第十二週:ルルナイ宮の夜とシヤ=カンの朝(金曜日)
「ひょっとして」と、ふっと頭に想い浮かんだ疑問をイン=ビト王は口にした。「それもあってサラマタの孫に会いに行くのか?」
この言葉には流石のフェイも虚を突かれたのだろう、その見えぬはずの目を王の方へと向けつつ、「何故お分かりに?」と、驚いた声で訊き返した。
すると王は、しばし考えるふりをして見せてから、「いや、なに」と、話を続けた。「ここに来る前ムンの所に寄ってな、そこでギゼとシズカさんにも会うたんじゃが、そこで“あの孫”の話も出てな――」
ここで言われる“あの孫”とは、現在の西銀河帝国皇帝ランベルト三世のことを指しており、その彼の祖父が二代前の西銀河帝国皇帝ランベルト一世。そうして、その一世の幼名が“サラマタ”と云うわけである。
「シズカ殿はなんと?」重ねてフェイが訊き、
「心配しておったよ」王は応えた。「あの坊主のオートマータ嫌いは宮廷内では有名だそうだからのう」
さて。ここで名前の上がっている“ギゼ”“シズカ”とは、今週の月曜日と火曜日に登場したあの夫妻のことである。
“ギゼ”は、正しくは“サン=ギゼ”。あのきったない方言からもお分かりの通り、北銀河北東域のひとで、いまはシン=ムンの配下としてルルナイ宮の衛士長を務めている。
また“シズカ”は、正しくは“ロクショア・シズカ”。西銀河帝国帝都のある惑星シオナのひとで、十一の年に“血”が現れたため前述の 《サ・ジュジ騎士学校》を経てランベルト一世に仕え、二十六の年に結婚。居を移し、イン=ビト王配下となった。
この“シズカ”がフェイの弟子となったのは彼女に“血”が現れるずっと以前。その後“血”が現れた彼女は、騎士学校へ向かうこととなり、その頃隠遁生活中であったフェイとは離ればなれになることになった。
*
「涙は止めておきなさい」と、三十七年前のその日、帝都郊外にある星際宙港出発ロビーでフェイは言った。「涙は呼吸と思考を乱します。騎士たるもの、如何な状況下でも平静でおらねばなりません」
そう言う彼の前には、帝国騎士団と同じ白の制服を着せられた旅装姿のシズカが居た。
フェイは“涙”と言ったが、そう言われた少女の目は、ただただ男を見詰めるだけであり、その涙は、一瞬の気配すらも見せてはいない様子であった。
「目は一点を見詰めてはならず、口は固く閉じてはなりません」と、フェイは続ける。「腰は軽く落とし、足の裏でその地の地霊を感じるようにしなさい。どの様な場面にあっても、そこに天地を通るまっすぐな線を見付けなさい。それが貴女の拠るところとなります。呼吸は、長くゆっくりと。そうすればいつでも、自分と周囲の状況を――」
「師匠は――」と、この彼の長広舌を咎め切るように少女は――絶対に涙なんか流してやるものかとの決意とともに――その小さな口を開いた。「師匠は、騎士なんかじゃないじゃん」
が、自分に言えることはこのくらいである。
少女は、ひと粒だけ、涙を流した。
「たしかに」男は続けた。「たしかに私に騎士の血は流れておりません」
が、自分に言えることもこのくらいである。
男も、ひと粒だけ、涙を流した。
「しかし、たとえ一日でも、たとえ一瞬でも、師となり弟子となったものは、死ぬまで、師であり弟子なのです」
男は膝をつき、少女は涙を拭かれてやった。
「私も死ぬまで――いや、死んでもなお、貴女の師であり続けましょう。笑いなさい、ロクショア・シズカ。――騎士になるのでしょう?」
(続く)