約二〇年後に……。
<終>
まあ年齢と主文はずらしましたがこれが『ジュリスト』や『判例時報』などに腐るほど載っている事例で、日本は法律というレベルではもうどうしようもないところまできていて真犯人は日本社会なのだということを私はミステリージャンルで書くことにした。
なお裁判員制度というのは国民全員にかかりますので本当に一般市民が人を裁いていいのかということも含めてよ~く考えてほしいのでR15というレーティングも外します。
また堂々とガレージに止まってる車内で白骨死体となっていたにも関わらず半年も死体を発見しなかったこと自体が既に「ミステリー」であり日本社会の構成員がサイコパスであるとみなして「ミステリー」タグをつけるに至った。なぜなら社会が機能していればこんなことにはならないからである。
最後に……車検業者と略式起訴の話については完全な創作部分である。
【資料】
(自殺関与及び同意殺人)
刑法 第202条
人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。
(住居侵入等)
刑法 第130条
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
(略式命令)
刑事訴訟法 第461条
簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。