第一週:石と短剣(水曜日)
「もう少し、“未来”を教えて貰えるか?」
と、老女の“綴じられた目”を見詰めながらタル=ウドゥは訊いた。すると老女は――、
「“起こることは必ず起こり、起きたことも必ず起こる”」と、彼女の出身宙域に伝わる古諺を持ち出すと、それに付け加えるように、「ただし、“それらが順番通りに起こるとは限らない”」と続けた。「お分かりですかな?将軍?」
がしかし、ウドゥにはこの言葉の前半部分はまだしも後半部分の意味は全く分からない。
「いったい何の――」と言い掛けてウドゥは言葉を切り、しばらくの沈黙の後、「“もう起きている”と云うことか?」そう再び訊いた。
すると老女は、その“綴じられた目”でウドゥをジッと見詰めながら「少なくとも、我々にとっては」と、口の端だけで笑った。
*
さて。
この後、この老女がウドゥに語った“未来”、或いは問題の小女の素性らしきものについては、いずれの史書にも残されてはいない。
もちろん。皆さまご存知のとおり、この小女に関する伝説・伝承・巷説の類いは多数残されてはいるものの、それらについてはいずれ語ることもあるだろうから、ここでは、この少女の名が“ジア”或いは“ジ=アン”であったとだけ記し、話を進めることとしよう。
*
「では、将軍自らが?」と、ベセンテ王は訊き返した。
ここは、王宮の西に置かれた小さな引見室であり、「何卒、非公式に」とのウドゥの言を入れ、室内には王とウドゥ、それに王の宦官一名、それに問題の少女“ジ=アン”の四者のみがいた。
“ジ=アン”はこの時、およそ14~15才と云ったところ。身体は細く背も高くはない。肌は薄い褐色であったが、銀に近い白髪をしており、王やウドゥら巨漢の男たちの間にあると更にひ弱に見えた。
「左様。使者として立てて頂ければ、まずまず命を果たせましょう」と、王の問いにウドゥは答えた。「ただし、ひとつだけ条件が――」
「その娘か?」と、将軍の後ろに侍る少女を一瞥して王。「ただの小女にしか見えぬが?」
「たしかに。ただ私は、この娘をひそかに勇気智謀ありの者と心得ており、今度の使いに同道させれば、必ずや役に立つものと信じております」
と、ウドゥは続け、王は、少女に前に出るよう指示した。
「名は?」王が訊き、
「ジ=アン」と、少女は応えた。
「生まれは?」
「遠い星です」
「将軍の家でどのような仕事を?」
「主に家畜の世話と邸内の清掃を」
「今回の役目は知っているか?」
「概略であれば、タル将軍より」
「ふむ――」
ここまで話して王は、少女の碧い瞳を――きっと父親譲りであろう深く碧い瞳を――ジッ。と見詰めてから、フッ。と目をそらすと、
「今回皇帝は、三つの衛星をもってわしの玉と換えたいと言って来ている。玉を渡すべきだろうか?どうだろうか?」と訊いた。
この問いに対して少女は、躊躇うことなく、
「帝国は強く、ジンは弱うございます。与えぬわけにはいかぬでしょう」と、答えた。
この答えに、宦官は驚き将軍は沈黙を通したが、王はひとり、「ハッ!」と一声笑った。
「玉を取り、星をくれねばどうする?」王が続けて訊き、
「星を代償に玉を求める皇帝に玉を与えなければ非はジンにありますが、玉を与え星をくれねば非は皇帝にあります」と、少女は応えた。「非を皇帝に負わせる方がまだマシでしょう」
(続く)