第十三週:履と小さな愚か者(金曜日:その1)
フェイが、ヴァイの『臥鳳』をその目で見たのは一度――いや、二度だけであった。
一度目は、與田老人が旅に戻った同じ日、その技が完成したまさにその夜。
「一度しかやらぬからよく観て盗め」そう師は言い、フェイには一瞬、貔貅のような彼の身体が、“伏した朱鳥”のように観えていた。
「どうだ?」と、型を終えたヴァイがフェイに訊き彼は、ただただ声なく、呆然と師を見ていた。
「出来るものならやってみろ」そう言うとヴァイは笑い、これに釣られてフェイも笑った。
が、結局、これが師弟の別れとなった。
この翌早朝、鎖を壊し洞窟を脱け出したヴァイは、騎士学校の関係者数名を殺害、そのまま山を下ったのである。
殺された関係者の中には、第一厨房の責任者、ス・カイゲイ師も含まれていた。
*
「飛ばないとはどう云うことだ?」と、長身白髪の騎士は言った。「ただでさえ機体の到着が半日遅れているのだぞ?」
ここは、サ・ジュジから一日ほど西に向かったウー=シュウ星際宙港。宙港職員の女性に詰め寄っている彼は、スザンの坂下で與田老人を待っていたあの壮年の騎士である。
「おいこら、サラマタ」と、そんな彼の背に登りながら、緑の老人が割って入る。「そんな怖い顔をするものではない」
「しかし先生」
「飛ばぬ時は飛ばぬし飛ぶ時は飛ぼう。それよりこんな可憐な女性を怖がらせるほうが問題じゃ。――そうじゃろ? お嬢さん」
「は……はあ」と、初めて見る緑人に少し驚きながら宙港職員の女性は応え、
「で、なにがあったんですかの?」と、老人は続けた。「カ=ショウ行きの機体ならあそこに見えておりますが――」
「はあ、それが」と、老人の指す窓の外を一瞥してからの女性。「サ・ジュジから全航宙機の出発を止めるよう連絡があったのです」
*
「港と空港、それにヨ=ジョウの宙港にも連絡、すべての便を止めるよう要請しました」
「ヤツの右耳に埋め込んでおいたチップは?」
「千切れた耳介の一部とともにジョ=ウチの滝で発見」
「捜索隊は?」
「五手に分かれ追っていますが、未だ発見の報はなし」
「連絡自体は取れておるのだな?」
「はい…………学校長?」
「なんだ?」
「取れなくなる可能性も?」
「お前も死体を見たであろう?」
*
「サ・ジュジの馬鹿どもが!」
「どうじゃった? サラマタ」
「宮殿の者に確認させましたが、先生。やつら罪人をひとり隠し閉じ込めておったそうです」
「罪人?――それが逃げ出したのか?」
「複数の学校関係者――その全員が騎士ですが――を殺して逃亡中。あの馬鹿ども!」
「逃げ出した者は騎士ではないのか?」
「“騎士殺しのユゥ=チュイ”騎士ではありません」
「…………“ユゥ=チュイ”?」
「…………どうかされましたか?」
「すまぬサラマタ。わしのミスかも知れん」
*
「お前は来るな、フェイ」
「そうだ。ス師範の仇を討ちたい気持ちは分かるが、ここは我々に任せておけ」
「西に向かった隊との連絡が途絶えました」
「なにか言っておったか?」
「ヤツは素手素足。更に西へ向かった模様」
「分かった。他の隊もそちらへ――どうした? まだなにかあるのか? フェイ」
「……違う……んです」
「“違う”?」
「“あの人”は……」
「“ヤツ”を知っておるのか?!」
「“あの人”も…………私の、師なのです」
(続く)