第十二週:ルルナイ宮の夜とシヤ=カンの朝(土曜日)
コンコン、コンコン。
〈あら?さっそく誰か来られたようですわ。〉
《木曜日。17時21分》
カチャ。
「……はい?」
「あ、大変遅くなってしまいどうも申しわけありません。携帯には何度かお掛けしたんですけれど何故かずっと繋がらなくて――」
「はい?」
「で、また運の悪いことに私も連れもここの公園は初めてで、ちょっとした迷子に――」
「はあ」
「で、よろしければ早速工事に掛からせて頂きたいのですが、いま、大丈夫でしょうか?」
「は?」
「あ、でも、想ったよりここ入り口狭いですね。中は広いと聞いてはいるんですけれど――この扉、一旦はずしてもよろしいですか?」
「へ?あ、いや、ちょっと――ってか、あんたら一体誰だよ?」
「あ、これはどうも失礼致しました。私、FNN・FKD社 (注1)内装工事事業部リフォーム課ライス=リーブと申しまして、あちらにいるのは相方のパイン=ブックです」
「FNN・FKD社?――あの“地獄の四騎士”(注2)の?」
「あ、いえ、いまは俗称も変わりまして、“カワイイ地獄の四騎士”と“カワイイ”を付けて呼ばれております。ミスター・ブルー様――名前と違って黄色なんですね」
「いや、俺は“ジバレー”だから元々黄色……って、それ“ミスター・ブルー”じゃなくて“Mr.Blu‐O”じゃないか?」
「え?……あ、ホントですね。契約書には確かにそのようにサインが――」
「ってか、その人だったらいまいないよ?」
「え?でも、この時間のこの空間に届けるようにとのご指定でして、料金も既に――」
「けど、当の本人がいないし――」
「あー、でも、我々もここで荷物を降ろした後、あのタイムトラックに別の荷物を積んで倉庫に戻らなくてはいけなくてですね――」
「いや、でも、知らない荷物受け取れな――」
「どしたんスか?リーブさん」
「あ、それがなパイン。カクカクシカジカドーノコーノで――」
「え?それ困りマスよリーブさん。会社からは一往復分の燃料代しか出てませんし、余分に掛かったのは給料から引かれるんスから」
「あー、それはそうなんだけどなパイン」
「え、なに?F社ってそうなの?」
「あ、あんまり他言しないで欲しいんですけどね、お客さん。新しい事業部長に代わってから厳しいの厳しくないのって――」
「ってかオレ、早く帰んないと。嫁さん臨月で、今日はムコウのおカアさん来るんスよ」
「いや、そうは言ってもなパインよ――」
「一人目のとき仕事で立ち会えなかったからって、おカアさんの見る目が厳しくて――」
「しかし仕事は仕事だし、お客さんの事情を優先しないとまた事業部長から――」
「でも、オレにだって人生ってヤツが――」
*
カチャ。
「なんかホントすみません、デュさん」
「マジ、“ジバレー”超リスペクトっスよ」
「いや、流石にあんな話聞いたら――で、その“海水発生装置”だっけ?どこ置くの?」
「あ、なんかこのポッドの中に大きなプールがあると聞いてまして――」
「プール?――ナツくん、そんなのあんの?」
『はい。子供用のビニールプールから三千平方kmの大型のものまであります (注3)』
「あ、その三千平方kmのやつですね」
『でしたら、そこの手前のエレベーターで六十一階下まで下りてください』
「いやホントありがとうございます」
「サクッと付けて、サクッと海水に変えて来マスんで、まかしといて下さいっス」
(続く)
(注1)
惑星チルキト (東銀河帝国本星)に本社を置く多国籍テクノロジー・コングロマリット。通称“F社”。元々は亜空間ネットのプラットフォーム構築のために作られた会社のひとつだったが、二代目社長のD・ダッカラムに代わってから事業を大幅に拡大。エイモン社のキャッチフレーズが“爪楊枝からビッグバンまで”なら、こちらのキャッチフレーズは“宇宙の終わりも、貴方とともに。”で、もはや何の企業なのかきちんと把握出来ている者は社外はもちろん社内にもひとりもいないと云う超々巨大企業である。
(注2)
元々は野蛮惑星 《地球》における驚異のベスト&ロングセラー『聖書』の最終章『ヨハネの黙示録』で描かれた四人の騎士 (戦争・疫病・飢餓・死)を指す言葉だったが、星団歴4230年頃からは当時銀河を席巻していた超々グローバル企業四社 (FNN・FKD社、エイモン&ドーターズ・カンパニー、福々2799社、株式会社マールム)への畏敬と揶揄を込めて使われる言葉となった。
もちろん。これら四社にも企業イメージと云うものがあるので、発展途上惑星に多額の寄付を (これ見よがしに)贈ったり、人気女性アイドルグループとコラボしたり、企業のマスコットをゆるキャラにしたりと日々イメージ改善を図ってはいるようだが、元々が元々なので芳しい成果は上げられていないようである。
(注3)
東京湾の面積が約千五百平方kmなので、その約2倍。ちなみに。このプールの持ち主であるMr.Blu‐O (8代目)はまったくのカナヅチなので、プールはもっぱら子供用ビニールプールを使用している模様。