第十三週:履と小さな愚か者(金曜日:その2)
さて。
この日、“ヴァイ=シュ (誰でもない者)”こと“騎士殺しのユゥ=チュイ”に殺された 《サ・ジュジ》関係者の数は――この騎士学校の記録だけに依れば、ただ“多数”と書くことになってしまうが――その後、この地に入った地元亭長並びに帝国監察官らの記録も合わせ考えると、四十一名ないしは四十七名にのぼったようである。
素手素足のただのひとであるユゥ=チュイ、いやヴァイに、なぜこれほどまでの数の騎士が殺されることになったのか?
そのことを帝国の騎士たちが本当の意味で知るには、彼の弟子ウォン・フェイ・イェンが、その歴史の表舞台に立って来るのを待たねばならぬが、それでもこの日、この師を止めたのは、他ならぬこの――こちらもまたただのひとである――弱年の弟子であった。
*
彼を見た瞬間、少年は飛び出していた。
カイゲイ師の仇、そう想ったからではない。
また捨てられた、そう想ったからでもない。
血まみれの手と、血まみれの顔のヴァイが、
昨夜と同じ、あの笑顔を、自分に見せて来たからであった。
「やるぞ! 小僧!」と、師は喜び叫んだが、少年は歯を食いしばるだけであった。
「口は固く閉じるな!」そう言う師の足元には、いくつもの死体がある。「目は一点を見詰めるな!」
師までの距離は二クラディオンと半。
習った歩法ならば一息で詰められる。
が、師の脚運びと手の型が変わった。
瞬間、時が止まった――ように感じた。
感じてはいるようだな、と師が言った。
右のこめかみとあごを同時に狙われた。
左の手ではらうと同時に師の肺を狙う。
脚が飛んで来たが右膝で足裏を止める。
左目左耳を狙われ膝を抜き腰を落とす。
膀胱金的を狙うのはこれも教えの通り。
「“怒り”を謳え! おい! 小僧!!」
この日、この時、この場面を見ることになったサ・ジュジのある師範――彼女はその時、すでに四肢を断たれていたが――は、その報告書の中で、この二人の戦い、いや師資相承を次のように記している。
『それはまるで、群れ遊ぶ二羽の朱鳥が如くであった』
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さて。
ここまで書いて来て、ここでまた無粋な注釈を入れる作者の我がままを許して頂きたいのだが、この“ヴァイ=シュ”いや“ユゥ=チュイ”の資料・史料を漁っていた時、ある気付きがあったので、その気付きについて、私の備忘のためにも、ここにそれを書いておきたい。
それは、この事件から十七・八年ほど遡った星団歴四一八九年から四一九一年に掛けてのことで、その生涯を流浪のなかで過ごして来たはずのユゥが珍しく、惑星シオナは帝都近郊のロウと言う町に長らく滞在し、ある種まっとうな生活を送っていたらしい――と云う事実である。
無論これは、フェイの生地がはっきりとしていないため、あくまで作者の妄想の域を出はしないのだが、しかしそれでも、フェイの叔父夫婦の不可解な死、ユゥの、ある種独特な体術をフェイが短期間で身に付けられたと云う事実、それに、帝国側資料に残されていたユゥの顔写真――特にその右耳のかたち――それらを合わせ考えれば、そこに何かしら答えめいたものが見えて来る。――と、この作者などは想ってしまうのだが、読者の皆さまは、どのように考えられるであろうか?
(続く)