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第十三週:履と小さな愚か者(水曜日)

 冬が過ぎ、春が訪れ、少年は、十四才になっていた。


「涙は止めろ!」ヴァイが怒鳴った。「涙なぞ流せばそこから呼吸と思考が乱れる! 敵を倒すため、殺すためには、如何な状況でも平静でおらねばならん!」


 先ずは自身の身体とその動きを知るところからである。


 ヴァイの言葉を借りるのであれば、『騎士の身体はまがい物』であり、所詮は『暗黒時代の遺物、畸形』にしか過ぎない。ひと本来の力を引き出せれば、『伍すどころか百人相手でも負けはしない』


「目は一点を見詰めてはならん!」怒声と共に石礫・竹杖が飛んで来る。「歯を喰いしばるな! 口を固く閉ざすな!」


 身体に凝りや滞りがあればそこから均衡は崩れ、力は歪に、小さくなる。


「腰は然りと落とし、足裏でその地の地霊を感じろ。どの様な場面でも天地を貫く真っ直ぐな線を見付けろ。それがお前の拠り所だ」


 と、自身の型を演じ見せながら師は続ける。


「呼吸は長く静かに。殺す相手の呼吸を奪うつもりで行なえ。そうしていつでも、自分の想い通りに周囲を操れ」


 夏が来て、秋が過ぎ去り、また人々に血を流させる冬がやって来た。


 師弟の修業は、次の段階へと進んでいた。


「いかな騎士であろうとも、いかな冰霜・泰坦のような巨人であろうとも、ヤツらも所詮は生き物、急所は我々ひとと変わらぬ。額、目、こめかみ、乳様突起……先ずは自身の身体を診てその場所を覚えろ。躊躇ってはならん。必ず相手を仕留める積もりで行なえ」


 ヴァイの指導は十日に一度、カイゲイ老師が麓の村に出向く夜を選んで行われた。


 その夜以外はフェイひとり。人目の付かぬ朝と夜、それと厨房の休み時間を使い、薄暗い林の中、黙然と、ひとを殺す修行を重ねた。


「喉頭隆起を撃ちつつ動脈も狙え、切ることが出来れば血は噴き出し、外れても呼吸を止めることは出来る」


 ガッ。


 と、仇に見立てたウラムの木を撃つ。


「胸骨があっても隙間からなら心臓は狙える。砂に指を立て、硬くすることを覚えろ」


 ヒュッ。


 と、自身の身体で覚えた人体の急所を想い出し、拳を繰り返す。


「金的、膀胱、鳩尾。同時に膝や脛も狙い、相手の動きを止めることも忘れるな」


 顎、肺、肝臓、頸椎、肩口、肘後部……ウラムの木が崩れ、後ろの岩壁に向かう頃、少年は十五の春を迎えていた。


 ぴゅぅいっ。


 と、西の宙で鳥の鳴く声がし、


 ポンッ。


 と、少年の頭に何かが落ちて来た。


「すまんな、お若いの」


 振り返ると、上の土橋に緑の肌の老人がひとり立っていた。落ちて来たのは、どうやら彼の履のようである。


「もののはずみで落としてしまった。持って来てはくれぬか?」


 土橋とフェイの立つ位置を考えると“もののはずみ”と云うのは流石に妙である。


 フェイは怒り、この老人を殴ろうとしたが、緑人の大きさは大体0.18クラディオン (約70~80cm)。しかも相手は粗服をまとった老いぼれである。


 フェイは履を拾い上げると土橋の老人のところまで昇って行ってやった。すると老人は、


「これも次いでじゃ、履かせてくれぬか?」


 と、訊いて来た。


 そこでフェイはせっかく上がって来たのだから、と何故か考えると、そのまま跪き、老人に履をはかせてやった。


 老人はこれを足で受けると、フッと笑い、ピョンッと山下へと飛び降りて行った。


 フェイは驚き呆れ、老人を見送っていたのだが、今度はなにを想ったのか老人は、突然山を引き返して来ると、


「わしは南シュシュイの礼学士じゃがの」と、続けた。「お主によいことを教えてやろう。三日後の朝早く、ここでまた落ち合おう」



(続く)

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