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第十三週:履と小さな愚か者(月曜日)

       *


「私も死ぬまで――いや、死んでもなお、貴女の師であり続けましょう。笑いなさい、ロクショア・シズカ。――騎士になるのでしょう?」


       *


 ウォン・フェイ・イェンはシオナの人。西銀河帝国帝都ク=アン近郊の生まれと言われているが、詳しい場所までは分かっていない。


 目は生まれついての盲ではなく、生まれたとき、すでに父はいなかった。


 母は、父のことをあまり語らず、生活は楽ではなかった。


 フェイが七才のとき、母子は惑星ウー=シュウへと移住するが、これは、スザン山麓で農業を営む母の弟を頼ってのことであった。


 移住後しばらくして母が病死。時期的に見て、その頃流行ったコーフィッシャウイルスに因るものと想われるが、詳細は不明。


 幸い――と言ってよいかは分からないが、叔父夫婦に子はおらず、彼らはフェイを、本当の息子のように遇してくれた――と言う。


 サ・ジュジ騎士学校との縁がつながったのはこの頃――とは言っても、叔父の農園で採れた野菜を運ぶ手伝いをしていただけで、騎士のことも武術のことも、この頃のフェイにはまったくの別世界の出来事であった。


 そんな少年に転機――と書くには余りにも過酷だが――転機が訪れたのは十一の春。野菜をとどけ終え、山を降りる彼の目に、白い煙と朱い炎が見えた。


 その煙と炎の元がどこか分かった瞬間、少年は走り出していた。


「行ってはいけません!」


 と、炎の中へ――叔父夫婦の下へ――飛び込もうとした少年を止めたのは、当時騎士学校の第一厨房長を務めていたス・カイゲイ師。フェイの生涯の友となるス・イゲイの祖父であった。


 この火事により叔父の農園は全焼。叔父夫婦も――火事ではなく――他の何者かの手により殺されていた。


 騎士学校のすぐそばで起きた事件であり、地元の亭長 (注1)はもちろん、騎士学校の師範らも犯人探索に力を尽くしたものの、夫婦も農園も徹底的に“壊されて”いたことなどから、ついに犯人が見付かることはなかった――と、その地の記録にはある。


 天涯孤独となったフェイを引き取ったのは騎士学校とカイゲイ老人であったが、フェイに“血”はなく、あくまで厨房の使用人・小間使いとして引き取った形であった。


 快活で朗らかだった少年の顔からは笑みが消え、スザン山中ジョ=ウチの滝へ飛び込むことも二度ほどあったが、その度ごとに彼を救ってくれたのも、カイゲイ老師であった。


 少年は生き延び、しかし、その心にはいつも“怒り”が渦巻いていた。


「ちからが欲しい」当時の彼の唯一の望みであった。


 騎士の教練を盗み見ては自身も試し、調理を行なうカイゲイ師の動きを見ては身体の動かし方を覚えた。


 が、それだけでは足りなかった。


 叔父夫婦の仇を討つため、その相手を殺すため、この“地獄”から抜け出すため、そのための“ちから”が、当時の彼にはどうしても必要だった。


「おい、フェイ、すまん」と、そんなある日、ある若い師範が、彼にこう話し掛けて来た。「これにレルヌ (注2)を入れてくれ」


 そう言う彼の手にはひと握りほどのウシュウ竹の水筒が握られている。ここはカイゲイ師が長を務める騎士学校の第一厨房だが、肝心の老人はあいにく留守のようである。


「しかし、師匠」と、フェイは答える。「ス師匠を待たれては?」長の許可なく酒類を持ち出すことは固く禁じられている。


「師匠には私から言っておく」と、その若い師範は続けた。「とにかく急ぎなのだ」



(続く)

(注1)

 ここで言う『亭』とは、当時の西銀河帝国において一地方ごとに置かれていた宿舎を兼ねた小さな警察署のようなものを示しており、そこの責任者のことを『亭長』と呼んだ。

 彼らは、帝国の関係者に宿を提供することもあれば、地元で起きた犯罪の捜査や戦時における指揮官のような役割も担っていたとされる。


(注2)

 料理の調味に使う度数14%前後のアルコールのこと。甘味がありエキス分も比較的多く含まれているため、そのまま飲むには適さない。我が邦の本みりんによく似ている。

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